第22話 ロベルタ・リル・ナイム・アーガイン狂女王陛下

「ロベルタ・リル・ナイム・アーガインである。本日は父の名代を務めさせてもらう」

アーガイン王城の中庭。

中央に置かれたテーブルのそばに、白いドレス姿の人間族の女性が腰かけていた。

金髪碧眼で長身、やや吊り目がちの目つきが、冷たそうな印象を与える。


傍らに立つ褐色の肌の人間族の侍女長クヴィラが、魔王ダーナ・ウェルに席を勧め、私は魔王様の傍らに控える。

「魔王ダーナ・ウェルです~、よろしくね。えっと~狂女王ちゃん」

魔王様がいつも通りの言動で応える。

ピキッ。

狂女王陛下の吊り目が、さらに吊り上がったように見えた。


「お連れの方は、名乗ってはいただけないのか?」

「ああ~、彼はね~、スペ……」

「護衛として同伴させていただいているだけです、名乗るほどの者ではありません」

咄嗟に口をはさむ。

「ほう……。最強最悪無敗の魔王ダーナ・ウェルの護衛か……なおのこと、名を聞いておきたいな……」

しまった、補佐役にしておくべきだった。

「それよりも迷宮の話しようよ、狂女王ちゃん」


ピキッピキッ。

狂女王陛下の吊り目が、もうワンランク吊り上がる。

なぜか、私がにらまれているような気がする。

「差し出がましいようですが、ひとつ訂正を。狂王陛下はまだご健在ですので、狂女王陛下ではなく、狂王女殿下が正しいかと」

クヴィラ侍女長が訂正する。

「ああ~、そうなんだ。ごめんね、狂王女ちゃん」

ピキッピキッ。

狂女王陛下もとい、狂王女殿下の吊り目が、さらに上がり、私を睨みつける。


「それでね。迷宮の一層をゴブリン砦にするから、それを攻略する王宮勅命ミッションを出してほしいの」

王宮勅命ミッション……その名の通り王宮から発せられるもので、依頼クエストと違うのは、一定の強制力がある点だ。

「ゴブリン砦?」

「はい、第一層をゴブリン砦に改装し、冒険者たちの前に立ち塞がる障害とします」

魔王様から引き継ぎ、詳細を説明する。

「このゴブリン砦を突破できるだけの実力を持つ一党パーティだけが、次の第二層に進めるようにしてほしいのです」

「新人冒険者の実力向上レベリングのためか?」

「はい、その通りです」

流石、話が早い。


今まで、冒険者の全滅率を上げていた要因の一つは、『第二層に至る障害が何もない』ことだった。

障害がないからこそ、第二層へ至る階段を見つけるだけで、次のステップへ突入できてしまう。

それ自体は、各々の冒険者たちの選択の結果だ。

『往くか戻るか』

その判断力もまた、冒険者の素養の一つ。

しかし判断材料が少なく、判断力を鍛える機会が少ないのも問題である。


「ゴブリン砦に巣食う首級ボスの討伐。それを以て、次の層で戦う指標として欲しいのです」

「ほう……。首級ボスモンスターを出すのか?」

「はい」

「とっておきだよ~、どんなのが出るかはお楽しみ~」

今まで、ダーナ・ウェルの迷宮はあまり首級ボスモンスターを出していなかった。

出さずとも、即死級の凶悪モンスターが出てくるからだったが、現在はそのあたりも鋭意調整中である。


「それで? 新人冒険者とそれ以外の境は如何にする?」

「はい、青の記章ブルーリボンの所持を目安にすれば良いかと」

青の記章ブルーリボン……迷宮第四層で手に入るアイテムで、迷宮内を移動する昇降機エレベーターを利用するのに必要となる。

また、このアイテムは冒険者の間で、非公式ながら中級冒険者の証と言われ続けてきた。

「なるほどな、そもそも青の記章ブルーリボン持ちならば、第一層など素通りできる。王宮勅命ミッションを受けるも受けないも冒険者の自由というわけか……」

「はい、仰る通りです」

「です~」

狂王女殿下は理解が早い。

これならば何事もなく、会合は終わりそうだ。


「それにしても……」

狂王女殿下がスッと立ち上がる。

ん?

「随分と……」

狂王女殿下がこちらに近づいてくる。

魔王様ではなく、私の方へ。

「そちら側の水が合っているようね……」

ガシッ!

狂王女殿下の右手が、私の鉄仮面アーメットに覆われた頭部を鷲掴みにする。

「スペクト・プロウズ!!」

狂王女殿下が、片手で私の頭を掴んだまま、宙吊りにした。

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