第33話 クヴィラの苦悩

一方、ロベルタ・リル・ナイム・アーガイン狂王女殿下は……。

「ずるいですわ! ずるいですわ! ずるいですわ~~!! クヴィラだけスペクトのお部屋に行くなんて~~~!!!」

駄々をこねていた。


「わたくしもスペクトの部屋に行く~! 一緒にベッドでゴロゴロしたい~! 昔みたいに一緒にお風呂に入りたい~~~!!」

「いけません」

そんな狂王女殿下を、クヴィラはぴしゃりと一蹴する。

「そもそも、そんなこといざ実行しようとしても直前で恥ずかしがってできないでしょう」

「う~~~」


それに……とクヴィラは表情を曇らせる。

狂王女殿下の仮面ロールプレイを辞める訳にはいかないでしょう。

あの『我』とか言っている狂王女の演技は、伊達や酔狂でやっている訳ではないのだ。

魔王を討伐すべく、文字通り死地たる迷宮に大勢の冒険者たちを犠牲を省みず送り込む為政者、故に『狂王』と呼ばれる存在。

『魔王』と対をなす『狂王』、『災厄』対『最悪』の構図、それが多くの迷宮都市で語られる物語キャンペーンシナリオ

迷宮都市の運営には、王城、迷宮、教会、商会、冒険者ギルドなど、莫大なそして複雑怪奇な利権が絡んでしまっている。

故に狂王の一族たる『狂王女』の役割ロールを、おいそれと降りることはできない。

みだり他人の前で、『狂王女』の仮面を外すこともできない。


それは、この数か月、逢瀬(業務上)を重ねてきたスペクトに対してもそうだった。

例外は私だけ。

幼少より、ロベルタの身の回りの世話を担当してきたクヴィラのみが、素顔のままのロベルタに接することを許された存在だった。

スペクトの父、宰相スペンセル・プラウスが存命ならば、スペクトが王城を去ることもなく、ふたりで素顔のロベルタを支え続けることができただろうか?


いや。考えても詮無い想像は止めよう。

ロベルタに目を戻すと、彼女はいまだにベッドの上でバタバタしていた。

「スペクトのお部屋で遊びたい~~~!」

憐憫の情が一気に冷める。


このままではいけない。

スペクトの真意を尋ねるという今回の目的は達成した。

「『やくそく』した方法とは違うかもしれませんが、必ず果たすつもりです」

去り際のスペクトの言葉がよぎる。

少なくともロベルタへの気持ちは、スペクトにはまだある。


だが、スペクトの魔王ダーナ・ウェルに寄せる感情と、二人の関係性は予想以上だった。

スペクトとロベルタが一緒に迷宮運営に関わる時間を増やせば解決するという考え方では甘い。

魔王ダーナ・ウェルは、隠れ迷宮ファン(あまり隠せてない)のスペクトの心臓をがっちり掴み、脳みそを念入りに焼いているのだ。

しかも現在進行形で!!


対抗するには関係性の強化イチャイチャが必要だ。

だが、ロベルタ自身のアプローチに任せていては、ストレングスに任せてスペクトの肋骨をへし折るか、頭蓋を握りつぶすかという結果しか見えない。


「スペクトと眠くなるまでお話ししたい~」

まるで幼児のように駄々をこね続ける狂王女殿下。

だが、それも仕方ないのかもしれません。

それほどまでに狂王女としての重圧は強い。

街の人々の生活、多くの人の生き死に。迷宮都市そのものの行く末。

それらが彼女の決定一つに左右されるのだ。

私の前だけでも、このような姿をさらすことは容認すべきかもしれません。


「スペクトに最近の私のこと知って欲しい……スペクトのこれまでのこと、もっと知りたい……」

枕に顔をうずめてロベルタがつぶやく。

だが今、スペクトに魔王ダーナ・ウェルへの想いがあることを、ロベルタに知って欲しくない。

知られるわけにはいかない。

「はいはい、またスペクトとの打ち合わせができるよう調整しておきますから」

「ホントですの?」

「ええ、ですから今日はもうお休みください」

「『やくそく』ですわよ」


『やくそく』……再びスペクトの台詞が蘇る。

冒険者を辞めた今、スペクトはどうやってロベルタを狂王女の役割ロールから解き放つというのだろうか?


一つの可能性が思い浮かんだ。

終幕エンディング』……迷宮都市を終わらせる手段、運営側に居るのであれば、それに向けて動き出させることは可能だ。

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