第35話 母ダリア様とシオン様
シオン様と友達になった日から、世界の景色は変わりました。
何故かはわかりませんが、どうしようもなく毎日が楽しいのです。
掃除をしていても、洗濯をしていても、廊下を歩いてるだけでも、心ははしゃぎ、ウキウキな気分が足に伝わって羽が生えたように軽い。
ですが、だけど、そんなものちっぽけなもの!
だって、私には友達がいる!!
生まれて初めての大切な友達。
同じ年の女の子で、一番の友達。
憧れであった人で唯一の友達。
そう思うだけで、私の心は幸せで埋め尽くされて、悲しいは弾き出されて居場所などないのです!
今日も基本となる仕事を終えて、お付きメイドとしてシオン様のお傍に付きっきり。
午後は勉学が終えたシオン様とお茶会をします。
場所は、お屋敷の中庭。
そこは庭園になっており、花壇では蝶が舞い、噴水の水飛沫が虹を創る。
いつもなら、ご家族の誰かが使用されているのですが、今日はお出かけになられていますので、私とシオン様で独占できます。
私はメイドでありながら友達として同席を許され、シオン様の真向かいに座りました。
そして、取り留めのない談笑に花を咲かせ、ふわりと舞う蝶々を目で追い、太陽の輝きを七色に表す虹の美しさに時間を預けます。
シオン様のお部屋に戻ると、二人しかいません。
私は少しだけ砕けた言葉遣いでシオン様に接します。
彼女はそれをとても喜んでくれました。
たまにできる外出も一緒。
奥方であるダリア様に購入物は筒抜けですが、それでも何とか見つからないようにこっそりお菓子を購入したり、お洒落な小物を購入したりと、買い物を楽しみます。
ドワーフとして屋敷内では辛いこともありますが、それ以上に幸せがいっぱいで毎日が楽しくて楽しくて仕方がありません!!
こんなに幸せで良いのでしょうか? 楽しくて良いのでしょうか!?
ふと、幸せであることが怖くなります。
それは私に潜む罪悪感……私は咎人。同胞を数字に置き換えて生き残り、大勢の命を奪った。セルガ様は幼い私にその責はないと仰ってくださいました。
それでも、心にこびりついた血と
罪悪感という痛みが、常に心を刺し続ける。
私のような咎人が幸せでいていいのだろうかと?
――このような疑問を抱いていたからでしょうか?
疑問は幸せを押しのけて、現実に姿を現し始めました。
ああ、ついにこの時が来てしまった。運命の歯車が回り始める。
私とセルガ様だけは知っていた――日常が狂い始めることを……。
ある日を境に、奥方であるダリア様の激情が膨れ上がり、シオン様へと向かいます。
ダリア様は失態を犯したシオン様にこう命じます。
「シオン、上の服を脱いで後ろを向き、壁に両手をつけなさい」
「……はい」
シオン様は指示通り、上半身を露わとして下着姿となり、後ろを向いて、壁に両手を置きました。
その後ろ姿は激しく怯え、震えています。
ダリア様はその姿に薄い笑いを見せて、
そして、シオン様の背中を打ちました。
「この!」
「ぎゃっ!」
「この、この、この、ゼルフォビラ家の恥め!!」
「ダ、ダリアお母さま、お許しを!!」
「あなたが悪いのですよ! あなたという存在が!!」
「ひぎぃ! ぎゃあ! がぁ! や、やめ、いぎぃぃい!」
何度も何度もシオン様の背中を打ちます。
涙を流し、懇願し、ミミズ腫れが折り重なり、背中の皮が捲れて血が流れてもやめません。
シオン様が床に倒れ、動かなくなったところでダリア様は私に命じます。
「ルーレン、部屋に戻しておきなさい」
「はい、畏まりました……」
「それと……」
ダリア様は、シオン様の傷だらけの背中を茶色の瞳に収めて、顔を僅かにひそめます。
そこにあるのは――後悔。
「治療を……傷が重いようでしたら
「はい」
そう言って、ダリア様は立ち去ります。
私は一礼をして、すぐさま倒れたままのシオン様を優しく抱えました。
「シオン様!」
「うううう、ひっく、ぐすっ、どうして、私はこんな……私が、悪いから、かな? 私がこんなところにいるのが……いてはいけないのに」
「そのようなことは決してございません! ございませんとも!! シオン様に何ら咎はございません!!」
ええ、咎など全くないのです。
シオン様が失態を
では、真に悪いのは――残念ながら、ダリア様ではないのです。
もちろん、ダリア様の所業は許されない行為。
ですが、私は彼女の心がわかってしまう。わかってしまうのです!!
これまで歩んできた過酷な経験のせいで、ダリア様の苦しみがわかってしまうのです。
わからなければ、憎むことができたのに……。
ダリア様は外から迎えられた者。ゼルフォビラ家の人間ではありません。
そのため、セルガ様の伴侶であっても立場は弱く、我が子たちよりも序列は下となります。
御親戚が集まる会合でもその立場は低く、とても肩身の狭い思いをしておられます。
そこに加え、ダリア様はセルガ様の御様子がおかしいことに気づいています。ええ、彼女は決して鈍い方でもなく愚かな方でもない。
だから、気づいてしまった。
セルガ様が大変な窮地に立たされていることに。
ですが、セルガ様は相談しない。できないのです。
それは『おそらく』ルールに抵触するからです。いえ、しなかったとしても、普通の人間であるダリア様を巻き込みたくないという思いもあるのでしょう。
彼女はこの屋敷で身内でありながら、唯一、安全圏内にいる立場。
セルガ様は大切な伴侶を危険な場所に
それでも、ダリア様の御心を想えば、愛する人に相談してもらいたかったに違いない。
だけど、されない。
そうなれば、彼女はどう思うでしょうか?
きっと、こう思うでしょう。
<ああ、私はゼルフォビラ家の人間じゃない。だから、頼って下さらないのですね>
と……。
これだけならば、まだ踏み留まれたかもしれません。
ここに私という存在が交わることで、ダリア様の心を蹂躙するのです。
伴侶であるセルガは秘密を抱えている。それはとても困難なこと。
だけど、頼りにしているのは奴隷階級であるドワーフのみ。
妻である自分を差し置いて、私のような存在に頼っていることが、彼女にとって気が触れんばかりに狂わしい。
その矛先が、シオン様に向かってしまう。私に向かえばいいのに……。
でも、私はセルガ様から頼りにされる存在。ダリア様は愛する者を想い、愛する人にとって価値ある存在を壊せない。
だから、シオン様に向かう。だって、シオン様という立場は……。
私はまたもや、これ以上語れずに無言を纏います。そして、シオン様を自室へ運び、治療を行うことにしました。
傷に呻き声を当てるシオン様を見つめ、思います。
(真に悪い方の名を唱えれば……セルガ様でしょう。あの方の過ちがシオン様を不幸にしている。ですが、セルガ様以上に悪いのは、そこへ彼を追い込んだ方でしょう)
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