メアリーとミカエリス3
ふと、思い出した過去がある。昔、毎年帝都で開催される春祭りで父親達と逸れた事があった。小さな動物が春の花を運び、道行く人々に花をプレゼントしていく光景に夢中になってしまい、その時何処にも行ってはいけないと言い付けられたのに動いてしまった。
我に返れば後の祭り。元々自分のいた場所が分からず、考えなしに動物達を追い掛けたせいで道も覚えていない。
周囲には大勢の人々。
泣きそうになったメアリーを助けてくれた男の子がいた。
父親達にもう会えない、会っても怒られるという気持ちが当時は強かったせいで男の子がどんな子だったか曖昧にしか覚えていない。
幸いにも、先に戻ったティミトリスが魔法でメアリーを探していた最中だった為、すぐに再会出来た。
男の子は名前も告げず、去って行った。
「あの時の子は、今どうしているのかな」
衣服は平民が着る物だったし、髪も平民によくある茶色だった。顔付きまでは覚えていない。
泣きそうなメアリーに動物から受け取った可愛いピンク色の花を一輪あげた。
迷子になった女の子に花をあげれば泣き止むと思ったからだろう。
もしも、また会う機会があれば今度はきちんとお礼を言いたい。
「お父様に聞いてみよう」
ティミトリスなら、覚えているかもしれない。見掛けたのは一瞬だったろうが記憶力が抜群に良いので。
花弁から手を離したメアリーの頭上から「メアリー!」と呼ぶ声が降ってきた。顔を空へ上げると窓から顔を出すミカエリスがいた。
驚きに顔を染めているミカエリスは「そこにいろ」と発し、窓枠に足を掛け飛び降りた。風の魔法が得意なのを知ってるメアリーはビックリせず、無事着地したミカエリスに礼を取った。
「帝国の太陽皇太子殿下にご挨拶を申し上げます」
「あ、ああ。どうして城にいる」
皇太子妃宮がどんな所なのか興味があって登城した、と正直に言ってしまうと皇太子妃の地位に未練があると思われてしまう。登城したティミトリスに付いて来たと誤魔化した。
父親達の話題を出すと機嫌を悪くするのがミカエリス。だが、今は違う。メアリーの話を聞いてはいるがどこか上の空。「殿下?」と訝しむとミカエリスの黄金の瞳がドレスにいっていると気付いた。またドレスに難癖を付けられると身構えるも、紡がれたのは予想外な言葉だった。
「よく……似合っている」
「……」
ミカエリスになんと言われたか、言葉処理能力が一時停止した。
似合っている? よく言ってくれるのはアタナシウスやティミトリス。
婚約者時代ミカエリスからドレスが似合っていると言われた回数はゼロ。
婚約を解消してから褒めてくるとは、一体どういう了見か。
ちょっとずつ湧き上がる表現の仕様がない感情を抱きつつ、メアリーは「ありがとうございます」と礼儀だけは欠かさない。
「何故……今になってそのドレスを? いつも同じ色のドレスを着ていたのに」
夜会やパーティー等で着るのは自分や父親達の瞳と同じ青。気合の入れ様の問題で自分もシルバニア家の一員なのだと自分を鼓舞する狙いもあった。普段は青以外の服を着るのが多い。
偶に選ばせてくるピンク色のドレスに関しては祖父母に会いに行く時着る。
ミカエリスの聞き方に疑問を持ちつつ、当たり障りのない返事をした。
「今日は夜会でもパーティーでもない、普通の日なので」
「……何もない日だから着たと?」
「はい」
「……。メアリーがいつも青のドレスを着ていたのは?」
「私もシルバニアなのだと周囲に印象付ける為です」
魔力こそ強くても、扱える魔法も戦闘知識も政治も父親達に比べたら蒲公英の綿毛の如く軽いもの。アタナシウスとティミトリスに愛されている以外何もないと思われてほしくなかった。苦痛でしかない皇后同伴の皇太子妃教育やお茶に不満も弱音も吐かなかったのはこれ。
「普段使いとしてなら使うと?」
「青ばかりを着ていたから、他の色は着ないと思われているのですよね? そんな事ないですよ。私、青は勿論ですが可愛いピンク色も好きなんです」
緊張も退屈も嫌気もなくミカエリスと会話をした覚えがない。頑張って思い出そうとしてもないものはない。内心驚きながら、婚約を解消してから良好な友人関係を築けそうな気配がする。
ミカエリスは若干悲しげな表情をしているが、何かを納得するように「そうか……」と零すと寂しげに笑った。初めて見せられたミカエリスの不機嫌面以外の表情。不意に、迷子になった所を助けてくれた男の子が過る。姿は全くの別人なのに。
次は何を言えば良いかと困っているところへ、更に困った状況を作る人がやって来た。
「まあ! 信じられませんわメアリー様! もう婚約者でもないのにミカに会いに来るなんて!」
城内の方へ目をやれば、複数の侍女を引き連れたマーガレットが非難を浴びせてくる。次期皇太子妃なので礼儀だけは通したい。近くまで来たマーガレットに挨拶を述べても、返されるのはメアリーへの非難のみ。
ミカエリスに会いに来たのではなく、ティミトリスに付いて来ただけと話しても信じてもらえない。
どころか、ティミトリスから皇帝にミカエリスとの婚約を戻してほしい話に飛躍した。
一言たりともミカエリスとの婚約を戻したいと言ってない。
「信じられない! 図々しいにも程があるわ!」
「全くです! マーガレット様はずっと前から皇太子殿下と想い合っていたのに、メアリー様がシルバニア家の力を使って婚約者の地位にしがみついていたせいで……!」
「ええ! 解消されたのに皇太子殿下に会いに来るなんて、恥知らずにも程があります!」
似た光景を知ってるのは過去何度も皇后やマーガレットにやられているから。二人付きの侍女達は全員気の強い人ばかりでメアリーの非難に嬉々として参加する。
対応しようにも声量の大きさは人員が多い分向こうが有利。
ずっと言いたかった疑問があり、火に油を注ぐ結果になると見えていてもメアリーはマーガレットへ向いた。
「前から疑問だったのですが、マーガレット様は毎回私に皇太子殿下との仲を言わないと不安なのですか?」
「な……!!」
「マーガレット様と皇太子殿下が好き合っているのは知っています。なのに、会う度に皇太子殿下に好かれているのは自分だと自慢するのは不安からきて――」
「黙りなさい!! 私を誰だと思っているの!? メアリー様如きがホワイトゲート公爵家の私に――」
激昂し、声を上げたマーガレットの声が急に止まった。
周辺に響いた乾いた音と赤く腫れたマーガレットの頬。
ミカエリスがマーガレットの頬を打った。
ミカエリス以外固まっている状況の上――窓から下を眺めていたティミトリスは頭を抱えるホワイトゲート公爵の肩を叩いた。
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