解答 美並菜水 第二話 協力

 二年生に進級する。あの本陣くんと一緒のクラスだ。どう勉強しているのかとか、話したいことはあるけど、同じ女子ともそんなに話が出来ないのに、男子となんてもっとできない。


 私は黙々と勉強するだけ。黙々と——。


 一学期中間テスト。


 一位 美並菜水

 二位 本陣優

 三位 姫川悠子


 やった。久し振りに姫川さんに勝った。本陣くんも一緒だ。思えば、一位と二位、二位と三位。彼とはいつも名前が隣り合っている。何だか嬉しく思う。仲間意識どころか、相棒気分になってきたからかな。


 しばらく姫川さんに勝っていなかったことで、一部の女子たちの余所余所しさもなくなってきていたけど、今回のテストで見事に復活した。このクラスでいえば、一年の時に一緒のクラスだった女子もいれば、そうでない女子もいる。お姫様の影響力って凄いな。


 一学期末テスト。


 一位 姫川悠子

 二位 本陣優

 三位 美並菜水


 頑張ってはいるけど、続けて一位は取れない。姫川さんもだけど、本陣くんも挽回してくる。

 夏休みは復習に予習に、とにかく頑張ろう。


 夏休みが明けた、二学期のある日の放課後、自分の席で帰り支度をしていた私の元へ、本陣くんがやってきた。


「美並、帰ろうとしてるとこ悪いけど、ちょっといいか?」


 何だろう? ちょっとくらいあいさつを交わしたことはあった気がするけど、まともに話し掛けられるのは、いや、話すのは初めてだ。


「な、何?」


 少し身構えて、出た言葉がそれだった。クラスメートが話し掛けてきただけなのに、どうにも緊張してしまう。


「一学期の期末テスト、各教科の点数はどんな感じだった?」


 何故そんなことをと思ったが、それは口にせず、私は素直にその質問に応じた。どうせ総合得点は筒抜けなのだ。各教科の点数を言ったところで、さしたる問題はない。


「成程。いつも低めな教科は変わらないか?」


 低め、か。あくまでも他の教科と比べてであり、決して悪い点数ではない。それは前から思っていることではあるけど、本陣くんはどういうつもりで言っているのか。私と同じ意味か、それとも、本当に低いと思っているのか。


「うん」


「そう、そうか。うん。美並、どうやら俺たちの苦手教科は一緒らしい」


 苦手と言うのは心苦しいけど、得意の中の苦手には間違いないかもしれない。

 それにしても、その教科が一緒なんだ。さすが相棒、気が合う——ではなくて、何の確認なんだろう?


「美並、提案があるんだが、俺と一緒に勉強して、苦手教科を克服しないか?」


 ……。

 え?

 今、何て言った?

 一緒に、勉強?

 私と?

 ええ?


「え、ええっと、何でそんな」


 急な展開に、緊張が強くなる。手汗も出てきた気がする。


「美並、姫川にもっと勝ちたくないか?」


 唐突に出てくる姫川さんの名前。いや、テストに関わる話ならおかしくはないか。


「姫川さんに?」


「ああ、そうだ。今まで行われた定期テストは七回。その内、俺たちが姫川に勝ったのはたったの二回だ。その二回、俺たちの苦手教科は割と簡単だったよな。だからこそ勝てたと思うんだが、だからこそ他は負けていると思うんだよ」


 勝ちたいかどうか答える前に、矢継ぎ早に本陣くんが話してくる。言いたいことは大体分かる。


「えっと、その教科が難しめ、あるいは普通のときに私たちの点数が伸びなくて、おそらくはいつもと変わらずに点数を出してくるのが姫川さんで、だから勝ててないってことかな?」


「そう、そうなんだよ。さすが美並。理解が早くて助かる」


 褒められた。悪い気はしないけど、あまり大したことは言っていない気がする。


「苦手教科が同じ俺たちが一緒に勉強するのは、足りない部分を補うのにとても効率のいい手段だ。さっき姫川に勝ちたくないかと聞いたが、俺は勝ちたい。何なら毎回な。もし、美並も同じ気持ちなら、いや、点数を上げたいというだけでもいいんだけど、どうかな?」


 点数が上がるのは確定なのかな? 凄い自信だ。


 どうしよう?


 他の誰かにほんの少しだけ勉強を教えるくらいのことはしたことがある。でも、誰かと一緒に勉強なんてことは、女子相手ですらしたことがない。要領よくできるのかってこともあるし、本陣くんは男子なわけで、どこで勉強することになるかは分からないけど、変に噂が立ったりしないだろうか。


「うーん、ええっと」


 答えに戸惑って間が空いてしまうのを、適当に声を発して止める。


 でも、本陣くんの言う通り、手段として良いのは間違いないと思う。本陣くんの勉強方法なども知ることができるし。それにしても、本陣くんって姫川さんにそんなに勝ちたいのか。いや、私も人のことは言えないけど。


 姫には、勝ちたいよね。


「う、うん。私でよければ」


 言ってしまった。点数を上げる。姫川さんに勝つ。それらもあるけど、一番の理由は、私と一緒に勉強することを望んでくれた、私を必要としてくれたことがとても嬉しかったからかもしれない。


「オーケー。お互いの予定もあると思うし、学校内でのやりとりだけだと、不和が生じるかもしれないから、連絡先教えてもらってもいいかな?」


 この人、ぐいぐい来るな。一応、スマホは持っているけど、連絡先を知っている生徒はほとんどいない。社交辞令的に交換した人はいるけど、連絡が来たことはない。


「う、うん」


 あまり触ったことがなくて不慣れな私に気が付いたのか、本陣くんが率先して交換の操作をしてくれた。


 本陣くんも、得意なのは勉強だけじゃないんだな。


「完了、っと。で、どうしようか?基本的に放課後に教室に残ってって形になると思うけど、都合の悪い曜日があったりするか?」


「うん。えっとね」


 私たちの中学では何かしらの部活に入ることになっている。私は週に一回の活動をしている温い部活に入っていた。本陣くんは週に二回、こちらも相当温い部類だ。


 私は月曜、本陣くんは火曜と木曜が部活のため、水曜と金曜の放課後に一緒に勉強しようという話になった。


 今日は火曜日で、本陣くんはこれから部活に行くらしい。部活前に話し掛けていたのか。急いでいるような気がしていたが、そういうことだったのかもしれない。


 余裕のある日に話し掛けてくれれば良かったのに。いや、思いついたらすぐに行動するタイプなのか。少し羨ましい。


「じゃあ、明日からよろしくな。なんか都合が悪くなったらスマホにでもいいから連絡くれな」


 そう言って、本陣くんは私から離れ、教室を出て行った。部活へと向かったのだろう。


 嵐のような人だなぁ。もっと落ち着いた人かと思っていたけど。でも、話せて嬉しかったかも。


 スマホの画面を開き、連絡先に本陣くんの名前が入っているのを見つめる。

 友達と言えるかは分からないけど、友達の連絡先を知ってにやけそうになる自分を抑えて、スマホの画面を閉じて仕舞う。そして、大きく息を吐いて気持ちを落ち着けると、席を立って私も教室を後にした。


 それから、私たちは週に二日、特に用事がない限りは一緒に勉強した。


 本陣くんの言う苦手教科(やはり私は苦手と言いたくない)は二人共通だったわけだけど、その中の苦手な部分は大分違っていたので、どう勉強しているのか、どう解いているのかお互いに教え合えた。本陣くんのそれはとても参考になったし、これは今後大きくプラスになるのではないだろうか。

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