マリオネットとは

 単語の意味を確認しながらしばらく読み進め、ルオは大きくため息をついた。


「要するに、四本の手足の弓ってやつを全部同時に交換して、寸分の狂いなく同時に歯車を動かさないといけないってことか、自分を絶対に修理できないような作りになってるんだなお前」

「別にすべて完璧に直らなくていい。ふくらはぎと足の甲にある弓を外して指示するところにつけてくれ。駆動回路の制御パターンを肩甲骨と腕特化に変えれば上半身だけ動く。腕が動けば問題ない」

「歩けねえだろうが」

「いいんだよ。腕が直ればマリーを直せる」


 その言葉にマリーはシャムを見る。シャムは微笑みながら見返すと、ちらりとルオを見た。


「足直してあげたいし」

「なんで俺の周りには一言多いやつが多いんだ」


 眉間に皺を寄せながらも工具を取り出す。なんの因果か縁か、こうなってしまっては放り出すわけにもいかない。祖父が人形は大切にしろと口を酸っぱくして言ってきたことも影響している。しかし改めて冷静に考えてみると若干腑に落ちない。


「俺に何も得なことねえじゃねえか。おい、お前。マリーって呼ばれてたな。全部終わったら麦くらいよこせよ」


 マリーはペシペシと腹を叩いてパカっと開くと中から麦を取り出す。残っていたのは二粒だけだ。


「減ったな。ニ房くらいあったのに」


 片手から溢れるくらいの量は入れていたはずだ。不思議に思ってそう言うと、ルオが設計書を見ながらいった。


「何個かは俺が世話になってる流浪の民に渡してたが、その時もうあんまり残ってなかったな。移動中に蒔いてきたんだろ」

「蒔いた?」


 シャムをうつ伏せにして説明通りに順番に体を開いていく。非常に精巧に作られた体は寸分の狂いなく曲線部分までぴたりとはまっている。


「マリオネット、部族によっちゃあククって呼ばれてるけどな。戦争で行き場を失った人形を流浪の民たちが拾って共に暮らすようになった。こいつらじっとしてねえからいつかはどっかに行っちまう。だから腹の中に種や穂を入れてやるんだよ。どこかで倒れて朽ちたら種が大地に根付くだろ。別の部族のククが来たら種をわけてもらって、自分たちが持ってる種を入れてやるのが習わしだ。俺らはそうやって生きてきた」


その言葉に、シャムは目を見開いた。

じゃあ、今まで見た景色の数々は。



春に見たあの色とりどりの美しい花たちは。

夏に見た生い茂る木々と力強く生えている草たちは。

秋に見た一面に広がる黄金の穂の大地は。


 あれは、自然にできたものではなく、マリオネットたちが作り出した光景だというのか。


 戦争が終わっても敵を目指して走り続ける。敵の陣地を燃やせと命令されているからだ。しかしどこまで行っても敵の陣地などみえてこない。永遠に続く大地を走り続け、やがて地を豊かにする存在として走り続けているのか。

 人間の戦火により何も無くなってしまった大地を、町を、廃村を、マリオネットが緑豊かにしていく。マリーの目に映って来た美しい景色は、すべてマリオネットが作り出した光景だった。


「……僕は、マリーに見捨てられたと思ってた」

「はあ? 何言ってんだ、マリオネットは仲間思いなの知ってるだろ。マネキンだって例外じゃねえよ。流浪の民の中じゃ有名な話だが、マリオネットはそんなに人間が好きじゃねえよ、命令は聞くが言うことは聞かねえからな。だが人形相手は違う。じゃなきゃあんなとんでもねえ距離移動してくるか」


 そういえば、自分はもうすぐ壊れるから壊れたら好きな所に行って良いと言った。その言葉を聞いて、助けを求めるという手段を取ったのだ。ただひたすら傍にいて壊れるのを待つよりも、直せる者を探すことを選んだ。


「……マネキンは、マリオネットに突撃命令出して死なせてたのに?」

「マリオネットが戦わねえとマネキンが戦わなきゃいけないだろ。命令に従ったんじゃなくて仲間を助けるために自分が戦ってきたんだろうが」


 仲間を、マネキンたちを助けるために、自分が。壊れるとわかっていて、それでも。マネキンはマリオネットを利用していただけだったのに、仲間意識なんてなかったのに。


「おい、身体震わすんじゃねえよ、手元が狂うだろ」

「……仕方、ないだろ」


 声も震える。戦うだけしか能がない、やることがなくなってひたすら彷徨うだけのマネキンと違って、マリオネットとはなんて。


なんて……。

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