11章 思い出したフレーズ

テレビをつけると、一夜明けた今も国中が大混乱していることがよくわかった。

情報合戦の嵐状態だ。

ダリオさんのもとに複数の王室関係者から連絡が来ており、彼は別室で話をしているようだった。


《えー、ただいまツオルベ国を訪問中のバーンハード王子もこの緊急事態のため、急遽帰国されるとのことです》

《それにしても、まさか第2王子が警察官となっているなど、誰が予想できたでしょう? 次期警察長官候補ということは、かなり優秀な方ということですよね。早く正式な王位継承者として公に姿を現して欲しいところです》

《エメリー王子の素性は誰も知らなかったようです。また、キャリア採用でなく一般採用だったと関係者への取材で明らかになっております》

《今回のことでブルダム王室にも激震が走っているとブルダム常駐の記者から報告が上がっています。アマネ王子が伝えた真実――元・護衛官の男性が無実だったという真実――を、国民は誰1人知らなかったようで――》

《マスメディアの暴走による悲劇ですね》


(あなたたちもマスコミでしょう?)


思わず、テレビに心の中でツッコミを入れてしまった。


「出ろ」


いきなり過ぎる言葉に対応できないでいると、ダリオさんは差し出したスマホの表示画面を見せてくれた。アマネ様だ。


「オマエに話があるらしい」

「あ、はい……。代わりました、倉間です」

《今から、アンタと母親を連れてこの国から出る》

「え!?」

《もうそちらに向かっているから、支度をしておいてほしい》

「ちょ、ちょっと急すぎるんですが……」

《……本日ブルダムへ帰国予定なんだ。王子である俺と一緒なら、アンタや母親に寄ってくるパパラッチやマスコミを追い払ってやれる》


アマネ様は私を拾ったあと、母のいる病院へ行く手筈にしているらしい。


《……いきなり過ぎるから、戸惑うかもしれないが……このままでは二重に騒ぎが大きくなるのは間違いない。すぐに騒ぎが収束するとは思えないし。……アンタとダリオが仲が良いという情報もマスコミに掴まれてしまってからでは遅い。というか、もう既に情報が流れてる可能性だってある。早めにヴァンリーブから出た方がいい》


そのままダリオの家で待っててくれ、と言ってアマネ様は電話を切った。

確かに、アマネ様の意見は的を射ている。理論的だ。


(……きっと、今の会話ダリオさんにも聞こえたよね?)


チラリとダリオさんを見やると、彼と視線がかち合った。


「選ぶのは、オマエだ」


ダリオさんは静かな口調でそう言った。




 ━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-




「…………本気か?」


SPを引き連れたアマネ様はダリオさんの家に来るなり眉根を寄せた。

そんな表情をするのも仕方ないだろう。

なにせ私が……。


「はい、私はヴァンリーブへ残ります。ですが、できれば母だけはカムジェッタへ……」


なんて発言をしたんだから。


「アンタ、状況わかってんの? このままじゃ、確実にアンタがヴァンリーブ王室のゴタゴタに巻き込まれるんだぞ」


アマネ様は食ってかかってきた。


「覚悟しています」

「……ダリオ、何か彼女に脅しをかけたのか?」

「いくらオレでも、んなことするか!」

「だったらどうして……マジで、巻き添え食らうのは確実なのに……」


腑に落ちない、という表情をしているアマネ様を見据え、私は唇を開いた。


「この事件を完璧に解決しないことには、私はこの先ずっと、狙われ続ける可能性があるんです。だから……自分の持っている情報全てを思い出してダリオさんへ渡すまでは、カムジェッタに帰ることはできません」

「……アンタがカムジェッタで目撃したのって密輸系の指名手配犯って、ダリオからは聞いてたけど……。さすがにそれは、大げさ過ぎるんじゃ――」


アマネ様は言っている途中でハッとした表情になった。


「ダリオ、もしかして……彼女が目撃したのは特殊犯罪組織の……?」


ダリオさんはアマネ様の問いかけに無言を貫く。否定しないことが肯定を意味していた。


微妙な沈黙が続きそうになるが、ダリオさんのもとに入った1本の電話によって状況は覆った。

突然、鳴り響くコール音。ダリオさんは素早く変声機をつけてノアさんの声で電話に出る。


『はい。――――なんだって!?』


彼の緊迫した様子から、まずいことが起こったことはわかる。

ダリオさんは電話を切ると、私とアマネ様にこう告げた。


「バーンハードが王城へ戻る途中、特殊犯罪組織によるものと思われる爆発に巻き込まれた」




「アマネ、悪い」

「今度、ホットドッグを奢ってくれたら許す」

「安上がりだな、アマネは」


……私はアマネ様と共に、高級車の後部座席に収まっていた。

バーンハード王子が爆発に巻き込まれたため、ダリオさんは“軍部に所属しているノアさん”として現場へ急行しなければならない。

一緒に行くのは危険だから……と、私はクリストファーさんとルイスさんがいる市警察署内にいるよう指示を受けた。


「……んな心配そうな顔するな。クリストファーとルイスが一緒なら安心だ」


ダリオさんはそう私に笑いかけ、特殊マスクを被ってノアさんとなる。


「……アマネ、頼むな」

「市警察署まで送るだけだろう? お安いご用」


アマネ様は微笑し、ダリオさんの肩を叩いた。


「あと……これも」


アマネ様はダリオさんが差し出した書類にザッと目を通して目を細める。


「……本気か?」

「ああ。ベルナルトたちにも伝えてくれ」

「わかった。アマネ・ブルダムの名にかけて、確実に各国へ伝える」

「ああ、頼んだぜ。……じゃあな、倉間。道中アマネを困らせるようなことすんなよ?」

「な……しませんよ! 数十分の距離ですし!」

「あー、わかったわかった。ったく、ギャーギャーうるせえな」


そう言ってダリオさんは後ろ手を振った。


「じゃあ、また後で」




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「ここで間違いないか?」

「はい、クリストファーさんからのメールにはここにって指定が……」


私とアマネ様を乗せた高級車は、ヴァンリーブ市警察署近くにある公園にひそかに停まっていた。

……前方から、私服のルイスさんがやって来る。警官服では目立つためだろう。


「アマネ様、ありがとうございます。送って頂いて……」

「いい。爆破が起こったことで、今日はブルダムに帰らずヴァンリーブ王城へ留まることになったから。……王城、ここから一直線だし」

「それでも、送ってもらって助かりました。クリストファーさんたち、車で迎えに行くのは難しいって言ってましたから」

「そんなことはいい。……ただ、気をつけろ」


アマネ様は本気で心配している顔をしてそう言った。


「はい!」


できるだけ明るく返事をすると、アマネ様はホッとしたように微笑んだ。


「あ、あと――……」

「篠嶋さん……アンタの父親の件については、ブルダム王室がしかるべき説明をすることに決定したから。ブルダムへ戻ったらすぐに会見を開いて、篠嶋さんの汚名を必ず晴らす。………………13年前は、できなかったけれど」

「…………?」

「いや、何でもない。じゃあ、俺は行くから。帰国許可が出たら、アンタの母親だけ連れてヴァンリーブ王国から出国する」

「はい! 本当に…………ありがとうございます」


アマネ様は手を小さく振り、微笑を洩らした。





『悪い、遅れた』

『いえ、大丈夫です。……クリストファーさんは?』

『……中にいる』


そう言って、ルイスさんはパパラッチやマスコミなどがマークしていない予備口へと案内してくれた。

市警察署内の警備部警備課のデスクに足を踏み入れると、そこには警備課室長とクリストファーさんの姿があった。

ホッとした表情で室長は私に笑顔を向けてくれる。


『いやあ、無事で良かった! ここなら安心だからさ、くつろいでおいて』

『ありがとうございます…………って、クリストファーさん……今日はメガネじゃないんですね』

『ああ……うん』


いつもなら、『そうなんだよ~。今日はコンタクトの気分だったんだ。珍しく』なんて無邪気な笑みで答えてくれるのに。昨日の件について、責任を感じているのかもしれない。


『ところで、倉間さんはカムジェッタで特殊犯罪組織の一員を、本当に見たんだよね?』

『え? はい……でも、全然思い出せなくて』

『まだ、何も思い出せないのかな? 言葉とか……』

『はい。全然聞いたことがない言語で……』


そうか、と室長はうーんと唸って首を捻る。


『マ――――』

『ルイス、喉が乾いた。お茶を淹れてきてくれ』

『……はい』


ルイスさんは何か言おうとしていたが、室長に言われて退室する。


『あ、そうだ! この前の旅行で買ってきたお菓子があったはず……ちょっと持ってくるね。皆で食べよう。ダリオのいぬ間に』


茶目っ気たっぷりに室長はウインクし、その場から離れた。


『お菓子だって……うわあ、どんなお菓子なんだろう! ね、クリストファーさ――』

『あのさ――――』


ワクワクしていると、クリストファーさんはガタンとイスから立ち上がった。


『クリス、お前も手伝ってくれ~!』


部屋の端に備え付けられている給湯室。そこから室長がクリストファーさんを呼んだ。


『――行ってくるね』

『はい、いってらっしゃい』


クリストファーさんはそう言うと、こちらを見向きもせずに給湯室へと向かっていった。

しかし…………。


すぐにクリストファーさんは駆け戻ってきた……と思ったら、私を抱え込み……。





ここ数ヶ月でこの体験をするのも何度目になるだろうか。





『クリス! 室長、救急車を…………!』

『あ、ああ……! すぐに呼ぶ!』

『クリストファーさん……?』



ぴくりとも動かないクリストファーさんの背中を叩く。

息をしているかも怪しいし、右足は変な方向に曲がっていた。

彼が庇ってくれたおかげで私は無傷に近かったが……そのおかげでクリストファーさんは……。


『…………あ…………』


自分のせいだ。この爆破は、きっと私を狙ったもの。クリストファーさんはそんな私を庇ってくれた。






……かばって……くれた……?








誰ガ、誰ヲ?









――すまない、謀られてしまった……。頼む、マドカ。――様を……。




コロセ、コロセ

裏切リ者ニ罰ヲ下セ




――いや……いや……あなた……!

――お父さ……




私を強く抱きしめていた腕が、だらりと下がる。




2度ト、コノ地ニ舞イ戻ルコトガデキナイヨウニ



原形ナク――踏ミ潰セ













……私は走っていた。

走って、走って。

煌々と燃えるキャンドルのような揺らめきの中、“あの人”の今際の懇願を果たすため。

涙と鼻水と、“あの人”の血にまみれたまま。

“彼”のもとへ、駆けた。






――――くん! 逃げて!


皆デ殺セバ恐クナイ


――マドカ!














オ父サン。

チャント約束、守ッタヨ。

彼ヲ庇ッテ助ケタヨ。

ダカラ、オ父サンモ約束守ッテネ。

約束シタヨネ。




「必ズ、帰ッテ来ル」ッテ――……。







『マドカさん、大丈夫。クリスは死んでない。ちゃんと息がある』


ルイスさんの声がとても遠く感じる。






私は、記憶の“赤”に――――呑まれていた。









 ━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-




2時間後……。


『倉間!』

『無事かい!?』

『だ……ノアさん、バーンハード王子』


ダリオノアさんは私の顔を見ると安堵の表情を浮かべた。そして、ルイスさんに目を転じる。


『クリストファーの具合は?』

『脳しんとうを起こした以外は、右足の骨折のみで済みました』

『あんな爆発の中……奇跡的だ』


室長の言葉に、バーンハード王子が肩をすくめた。


『やれやれ。これで警察組織の中に、王室転覆を目論む輩がいるということがハッキリしたわけだ。よほど、倉間マドカに情報を思い出して欲しくないんだろうね』


バーンハード王子の言葉に皆の雰囲気がピリッと強張る。


『室長、犯行声明は出ていますか?』


ダリオノアさんが問うと、室長は眉をハの字にした。


『それが……出てないんだ』

『――もはや、なりふり構っていられないってワケか』




 ━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-




「……ふう……」


これから爆破が起こった当時の状況説明がある。


(本当に、いきなり爆発したから何もわからないんだけど……)


――――asr――――huuwyh!


……と、お手洗いから出ると窓辺で歌うバーンハード王子の姿があった。

哀しみが伝わってくるようなその歌に聞き入っていると、彼はふっと私の方を振り返った。

……何故だろう。ぞわぞわしたものが肌の下を這う。


『倉間マドカ、君は狙われている。もう、カムジェッタへ帰った方がいい』

『はい……ですが、こんな状況で帰国するわけには……』

『…………案外、君がいることで事態大きくなっているのかもしれないよ?』

『え……?』


バーンハード王子は優しげな面差しを更に柔和にし、私へ笑顔を向けた。


『ダリオの件が露呈したこともあって、ヴァンリーブは近年稀に見ないほど揺れている。君たち母子が心配だ。もし帰るのであれば、すぐにでも自家用ジェットの手配をするよ』

『…………お気遣い、ありがとうございます』


私はバーンハード王子に一礼し、取調室へと急いだ。


(何だろう、脳裏に何かがちらついて離れてくれない)


そう、あれは――……。








 ━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-




あれから3週間が経とうとしていた。

状況は膠着状態……どころか。

日を増すごとに、特殊犯罪組織が犯行声明を出した列車・飛行機事故、誘拐事件、殺人事件。爆弾・放火事件などが多くなっている。

じわじわと――確実に、王室転覆を目論んでいる組織への恐怖は、ヴァンリーブ国民に蔓延してきていた。

こんな状態のため、アマネ様もブルダム王国へ帰る手筈が進まないらしい。

ブルダム王国の国民たちからは、ヴァンリーブ王国への抗議の声が膨らんでいる。早く我が国の王子を返せ、と。ブルダム王国の住まう人々からしたら至極当然の意見だろう。

現在のブルダム国王(アマネ様の叔父らしい)には子供がいない。そのため、王位継承順位第1位にいるのはアマネ様だ。

そんな大切な自国の王子が、王室失脚を狙う者たちが跋扈するヴァンリーブ王国に留まっている。ブルダム国民の不安や怒り、焦りが噴出するのは仕方がないことだ。



――市警察署の廊下にある自販機前。


『あれ、珍しいね。君が1人でいるのは。ああ、そうか……今日はダリオが非番だったね。ノアもいないのかい?』


ジュースを飲んでいると、室長とルイスさんの2人組に出くわした。彼らはクリストファーさんのお見舞いへ行ってきたところらしい。


『はい。何か私を連れて行くことができない場所で夜から仕事が~って言ってました』

『そうか。きっとあれだな。違法ドラッグパーティーの潜入調査とかだろう』


……前から思っていたが、室長は部外者である私に、警察内部の情報をペラペラ喋り過ぎだと思う。


『ところで……ねえ、倉間さん。本当に何も覚えてないの?』

『はい』


室長と会ったらいつもこれだ。正直、何か思い出していたらすぐに伝えるに決まっているじゃないか、と心の中で呟く。

……と、そのとき。


ルイス

「…………plav bareneya,seirsdfjuhasrm.okokjijetuhuuwyh!」


いきなり室長の横にいたルイスさんが、何かを訴えかけるかのように小さな声で歌い出した。

それは、バーンハード王子が歌っていたのと同じ言葉。曲調は違うが、フレーズは同じ。そして――……。


呼吸が、止まりそうになった。


『ルイス?』






「――plav bareneya――――」






(思い、出した……)



plav bareneya

――プラヴ・バレンヤ――。




路地裏で、小太りの男性が口にしていた言葉だ!




……私は平然を装って何も気づいていないふりをした。


『綺麗な歌ですね』

『ヴァンリーブに……古くからある童謡なんだ』

『そうなんですね。知りませんでした』





しばらくルイスさんたちと雑談してから部屋に戻った。私はすぐさまダリオさんに電話をかけた……が。

電源が切れているではないか。

非番ということになっているので電源を切っているんだろう。


(こっちは繋がりますように……っ)


私はノアさん用の携帯番号を呼び出して選ぶと、受話部に耳を押し当てた。


《どうした?》


(出た!)


「ダリオさん、お仕事中すみません。お仕事が終わってから付き合って欲しいところが――……」




 ━-━-━-━-━-━-━-━-━-━-




ダリオノアさんの仕事が終わったのは昼過ぎだった。

市警察署へ帰ってきたノアさん姿のダリオさん。

私は彼に、“王立図書館へ行きたい”と単刀直入に切り出した。





平日の昼下がり。

王立図書館にいる人の影はまばらだった。

私立図書館の方が書籍なども充実しているため、そちらに足を運ぶ人が多いためだろう。

でも、私が目的としている書籍は……多分、ここにある確率が高い……と思う。


「……急に電話かけてきたと思ったら、ここかよ。オレ、図書館嫌いなんだよな。眠くなるか――――」

「犯人が言ってたフレーズ、思い出したんです」

「!」

「その言葉の意味、きっと図書館ならあるかなって思って」

「……案外、オマエ察しが良いな。サイバー上の検索ワード、組織が見張ってる可能性があるって思ったのか?」

「はい」


インターネットを使って言葉の意味を調べることは簡単だ。検索すれば、1秒も経たずして簡単に私が求めている言葉の意味がわかるだろう。

しかし、その単語を……検索ワードを特殊犯罪組織が見張っていたとしたら……?


(私がそのフレーズを思い出したことが、あっちにバレてしまう)


そう思い、図書館で情報収集することを決めたのだ。


(私、危機回避力がついてきたかも)


「よほど……そのフレーズに確証あんだな?」


私は強く頷いた。


「思い出した言葉、なんて言葉だ」


私は周囲に人がいないことを確認し、小声で囁いた。


「“プラヴ・バレンヤ”です」

「……………………え……」


ダリオノアさんの顔に驚きが走った。

彼は額に右手を当てて、ストップ、と言いたげに左手をかざした。


「ちょっと待て。“プラヴ・バレンヤ”って……。マジであのクソ小太り野郎が言ってたのか?」

「はい」

「……わかった。じゃあ、関係書籍はこっちのコーナーにあるぜ」


ダリオノアさんが足を止めたのは、風土・文化・民族コーナーだった。

そこには様々な民族の文化などが記された書籍があった。そのうちの1冊をダリオノアさんは手に取った。


「ヴァンリーブには多くの民族がいる。ヴァンリーブ政府は、どんな民族も隔てなく受け入れるという方針があるからな。だが……中には――ヴァンリーブ政府と対立し、存続することを許されなかった民族もいる」


ダリオノアさんから手渡された書籍は子供向けのもので、童謡や賛美歌などが収録されていた。


「これ、です。ダリオさん、plav bareneya,seirsdfjuhasrm.okokjijetuhuuwyh……。このフレーズです!」


書籍にはカムジェッタ語も併記されており、“プラヴ・バレンヤ”の舞台となった場所は現在のヴァンリーブ警察本部だということが記されていた。


「……プラヴ・バレンヤ。――意味は、『聖なる戦争』。……聖戦のことだ。その少数民族は、その言葉を童謡や賛美歌の冒頭に必ず持ってきていたらしい」


ごくり、と唾を呑み込んだ。


「今はもう現存しない……ヴァンリーブ人として吸収された民族……ガラマヌス族――」


ダリオノアさんはそう言うと、電話をかけ始める。暗号を交えて伝えているので、私は彼が何を話しているのかサッパリわからない。


(そして…………あと、もう1つ…………)


次第にはっきりしてきたことがある。


それは………………。


あのとき、カムジェッタ国の路地裏にいた長身の人物――……あれは……。


「ダ――――」

『こんなところで何してるのかな? ノア……と倉間さん』

『室長さん!』


いきなり現れた室長に私は目を丸くし、ダリオノアさんは眉間に皺を寄せた。

彼はニコニコしながら――――こちらへ銃を構えた。

すっと表情が真顔に取り変わる。


『倉間さんが聞いた言葉が、“プラヴ・バレンヤ”じゃなかったら……言語に疎かったら、こんなことにはならなかったかもな。……あいつも馬鹿なことを口走ったものだ。最期まで口を割らず、自ら首を吊って死んでくれたのは利口だったがな』


室長は唇を歪ませた。


『その本……。…………様子がおかしいと思ったから追いかけてきて正解だった。あーあ、やっぱり気づいちゃったのか』

『…………』

『気づかなければ、脅し程度でカムジェッタへ返してやることもできたんだがね。もう無理だ。ルイスのあの歌がキッカケだろ?』


私は沈黙する。室長は顔を歪め、こう言い放った。


『ルイスのおかげで計算が狂った。奴には最もきつい役をやってもらうことにしたよ。さぞかし……ダリオは悲しむだろうねえ』

『どういう意味だ』

『ルイスには国王を殺すという大役を果たしてもらうことにした』


私の全身に、戦慄が駆け抜けた。それはダリオノアさんも同じだったようで。彼の拳が小刻みに震えている。


『あ!? んなことできるか! 国王は厳重に――っ』

『どうだかねえ。国王がどこに訪問するか、どのような警備体制を敷くかなんて、協力者さえ確保できれば容易に把握することができる。そう……警備部に協力者がいればな』


すっと目を細める室長。彼は、自分が協力者だということを堂々と言ってのけた。


『ふざけるな!』


ダリオノアさんは吼え、銃を構えた。

室長は笑いながら一般人に向かって銃を向ける。


『撃て撃て! そしたらここにいる一般人も道連れだ! それに、国王の件に関してはもう手遅れだぞ! 既に計画は動き始めているからな!』

『黙れ!』


悲痛なダリオノアさんの叫びを遮り、室長は高笑いをした。


『ノア中佐!』


ダリオノアさんを呼ぶ声がしたと思ったら、室長が倒れ込んだ。室長の背にタックルしたのは――。


『クリス!』

『クリストファーさん……!』


右足を包帯でグルグル巻きにした状態で松葉杖を片手に持ったクリストファーさんだった。彼は室長ともみ合いになっている。2人とも互いの銃を握りしめた。


『ノア中佐、早く行ってください! ここは僕に任せて!』


そう言いつつ、クリストファーさんは周囲にいる人々に逃げるように促す。司書さんも含めて皆、わっと図書館内から逃げ出した。


『何を言ってるんだ、オレも――』

『ダリオと仲良くしてるんなら、わかるだろ!』


クリストファーさんは、私が今まで聞いたこともないような……激しい怒鳴り声を上げた。


『ダリオの願いは、この国の人々が幸せに暮らせることなんです! ノア中佐の力が必要なんだ、早く国王様の元へ――』

『ふん、身分を偽って警察にいたヤツが人々の幸せなんて願ってるものか! ただ、自分のプライドを満たすことが願いだろ』

『そんなことない! ダリオが王子だとか……そんなの、彼の願いとは関係ない! ねえ、ノア中佐。ダリオの願いを、こんな組織に潰させないで』

『貴様……わかっているのか!? 我が組織に背くということは家族が――』

『僕や僕の家族は、ダリオを信じてる。親友として、僕の上司として、そして……この国の王子としても』

『ち……っ。元・少数民族であるお前やルイスが警察組織へ入れるよう手助けしてやったというのに……恩を仇で返すか! 今まで散々虐げられてきた辛さを忘れたか!』

『僕は、不幸だけを嘆きヴァンリーブ政府を憎む、元・少数民族じゃない! れっきとした、誇り高きヴァンリーブ人だ!』


きっぱりと言い、クリストファーさんはナイフを向けてくる室長に応戦する。


『早く行って…………!』

『…………っ。わかった! 行くぞ、倉間』

『はい!』


私とダリオノアさんは、クリストファーさんに促されるまま図書館を飛び出した。

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