不穏な来訪者

第7話 立ち話にはちょっと長い


…何だか少し変だ。


自室の鏡の前で髪の毛を梳りながらリリーは思った。

精霊から祝福を授かったからだろうか?

そのあたりからいつもと何かが違う。


「うーーん」


鏡の前で回ったりするも、よく分からない。

何だろうなぁ?と首を傾げながら自室を後にした。





「よし!やる!!!」


わー!とメイドたちから歓声が上がった。

水の精霊の祝福を受けてから、扱える水量が増えたので手始めにカーテンを洗濯してみることにする。


広間の一番大きくてドレープも多いカーテンにしてみた。

リリーはカーテンレールから下ろされたカーテンを水の膜で包み込む。

膜が溶けて床が濡れないよう意識しながら、水の膜の中に洗剤を投下して泡立たせた。


その調子!とメイドたちから声援が上がる。

最後に膜の水を下水まで転移させ、また新しい水の膜で何度かカーテンを洗った。


「こんなもんかな!」


やったあ、と言うメイドたち、でもー、とフラーが言った。


「これどうやって乾かすの?」


あー…と魔法で宙に浮いたまま行き場を無くす水を吸ったカーテンを見つめるリリー。


「…テラスの屋根の上に転移させて乾かそっか?」


アンの提案にうん、とリリーは頷いた。


「…やらかした…ごめんね…」


ひと仕事終えて休憩中、中庭に置かれたローソファーの上でリリーは顔を覆って呟いた。


「ええ〜大丈夫だよ!天気いいもんすぐ乾くよ!」


とフラー。


「洗うの見てて楽しかったわ」


アンも気遣う。


「…挽回したい…」

「アップルパイを食べて、休憩してから頑張るとかどう?」


トレーに乗せたアップルパイを見せてアンとフラーはにこにこする。


「それは…賛成」


ありがたくいただくことにした。



たっぷり休憩してから乾いたカーテンをレールにつけることにする。

王城の二階ほどの高さのある窓だが、このくらいなら飛んでいけそうだ。

リリーは背中から翼を出した。


「わー!これが噂のリリーの翼?綺麗ねー!」

「飛べるの羨ましいー」


アンとフラーは口々にリリーを褒めた。


「…や、やっぱこっち」


リリーは赤面して高さのある梯子を魔法で取り出す。


「えー飛んでるとこみたいー」

「だって…注目されると恥ずかしくて…….」


うまく飛べなくなっちゃうよ、とリリーは梯子に手をかけた。


「じゃあそのうち外で飛んでみてー隠れて見るから!」

「事前告知されたら余計恥ずかしいよ…」


微妙に高さが足りないので梯子の上に立ってレールにカーテンをとりつけていく。

気をつけてね、と声をかけるアンとフラーにうん、と下は見ずにリリーは答える。


その時きゃー!と悲鳴が上がった。

反対側の二階の欄干にいるメイドたちだ。指を刺して叫ぶ。


「リリー!カーテンのレール留めが抜けちゃう!」


え、と声を上げると同時にネジが抜けたのかレール留めがぱちんと弾けて落ちた。

抑えを無くしたランナーがカーテンと一緒に滑り落ちるのはあっという間だった。

もちろんカーテンと一緒にリリーと梯子も巻き込む。

がしゃんという凄まじい音で倒れた。


「うう……翼があるのに落ちた…」


もう今日は失敗続きで寝込みたい。


カーテンがクッション代わりになり大した怪我はない。

リリーは差し出された手に礼を言って掴まって立ち上がった。


「怪我はないか?」

「ヴィント様!」


てっきりアンかフラーだと思って捕まった手は全然違う。


「リリー…ヴィント様も二階にいたの。すぐ気がついて飛んできてくれたんだよ」


涙目でアンとぎゅっと抱き合っているフラーが言う。

よく見るといつも魔法で収納しているはずのヴィントの翼が出ている。

恥ずかしさと申し訳なさが頂点に達したリリーは


「は、はらをきってお詫び申し上げます……」


と言った。

切らないで!?なんで切るの!?アンとフラーが混乱する中リリーは本気で消えたいと思った。







ちょっとちょっと、とアンとフラーは歩いていたヴィントの部下であるシスカを呼び止めた。


「何だ?お前ら。いいか、何と言おうとヴィント様の所は出禁だからな」


んもー!ちがぁう、とフラーは憤慨するとちょっとこっちよ、ナイショの話!と壁に向いてしゃがみ込む。

何だよ…としゃがみ込むシスカに続いてアンも隣にしゃがみ込む。


「あのねぇ、リリーの…リリーは分かるでしょ?新しいメイドの子。ちょっと様子が変なのよ」


と、アン。


「それがヴィント様とふたりで出掛けてから変なの。何があったか知らない?」

「何がって…ふたりで神殿に行ってきたんだろ。精霊を呼ぶとか何とかで…」


アンとフラーは同時に片手で口元を隠した。

…何だそれは


フラーは言う。


「秘密にしてね。リリーったら帰ってくるなり、何か凄かった、って言うのよ」

「あとちょっと濡れちゃったって」


「待て待て待て待て何の話だ何の」


慌てふためくシスカにアンとフラーはますます密着する。

壁に向いてしゃがんでいる為何か怪しい雰囲気である。


「これは……もう……濡れ場よ……」

「めくるめく…官能の世界よ………」

「…まああの辺り他に人なんて来ないしな…立地的には最適…って何言わせんだ」

「だって!リリーったら変なのよ!隙あれば鏡ばっかり見てるし!」

「窓とかで身繕いチェックするし!やる気があると思えば変な失敗するし!いつもと違う!」


口々に捲し立てるアンとフラーの話にむ…と考えこんでシスカは自身の髭を撫でた。


確かに最近自分の主もおかしい。

元々あれやこれや喋るタイプではないが、更に口数が減り窓の外を見て考えこんでいる事が増えた。

もしや?いやしかし。


「万が一あれやこれがあったとしてだな、」


ぼかしすぎて何だかおかしくなってきてるがシスカは続ける。


「追求してお前らはどうするつもりなんだ」

「私たちも同じコースでお願いしますってヴィント様に言うの」


がくっとシスカは頭を下げた。


「お前ら……そう言う事は俺に言え俺に」


いやぁーんと嬌声を上げるとふたりはシスカに抱きついた。


「暑い夜にしてくれる?」

「忘れられない夜にしてくれる?」

「そりゃもうどエロいやつだ!」


やったあ!楽しみにしてるねー!とふたりは去っていった。

シスカはがしがしと頭を掻いて言った。


「…女にはかなわなねぇなあ…」


そしてリリーを思い出した。

魚釣りに輝かす顔、堀の水に驚く顔、時渡り…

主の隣に立つ時は、どんな顔をしていただろうか?





リリーは自室でベッドに寝転がり、天井を見つめて木目を数えていた。100293、100294、100295……

──むく、と起き上がり、鏡台に向かう。


「私……何か………うう……」


鏡の前で頬をこね回す。

いつもと同じ顔。でも何か違う。

コンコン、と部屋の戸を叩く音が聞こえて慌ててドアに向かった。


「はい」

「リリーちゃん大丈夫?」


心配そうな顔をしたトルカがいた。


「あっ…」


一瞬ヴィントが来たのかと思って顔が熱くなった。

焦っているところを見られたくなくて余計に焦る…と、トルカが花を持って来ていることに気がついた。


「これ…どうしたの?」

「ヴィント様がリリーちゃんに持っていって欲しいって」


トルカはにこにこしながら花を渡す。

雪のような白い花は神殿の前に咲いていた花を思い出した。


「綺麗……」

「リリーちゃんが元気がないから、って言ってたよ。元気出してくださいね」


トルカに目線を合わせてありがとう、と言う。


「もう元気出てきたよ」


よかったあ!と笑顔でトルカは去っていった。



リリーは貰った花をテーブルに飾ると椅子に座り花を眺めた。


「お礼…言わなきゃ……」


花弁に指で触れる。瑞々しく柔らかで気持ちいい。






  「──……────………………」





古代語の歌を小声で口ずさむ。

神殿の霧雨が体に触れた感覚を思い出す。


…まつ毛にかかる水気にまばたきをする…肌にのる水滴…前髪を漉く、指先。


順に思い出し、リリーは自分の前髪に触れて目を閉じた。












「これは……難しいところね。判断に悩むわぁー」


と、アン。


「とりあえず、もう少しだけ様子見る…?」


とフラー。ふたりともカーテンに包まって悩ましげだ。


「お前たち、何してる」


やってきたラーニッシュに俊敏な動きで飛びついた。

アンとフラーはやーんすき、あいたかったあと熱烈だ。

実はですねえとラーニッシュに腕を絡めながらフラーは言う。


「中庭のあのふたり、ずっと立ち話してるんですけどぉ」

「もうかれこれ一時間半くらい話し込んでるんですよぉ」


アンもラーニッシュにくっついてまたカーテンの陰に隠れる。

中庭のを覗くとリリーとヴィントが談笑していた。


「一時間半もずっと見てたのか?」


ラーニッシュの問いにんもー違いますよう!とふたりは言う。


「最初通りがかって見かけて」

「次はさりげなさを装って覗きにいって」


で、今はカーテンに隠れて見てたんです、とふたり。


「野鳥観察か…」


んー、とアンは似たようなものかしらと言う。


「お茶とね、お菓子でも持って行こうかなって思ったんですけどぉ…」

「行ったら、あっいいの、ちょっと話してただけだから!とかなって、解散しちゃったら!私たちすんごい余計じゃないですか!?」


はあ…と興味ないような覇気のない返事をするラーニッシュ。

ちらっと見るとリリーが笑っているのが見える。


「野鳥にしては片方は凶暴すぎるし片方は雛鳥すぎないか」


と言うラーニッシュにあー、とふたりは同意なのか不同意なのか分からない返事をした。


「あーん私も王様と仲深まりたい!」

「深まりたぁい!」


お前らまだ昼間だぞとまんざらでもなさそうなラーニッシュをぐいぐい押してアンとフラーは窓際から退散した。






何となく言い出せずにいたのだが、リリーは働き始めてから給料を貰えていない。


というか、店もなく根本的にお金を使える施設がない。

しかしラーニッシュはユグナーの書という冒険書を持っていた。どこかに本屋はあるのだろうか?という事が気になってヴィントに聞いてみる事にした。


「いや本屋はないな…あれはクルカンの私物を勝手に漁ったんだろう」


漁る…他人の私物なのにあんなに雑に扱っていて良かったのだろうか。ラーニッシュが宝箱に投げ込んだ本を思い出して何とも言えない気持ちになる。


「君は前に古代語の本を読んだと言っていたが…あれは持ってこなかったのか?」


とヴィント。


「あっ…荷物は最小限で来ちゃって…本は一冊も持って来なかったんです」


リリーは答えた。


「そうか…本屋くらいなら隣の惑星にあるが…今度行ってみるか?」


え!とリリー。

急に髪に触ったり目が泳いで挙動が不審だ。


「わた…私、石投げられたりとか、しないですかね…?」

「そんな治安の悪い惑星ではないが…」


そうですか…とリリーは返事を避けるような思案顔。


「故郷で石を投げられたわけではあるまい」


そう言うヴィントにリリーはぴゃっと跳ねて言い淀んだ。


「えーっと、その、なんていうか…」


ヴィントは驚いてまじまじとリリーの顔を見る。


「まさかそれで故郷を離れたのか?」


リリーはわたわた両手を動かしながら


「あっ!あのっ!みんなには言わないでください…」


と言って続ける。


「心配させたくない、ってちょっとだけ…思うのと。本音は……は、恥ずかしくて…」


とぽつりと言う。

それは肯定したようなもので、故郷での扱いが良くなかった事を暗に告げている。


「…心配しなくても誰にも言わない」


ありがとうございます、と胸を撫で下ろすリリー。


「また本を貸すから、水魔法も少し勉強するといい」


その力があれば、とリリーの右手をそっと握ると


「不届者には頭から水をかけて冷やしてやれ」


と言った。


「はい!」


そう言って笑うリリーを見てヴィントは遺跡の帰り道で笑っていたリリーを思い出す。


明日もいい日になりますように、と言ったリリーの祈りは。

毎日の幸せを噛み締めるものではなく、明日守られるか分からない不安を押し込めるものだったのではないのだろうか。


あの日の夕日を浴びて笑うリリーも、今日のはいと言って笑ってみせたリリーも不足なく完璧に―悲しさを覆い隠して穏やかだった。












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