第3話


 ――それから三週間。

 いっこうに俺の記憶は戻らない。俺はなんとか覚えた寮の部屋のキッチンで、まな板を見ながら立っていた。最近では、当初は俺に冷たかった風紀委員長も、時折不安そうな目をするように変化した。学園の多くの生徒達も、最近は俺に好奇心のような目をして明るい言葉を投げかけていたけれど、今では哀れむような顔をしている。


 果たして、記憶を失う前の俺は、どのような人間だったのだろう?

 最近の俺は、そればかりを考えている。


 俺はこの日、カレーを作った。

 帰りが遅い風紀委員長とは、部屋で食事をすることが増えている。


「はぁ」


 俺は溜息を零してから、自分の部屋へと戻った。

 そこには様々な写真がある。俺が撮ったものだというが、さっぱり思い出せない。俺はなんでも、学内のことならば、なんでも知っていたという噂を聞いたが、記憶がない今は、誰よりも無知だろう。


 そう考えて、何気なく俺は、一冊のキャンパスノートに触れた。


「ん……?」


 表紙には『報道部目録No.4』とあり、他のもの同様日誌かと思ったのだが、中を見たら――俺の字で、日記が書いてあった。俺は目を疑った。


『風紀委員長が好きだ』

『相良を愛してる』

『でも俺の愛は伝わらない』

『俺は言えない』

『冗談でしか言えない』

『付き合ってくれと笑って見せても、アイツは俺を蔑むように見るだけだ』

『伝わらない』

『毎月、第二木曜日。相良に会える。この部屋で。情報提供の約束をしているからだ。今では、提供する情報が無くても、ある素振りで呼び出している。我が儘を言ってる。困らせている。それでも、ここで会う度に、冗談のフリをして告白してしまう』

『ああ、次で最後にしよう』

『次に、好きだと、付き合って欲しいと言って、断られたら』

『きっと断られるけれど』

『俺はもう、相良に気持ちを押しつけようとするのは止める』

『優しい相良は、きっと今では俺の気持ちを悟ってるから、俺に話すことが無いと分かっていても来てくれるだけなのだから』


 日付は、俺が木から落ちたという日の、午前中の時刻まで、つらつらと綴られていた。

 俺が落ちたのは、放課後だと聞いている。

 最初は意味が分からなかった俺だが、これが己の恋の記録だとすぐに理解する。


「そっか、俺……風紀委員長に片想いをしてたんだな」


 ぽつりと呟いた時、エントランスの扉が開く音がして、風紀委員長が帰ってきたのが分かった。俺はノートを棚に戻し、なんでも無いフリをして出迎える。


 確かに。

 風紀委員長は厳しいけれど、その行動だけ抜き出せば、とても優しいと、記憶が無くても、もう俺は知っていた。



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