巨人の足下

米飯田小町

巨人の足下

 随分と昔の事である。


 私は突然。大きな巨人に頭上を踏みつけられた。そして、その大きな巨人が言った。


『丁度いい。お前達は私の足となれ』


 それから随分と時が経った。この方はとても大きな体をしておられるので、私達が支えなければ歩く事が出来ないのだ。私達がいなくなればこの方は大変お困りになられるであろうから、頑張って支え続けなければならない。

 

 例えこの方が、私達に如何なる罵詈雑言を発っしようとも私達はこの方を支え続けるのだ。


 ある日のことである。

 この方が突然『山に行きたい』とおっしゃられた。どうやら山の頂上にあるとされている、ドロドロとした赤い水を見たいとの事だ。

 この方が望むのであればと私達は早速準備に取り掛かった。なんにせよ、この方を支えて山に登るのは初めての事なので、私達は安全のためにも入念な準備を整えなければいけなかった。しかし、この方は少し待たされるのが苦手なようで、私達の体をよくしなるムチで強く叩きにこられる。

 仕方がない。この方はとても不自由な方だから、心に余裕がないのである。私達はこの方の気持ちをよく分かっているから、その気持ちを優しく受け入れムチに打たれるのだ。


 そして山登りの日がやってきた。私達は入念な準備を重ねて、この方が不自由しないように御輿を作った。この方が御輿に座り、私達がその御輿を運ぶのだ。かなりの重労働だったが、この方が喜ぶのであれば私達は一向に構わなかった。

 私達の懸命な表情がこの方にとってさぞ可笑しく写っていたのか、大層に大笑いしながら私達の体をムチで叩いた。1人が崩れると、御輿が大きく傾き、この方が怖がられるので我々は銅像の如く、ムチによる痛みと衝撃に耐え続けた。その様もこの方にとって余程可笑しく写っていたのか、振るうムチは激しさを増すばかりだった。


 この方が楽しそうならば、一向に構わない。私達は気にせず、険しい山道を一歩一歩踏み締めるだけだった。


 途方のない苦労の末、私達はついに頂上へと辿り着いた。山の頂上付近へと御輿を下ろし、私達は万歳を上げた。

 初めて見る、山の真ん中に溜まっているドロドロとした赤い水はなんとも圧巻な景色だった。赤い水は温度が高いのか、少し顔を覗くだけでも、顔に浮き出た汗が一瞬で乾燥するほどであった。


 するとこの方が突然。もっと近くで見たいと仰った。

 『この距離でこの熱さでありますからこれ以上近づく事は危険です』と私達は必死に静止したが、この方は聞く耳を持たず、私達の疲弊しきった体をムチで叩くだけであった。


 やむを得ず、私達は再び御輿を担ぎ、赤い水が溜まった側の斜面ギリギリまで御輿を寄せた。斜面側の御輿を担いだ仲間が足を踏み外しそうであった。

 私達は、『もう十分でしょう。これ以上は危険です』とこの方に警告したが、もっと近くに行きたいとこの方は仰った。

 とはいえ、私達はこれ以上進む事はできず、斜面ギリギリで踏ん張る事しか出来なかった。すると、それに怒りを感じたのか、この方はなんとか踏ん張っている斜面側にいた私たちの仲間をムチで思いっきり叩いたのだ。


 すると、なんとか踏ん張って御輿を支えていた私たちの仲間が、ムチによる衝撃に耐えられず、赤い水の中へと落ちていった。それに追ずる形で、御輿に座ったこの方と、私の仲間もう2人も斜面に沿って赤い水の中へと転がり落ちていった。


 私だけが、咄嗟に御輿から手を離したので私は1人になってしまった。


 私は独りぼっちで途方にくれ、疲弊しきった体に喝を入れながら、なんとか下山を試みていた。足取りが重く、いつ倒れてもおかしくなかった。一度倒れて仕舞えば、もう二度と立ち上がる事は出来ないと分かっていたから、私はどうにかこうにか持ち堪えて、斜面に沿って傾く体を支えるように足を突き出していた。


 そんな時、近くに山の斜面に沿うように作られた一軒の小屋が見えた。遠耳に聞こえるのは何人かの人の声だった。私はその声を聞くと、いきなり体から力がフッと消えて、その場に倒れてしまった。


 最後に聞こえたのは、私の体に群がっているような複数による人の声だった。


 

 *



 目が覚めると、私は目を疑った。


 私の体の周りを複数人の小人達が群がり、その小さい体で、必死に私の看病をしていた。細かい傷を暖かい布で巻いたり、ムチできた打ち身には冷たい水をかけてくれたりもしていた。


 私が起きた場所はおそらくあの小屋の中であるように見えた。しかし、遠目に見えたあの小屋は思っていたよりも小さい物であったらしく、私の体が小屋の半分を占めていた。


 私が住居の半分を占領しているのにも関わらず、小屋の小人達は嫌な顔一つせずに私の体をよく労ってくれた。私はとても心地が良かった。ふとお礼を言おうと立ち上がると、ちょっとした振動で、小人達は力無く倒れてしまった。


 すると、私はその姿を見て今まで感じたことのない感情を抱いた。この気持ちは恐らく危険な感情であると私は思った。


 私が立ち上がると、小屋は少し私には狭すぎるようで、私の体は自然と腰が曲がってしまった。


 小人達は私のそんな姿を見て、歓声のような声を上げていた。恐らく彼等は私のような背の高い人間を見た事がないのであろう。すると、私は気分が良くなって力が入りすぎてしまい、つい彼等の小屋の屋根を突き破ってしまった。


 さっきまで歓声を上げていた小人達はその姿を見て驚いていたのか、固まってしまった。


 私の心に再び、良くない感情が芽生えた。


 ふと、好奇心。本当に好奇心で、1人の小人の上に足を乗っけてみてやった。すると、その小さい体に見合わず、意外な安定感があるように感じた。


 私はもう片方の足も、1人の小人の上に乗っけた。そして私が全体重を彼等に乗せると、2人は潰れそうになってしまったが、それを見兼ねてもう2人の小人が私の両足に1人づつ加勢した。すると、なんとも悪くない乗り心地だった。


 私は彼等のそんな健気な頑張りが可笑しくて仕方がなかった。


 私はもっと彼らの懸命に働く姿が見たいと思って彼等にこう言った。


『丁度いい。お前達は私の足となれ』


 

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