第113話 マイナスワン

「あら? 生きてたのね」

「いいえ、死んでいたはずです」


目覚めると、見知った部屋。

私の実家だった。


傍らに座るしゃれこうべを愛おしそうに抱いた実母、前アーガイン宮廷魔術師エレクトラ・プラウスと、以前もやったようなやりとりを行う。


「何日経ちました?」

「あんたが死んでから2日。あんたが蘇ってから1日」

「そうですか……」


起き上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。


「何やってんだい? 蘇って早々、身体が動くはずないだろう」

「不具合を……直さねば……」

「仕事なら、他の連中に任せな」


任せろと言われても、他には魔王様しか作業可能な者はいない。

あの邪神像ディープ・フィアーの処理を魔王ダーナ・ウェルに……?


冗談ではない!

魔王様に邪神を任せたら、いったいどんな魔改造を施されるか!?


自立稼働可能とか……。

追加パーツと合体変形とか……。

他にも、『光る! 鳴る!! ウニョウニョ動く!!!』とか……。


あの魔王ダーナ・ウェルなら、きっとやる!!


「スペクトくん、生きてる~?」

「あら、いらっしゃい。魔王ちゃん」

「スペクトママさん、こんちは~」


そんなやりとりを行っていたら、当の魔王ダーナ・ウェルが実家に来襲してきた。


邪神像ディープ・フィアーは……邪神像ディープ・フィアーはどうなりましたか?」


いつの間に、私の母とそんなに仲良くなったのか疑問に思ったが、まずは最速で片づけなければならない疑問を優先した。

いや、それにしてもいつそんなに親しくなったのだ?


「えっとね~、あそこに置いとくと危ないからって、クヴィラちゃんが王宮に持ってっちゃった。危なくないよ~に『ふ~いん』するんだって~」

「そうですか……」


とりあえず、第3層内……いや迷宮内にさえ、置いておかなければひとまずは安心だろう。

流石はクヴィラ侍女長、迅速な対応だ。

放っておけば、どんな危険な事態に陥るか……。


「ざ~んねん、いろいろ弄ろ~かと思ってたのに……。自分で動いたり~、合体変形したり~、光ったり鳴ったりウニョウニョ動いたり~……」


やはり、やる気だったか。

危ないところだった……。


「じゃあ私は少し出かけてくるから、具体的には1時間ほど。魔王ちゃん、好きにしていいから」

「は~い。いってらっしゃ~い」


待て、というのはどれのことだ?

まさか、私のことではあるまいな!?

そして魔王様、「いってらっしゃ~い」じゃありません!


なぜ私より、私の母と家族同然のやりとりをしているんですか!?


「…………」

「…………」


母が出かけた後。

魔王ダーナ・ウェルとふたりになったが、それで特に何かあるわけでもない。

常日頃から、迷宮運営管理部の一室でふたりきり、働いているのだ。

ふたりでいることは、割と当たり前なのである。


特に弾まない話題が出たとしても、気まずいわけではなく。

互いに沈黙していたとしても、居心地が悪いわけではない。


だが、ニコニコしながら私の顔を覗き込むのは、止めていただきたい。

そんなに生き返りたての魔人族デモニックの顔が珍しいですか?

冒険者辞めてからも、わりと死んだり生き返ったりしてるでしょうに……。


「あの後、どうなりましたか?」

別に居心地が悪くなって、話題をふったわけではない。

当事者に直接、その後の顛末を聞いておきたかったのだ。


ウソではない!


「えっとね~、あの後ぉ~。スペクトくんをやっちゃったラーラちゃんに、狂王女ちゃんが『コラー』って怒って、ラーラちゃんが『ゴメンね~』って謝った後、狂王女ちゃんが九ツ首蛇竜ハイドラをズンバラリンってして、おしま~い」


概ね、予想通りだった。

しかし、ラーラ・マズール師には大きな借りを作ってしまった。

何を置いても返さねばならないとは思うが、あの痴女の喜びそうなことを行うとなると気が重い。


「あ、それからね。明日もう一回みんなで九ツ首蛇竜ハイドラをやっつけに行くよ。邪神像ちゃんの影響がなくなってるか、確かめに行くんだ~」

「!」


それは、私の方でも確認しなければ!


「スペクトくんはダ~メ、お留守番。大丈夫だよ、ちゃんとあたしが確かめてくるから」


魔王ダーナ・ウェルが私の目を見つめて、そう言い聞かせる。


「……わかりました。お願いします」

「うん! お願いされました」


不甲斐ない。

早く蘇生の後遺症を治して、現場に復帰したい。


「あ! そうだ! ゴモリーちゃんに早く良くなるおまじないを聞いてきたんだ……えいっ♡」


魔王ダーナ・ウェルは、なにやら『布のようなもの』を取り出して、私の頭に被せた。


「なんですか、コレ?」


外して確かめようにも身体が動かない。

なんだろう?

少しいい匂いが……。


かろうじて動く指先で仮想魔術窓ウィンドウを操作して、アイテム名を表示する。


アイテム名は『ふんどし-1マイナスワン』。


ふんどし-1マイナスワン……ふんどしの秘めたる力スペシャル・パワーを解放することで精製される。-1マイナスワンという表記だが、なぜか性能は上がっている。そもそもふんどしの秘めたる力スペシャル・パワーというのが意味不明だ。


そして、装備品の秘めたる力スペシャル・パワーを解放するには、装備状態でなければならない。


つまり、ふんどし-1しようずみということである。


水着回あのときのふんどしか!?


「ちょっ!? 取ってください、早く!!」

「早く良くなってね~♡」


抗議の声は聞き入れてもらえなかった。

その後、帰ってきた母にも助けを求めたが無駄だった。


「あら~」

という一言を残して、母は私を見捨てたのだった。












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