7.
司会の男性は、壇上の袖に佇んでいる人々を示す。
「まずは、ヴァンリーブ王国のヘーゼル国王とバーンハード王子からのお言葉です」
男性の言葉を受けて、恰幅の良い中年男性……ヴァンリーブ国王、そして二人の男性が壇上へ上がった。
(――やっぱり! ダリオさんだ!)
強烈な印象を残した顔が紛れていた!
「この度は、このような素晴らしい式典に招いて頂き、誠に喜ばしく……」
一言どころかたっぷり五分くらいかけて演説じみた言葉が続けたのち、国王はバーンハード王子にマイクを差し出す。
しかし、王子はニコニコとしているだけでマイクを受け取ろうとしない。
そんなマイクを、バーンハード王子の傍に控えていたダリオさんが代わりに受け取った。
ダリオさんは先ほどの高慢さなど微塵も感じない――爽やかすぎる笑顔を会場に向けた。
「王子は喉を痛めておりますため、恐縮ではございますがヴァンリーブ王国警察の一職員であるわたくし、ダリオ・ドゥーガルドが代わりまして王子のコメントを述べさせて頂きます」
ダリオさんはスピーチ原稿などを読み上げるでもなく、会場にいる人々へ堂々と目を向けながらしゃべっている。
「『カムジェッタ国に来訪するのは久方ぶりです。滞在中は様々な場所を見て回ろうと思っています。ヴァンリーブ王国と他国との架け橋となるようなポイントを1つでも多く見つけられるように』……と、王子はお考えです。そのようなお考えができる方が王子である我が国を、私は誇りに思います」
……先ほどの言い合いなどなかったかのような立ち振る舞いだ。
そして次に檀上に姿を見せたのは――……。
私は顎が外れそうになった。
ダリオさんと入れ替わりで壇上に上がった人物――カムジェッタ国王と共に壇上へと上った人物は、 グ レ イ さ ん だ っ た の だ 。
「あ・どうも、カムジェッタ国の王子・グレゴリウスです。……って、もうカムジェッタは王政崩壊してるんだし、『王子』って名乗るのも何だかな~ってボク的には思ってるんですが」
パーティー出席者から笑い声が上がる。
グレイさんは、屈託ない笑顔でスピーチをし、壇上から降りた。
次に壇上に立ったのはイムリバ王国の国王と、モルテザー様と他二人の男性だった。
イムリバ王国には、国王を継ぐ血族として三つの名家があるようだが……まさか……。
「今回は兄たちの来訪が叶わなかったため、三男であるわたくしがこの式典に参加することができました。モルテザー・イムリバです。他国に訪問できる機会は滅多にないので、他国の方々と有意義な語らいができる機会を得られたことに、ただただ感謝をしております」
モルテザー様の優しい声が会場に響く。皆、彼の言葉に聞き入っていた。
モルテザー様たちが去った壇上に出て来たのは、ベルナルト皇子。
私としてはもうお腹いっぱい状態である。ちなみに、皇帝の姿は見当たらない。
「プルーシェ帝国のベルナルト・カウペンガウゼンと申します。我が国代表として全世界友好式典パーティーへ招待して頂き、感謝しております。私は親善大使として皇帝より任命を承っておりますので……少しでも他国との垣根を取り払うことができれば、という気持ちを胸に邁進していく所存です」
「あっと……ベルナルト様。プルーシェ皇帝は……」
進行役の男性が訊くと、ベルナルト様は引き攣った笑みで、
「急用ができたとのことで……国へお帰りになりました」
とだけ言い、壇上から降りた。
「おい、セルジュ! まだだ」
ベルナルト皇子が壇上から降りきる前に、壇上へ続く階段に足をかけてしまったセルジュ様の袖を、長身中年男性が引っ張った。
会場から優しい笑い声が洩れる。
長身の中年男性は、進行役の男性からマイクを受け取り頭を掻いた。
「息子が失礼致しました。この度は、国王様からのお達しでこちらにお伺いさせていただき――――」
スランビュー国王は病気療養中のため、来ることができなかったらしい。
中年男性は形式的なスピーチを終え、マイクをセルジュ様に渡す。
セルジュ様は、ちょっと困ったような顔をして親指で唇を拭った。
「……スランビュー王国・ブラディスラフ公爵家のセルジュです。このような素晴らしい式典パーティーへご招待頂いたことに感謝致します。今まで交流がなかった国とも友好的な関係を築くことができるよう、王位に近しい者として全力を尽くす所存です」
スピーチ内容的には全く問題ない。問題ないし完璧と言っていい――のだが。
――ぼ、棒読み過ぎる。
一般人である私でさえわかる棒読み感なのだから、きっと会場にいる人達にも棒読み感は伝わってしまっているはずだ。何故か私がハラハラしてしまう。
――ていうか、セルジュ様も要人だったんだ……。しかも、公爵家……王位に近いって……。
セルジュ様は一礼し、マイクを進行役の男性乱雑に突き返した。
そしてスタスタと壇上を後にする。
最後にステージへ上がったのは、アマネ様と……彼によく似た男性だった。
男性は自分がブルダム国王だということを簡潔に述べると、すぐにアマネ様へマイクを渡す。
「ブルダム王国・第一王子のアマネ・ブルダムです。見聞を広げよとのことで、これから一ヶ月ほどカムジェッタ国にとどまる予定にしております。短い期間ではございますが、ブルダム王国にはない技術や文化に触れ――――」
と、アマネ様と視線が合った……ような気がした。
――――彼はそのままフリーズした。
ざわざわと会場がどよめく。
ブルダム国王が気遣わしげにアマネ様に何事か声をかけている。
アマネ様はスピーチを再開しようとしているようだったが、声が出ないのか、喉もとを押さえて俯いた。
「アマネ王子は体調が優れないようだ。彼のスピーチは中止を」
それだけ言うと、ブルダム国王はアマネ様の背を押して壇上を降りる。
……司会者が上手い具合にその場をしめ、パーティーはお開きとなった。
ざわざわと出口に向かってパーティー参加者が向かう中、私は硬直したまま動けないでいた。
(な、何がなんだか……)
そのとき、慌ただしく他のスタッフに指示を飛ばしながらガーレさんがこちらへやって来た。
「倉間さん、お疲れ様。今日はこのまま上がっていいよ」
「はい。ありがとうございます。お疲れ様です」
「あ、そう言えば……グレイ様にお聞きしたんだけど、足くじいてるんだって? 救護室でテーピングしてから帰った方が……」
「大丈夫です。家に帰ってからやるので」
「でも、早く固定しておかないと後々響くよ?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、本当に大丈夫ですので……。では、短い間でしたがお世話になりました」
「こちらこそ。あなたに頼りっぱなしで申し訳なかった。助かったよ」
私はガーレさんに一礼すると、踵を返した。
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その後、どうやって更衣室までたどり着いたかはあまり覚えていない。
気づいたら、私は更衣室でモゾモゾと着替えていた。
着替え終わり、制服を紙袋に押し込んでいると、今日の出来事が走馬燈のように脳内を駆け巡る。
色んなことがいっぺんに起こりすぎて、頭がパンクしてしまいそうだ。
グレイさんは、この国・カムジェッタの王子様。
変態グレイさんがこの国の王子様だったなんて。
ハア、と溜め息が零れる。この国の先行きが不安になってしまった。
セルジュ様はスランビュー王国の貴族。
セルジュ様の名前を聞いた時、聞き覚えがあると思ったら……ラジオで連日連呼されてた名前からだった。
そして、自分の好みにどストライクだったアマネ様はブルダム王国の王子。
(スピーチ途中で退場しちゃったけど……体調大丈夫なのかな?)
心配になるが、きっともう会うこともない相手だろう、と頭を緩く振って脳内から彼を追い出す。
と、アマネ様が脳内から消えたと思ったら、次は口の悪い最低人間……ヴァンリーブ王国警察のダリオさんのムカつく顔が浮かんできた。
(久々にムカついたなぁ)
ダリオさん同様、ベルナルト皇子も相当感じが悪かったし……と憂鬱な気分になった。
何かと厄介な人間に遭遇した気がするのは気のせいだろうか。
(あの中で、いかにも『要人です』って感じだったのは……モルテザー様だけだったな)
アマネ様はひねくれた言い方をしてきたし、グレイさんは論外。
セルジュ様もどこか浮き世離れしている感じだったし、ダリオさんやベルナルト皇子については考えたくもない。
ふっと、私は頭を垂れた。
(……考えるのすらキツいや。……帰ろ)
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裏口からホテルを出て、ホテル正面の道をテクテク歩く。
ホテルロビーでたむろしているパーティー客たちの騒がしい声が、ここまで聞こえてくる。
――疲れた。
足がふらふらする。もつれてしまいそうだ。
携帯のディスプレイを見ると、PM9:00の表示。
今日は、バーの仕事はお休みだ。
(今日の晩ご飯、焼き肉って言ってたな……。早く帰らないとお母さんたちに私の分の焼き肉まで食べられちゃう……)
そんなことを思いながら、酔っ払ったおじさんのような足取りで歩いていると、
後ろから声をかけられた――――…………。
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※次章より各登場人物との物語に分岐します。
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