巡り会った者達
内容が理解できずにちらりと目線を再びマリーに向けた。するとマリーは立ち上がりシャムの目に映るようにまず右足を動かしてみせる。スムーズに動くその足を見て壊れていないことにほっとした。続いてマリーは左足を動かしてみせる。すると関節あたりからぎいぎいと擦れるような嫌な音がした。これは軸が太すぎる時の擦れる音だ。シャムは太すぎる軸など作らないし、走ったのならすり減るはずだが。
「……なんで、そんな……足に、なってる」
率直な感想を言っただけなのだがその言葉に反応したのマリーではなく男だった。
「お前まで文句つけるのかよ。言っとくけどな、俺は人形師じゃねえんだ! 素人が作ったにしては出来じゃねえか! なんで人形っていうのはこう気遣いできねえんだか」
その言葉にシャムも事情を理解した。マリーは自分を直せそうな人間を連れてきたのだ。人形師ではないと言っているが物づくりが得意なのかもしれない。
当然だ、戦争が終わってだいぶ経つ。人形師などいるわけない、ましてマネキン技師など。
「人間、手先、器用か」
「ルオだよマネキン、器用だがお前を直すのは無理だぞ」
「マリー、本」
マリーにそう声をかけるとマリーはシャムの近くに落ちている小さなカバンを引っ張ってくる。体に負担がかかり始めた頃持っていた荷物の大部分を捨ててしまったが、マリーを直すための道具ともう一つ、絶対に捨てられないものがあった。
シャムがその先を言わなくてもマリーはカバンの中から一冊の本を取り出し男に渡す。男が不思議そうな顔をして本を受け取りパラパラとめくると驚いて声を上げた。
「こりゃあマネキンの設計書じゃねーか」
マネキンの設計書など珍しいなんてものではない。戦争ですべて焼かれたはずだ。持っていること自体を罪とされ裏の売買で出回ろうものなら関わった者すべて処刑されたと聞く。誰もがマネキンに関するものすべてを忌避した。
「百四十八」
それだけ言うとシャムは黙り込む。今この状態ではしゃべり続けることも辛い。マリーはウロウロとシャムの周りを歩き始めたがタタっとどこかに移動した。
男は百四十八ページ目を開く。そこはマネキンの最も重要な駆動系統図が描かれていた。しかしその説明に関しては見たこともない単語が並んでいる。おそらく人形師にしかわからない専門用語だ。場合によっては技術を盗まれないために暗号化している物さえあると旅先で聞いたことがあった。
「専門用語が多くてわけわかんねーぞ」
「手足、弓で、動いてる」
弓から部品の一つ一つまで全て専門用語で書かれていて訳が分からなかったが、シャムの言う通り絵だけを見れば骨とは違う筋肉の役割を担っている部位があるのがわかる。それが弓だろう。しかし弓と呼ばれる物さえ十数種類書かれていて
その時マリーがルオの荷物から何か持ってきた。皮袋に入っているのは。
「おまえ、それ水じゃねえか。そいつは飲めないだろ」
しかしマリーはルオの言葉を無視してシャムの近くによると首に向かって水をちょろちょろと出し始める。水は非常に貴重で次どこで手に入るかの確証もない。ルオは止めようとしたがなんだかとても大切なことをしてるような気がしてグッと声を飲み込んだ。口に含ませるのではなく首にかけているのが気になったのだ。
かけた水は手のひらにおさまる程度の少しの量。したたり落ちるかと思ったが、首にかかった水はあっという間にしみ込んで消えてしまった。
「あ、あーあー。うん、大丈夫だ、声が出る。ありがとうマリー、僕がたまに首に水かけてたの見てたんだね」
マネキンは声を正常に出すために若干の水分を必要としている。通常の季節は問題ないが、冬のように乾燥した季節は喉の部分を水で湿らせる必要があった。表面を湿らせる程度の水分量でいいのだがマリーは微調整ができないのは仕方ない。
水袋をしっかり握ったままマリーはじっとルオを見る。無言の圧力に今日何度目かわからない溜息をついた。
「鬼教師が睨んでるから読み進めるぞ、わからん単語あったら聞くから答えな」
「ああ。あと喋れるようになったから直接説明もする」
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