第2話 笑う女

「感じる?」

「う、うん。感じるよ」

 真実はどこにもない。感じる、という女の声に対してそう真人まさとは感じていた。

「奥まで入れているけど、わかるかな? ほら」

 スマートフォンの大小二つに分かれた画面には、マスクをした女の顔が大きく映っている。対して、「奥まで入れている」という真人のそれは酷く小さい。

「わかる。わかるよう」

 真実でなくても構わない。ただこの一時いっときだけ頭の芯にツンとした刺激が通り抜ければ。そう割り切って、真人の手の動きは激しさを増していく。

 すると、唐突に部屋の外から物音が聞こえた。一瞬で真人の握りしめていた物は血液が去り、その分体積を減らした。

 だが、その物音は真人の部屋の外から聞こえた物ではなかった。イヤホン越しに聞こえた音。激突音から木製の扉が裂ける音へと変わる。

「いやっ! 何? 何なの!」

 後ずさった女の衣服は一切乱れていない。やはりそうかと真人は軽く憤った後、再び硬化した肉の感覚に手の動きで応えた。恐怖で震える女の目は、見開かれたままカメラの背後へ向けられている。

「来ないで!」

 何が来ているというのか。真人にはまるでわからなかったが、知りたいとも思わなかった。ただ今はこの興奮を目に見える形で処理することに必死になっていた。

「はっ、ははは」

「ん?」

 女の様子が変わった。見開かれている目はそのままだが、動きが完全に静止している。脚をくの字に曲げ、尻と両足の裏、両手をベッドに付け、やや視線を上に向けたまま。真人は空いている左手でリロードしてみたが、変化はない。通信は正常だ。

「ははははははっ」

「笑ってる、のか?」

 女がわずかに上体を反らした。

「かっ、かっ!」

 女の尻がベッドから浮く。真人はそこで果てた。自分の腹の上と手のひらを汚す。それをそのままに、まだスマートフォンの画面に見入っていた。

 何かがおかしい。今起こっていることは紛れもない真実だと、真人は感じていた。

「何だよ、これ」

 真人が最初に気づいたのは、マスクに滲んだ血だ。だが、血が滲んでいると気づいた直後には、マスクを真っ赤に染め、顎を伝い胸元を鮮血の滝が流れていた。

 口が裂けている。

「ハハッ! キャハハッ!」

 女はマスクのゴムを止めてある耳まで避けた口で笑っている。口の大きさに比例して笑い声も大きくなる。やがて女は自分の口の中に両手を入れ、下顎をがっちりと掴んだ。

「マジかよ」

 真人には次の展開が想像できた。おぞましい想像だ。それでも画面から目が離せなかった。

「ふごごッ、ごごヒュえっ!」

 女が下顎を掴んだ手を下げると、呆気なく女の顔はふたつに割れた。

 真人は、手で弄んでいなかったにもかかわらず、二度目の絶頂を迎えると同時に、気を失った。


「うわっ。あ、そうか。ちっ、なんだよ」

 単純な言葉しか出ない。真人は自身に何が起こったのか考えないようにしていた。時刻だけを確認し、無様に汚した身体とシーツを纏めて洗うように、その場で服を脱ぎ、汚れた服と自分の身体をシーツで包んで風呂場へと向かった。

 気を失っていた時間は三十分。深夜を回ってこの後は何も予定がない。ただ真人は異様に疲れて汚れた身体を温めたかった。精液が乾いて痒みを生んでいる腹も早く洗い流したい。

 真人がその腹を指先で掻くと、女の顔が割れた場面が思い出された。

「大学で話しても誰も信じないよな。バイト先も、同じか」

 何よりライブチャットで遊んでいるなど、誰にも言いたくない情報だと真人は嘆息した。

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