第16話 ドワーフ専用の武具・武装石

――――鍛練場



 今日は事務の仕事が少ないため、ツツクラ様から鍛練場で戦闘訓練をしていろと命じられました。ですので、早朝から実戦に近い組手を行っています。


 実戦に近い――つまり、死人が出ても構わない組手ということです。


 私は同族のドワーフの戦士の奴隷……戦奴せんどと呼称される奴隷と相対します。

 お相手の背は大人の人間よりも低いですが、筋骨隆々な肉体は山のような逞しさを感じさせます。

 

 彼は私と同じく斧を手にして石床を駆け抜けると、一気に振り下ろしました。

 私は素早く横に避けます。 

 斧は石床を砕き、石飛礫が鋭い刃となって襲い掛かる。


 それを私は斧の横腹で防ぎますが、相手は自分に降りかかる石飛礫をものともせずに斧を横に振るいました。


 反応の遅れた私は、攻撃を斧で受け止め損ねて吹き飛ばされます。

 衝撃で左の横っ腹に痛みが広がる。


 ですが、苦痛を顔に表さず、ぐっと奥歯を噛み締めて、右足で床を蹴り、彼の懐へ潜り込んで斧を振るいます。


 その攻撃を相手が斧で受け止めました。

 私と違って、吹き飛ばされることもなく、微動だにしません。



 ここでパーシモンさんの声が止めに入ります。


「はいはい、終わりだ終わりだ。まだまだだな、ちみっ子」

「はい、くやしいですけど」


 私は身体が大きくてお腹がてっぷりしているパーシモンさんに顔を向けました。

 彼は左手で毛むくじゃらなおひげを撫でて、右手で持った大剣を肩に置いてます。

 顔を戻して、お相手してくれたドワーフの戦奴せんどさんにお礼を伝えます。


「御手合せ、ありがとうございます」

「ああ、構わねぇが……さすがは猫族。まだまだ子どもだってのになんて力だ。俺たちみたいな並みのドワーフと違い、不思議な力を宿してるってのは本当のようだな」


 そう言って彼は、右手をプラプラと振っています。どうやら、痺れが残っているみたいです。

 どんな形で、たとえこんな場所であっても、大人のドワーフの方に褒められるというのは、戦士として認められたみたいで少しうれしいです。



 彼は自分が手にしていた斧を見つめ、一言唱えます。

還流せよデュブノン


 すると、斧がうっすらと光を帯びて、消失してしまいました。

 戦奴せんどさんの手には細長い赤色の結晶があるのみ。

 私はその結晶の名を呼びます。


「それは、武装石ですね?」



 武装石……体力を武具として具現化する魔道具。形と色は様々で、共通しているのは半透明な結晶であるということ。

 使い方は簡単で、握り、武具をイメージする。

 すると、石が武具に変化するというものです。


 武具を産み出すときは『具現せよカヴァイスン』。消すときは『還流せよデュブノン』と唱えます。

 実を言うと、これらは別に唱える必要もなく、自分の意思で自在に操れるのですが、何となく習慣というか慣例というか、そんな感じでたいていの人が声に出しています。



 戦奴せんどさんは私の問いに返事をしました。

「ああ、ドワーフの基本武装だからな」


 そうなのです。この武装石はドワーフ専用と言っても過言ではありません。

 理由は、使用に膨大な体力を必要とすること。


 体力自慢のドワーフ以外の種族が使用すると、あっという間に体力を吸い尽くされて気を失ってしまうのです。

 人間の中にも使える方はいますが、そういった方はドワーフ並みの体力をお持ちの方か、微細に使用体力を制御できる才をお持ちの方となります。



 私はじっと、武装石を見つめます。

 武具を持ち運ぶ必要もなく、自在に生み出せる道具。

 使用できれば、これほど便利な道具はありません。

 ですが……。


「はぁ、私の体力じゃ扱えないですね」

「あははは、そうだな。だが、お前さんは猫族のドワーフ。すぐに扱えるようになるさ」

「そうでしょうか?」

「ああ、もちろんだ。伝承によると、猫族のドワーフは武装石を操り、見えざる者まで切り裂くというしな。そんな一族の一人なら、きっと扱えるようになる」



 と、言ってくださいますが、私は猫族に対する評価よりも猫族の伝承の方が気になります。

「伝承? 見えざる者?」

「なんだ、親から聞いてないのか?」

「はい……教えてもらう前に、亡くなったので」


「そうか、悪いことを聞いた。ま、俺も聞きかじった程度で詳しくは知らんが、猫族は俺らとは異なるモノを斬ることができるらしいぞ。それが何かまではわからんが」

「はぁ?」

「ともかく、余計なことを言って悪かったな」



 そう言葉を置いて、私の頭をポンポンと叩くとパーシモンさんに視線を向けます。

 パーシモンさんの瞳が出口に動くと、戦奴せんどさんは軽く手を振って鍛練場から出て行きました。


 私はパーシモンさんにお尋ねします。

「何か御用ですか?」

「ああ、そろそろお前さんをデビューさせようって話だ」

「デビュー……実戦……」



 実戦。

 そうなれば、命のやり取りが始まる。

 それは鍛練中に起きた事故という言い訳も効かず、自らの意思で相手の命を奪う行為の始まり。

 私はうつむき、返事をします。


「そう、ですか。一体、どのような場で?」

「……なるほどな。いや、当然か。覚悟が全然できてないようだな」

「覚悟……それは……」


「まぁ、ちみっ子は呼び名の通りちっちゃいし、いきなり殺し合いをしようぜと言われても困るわな」

「ええ、はい……」


「ま、そういった状況は状況で、俺は面白いが」

「いえいえいえ、そんなの面白がらないでくださいよ」


 私はパタパタと手を横に振って、パーシモンさんの言葉を否定します。

 そんな私の姿を見て、彼は豪快に笑いました。


「ガハハハハッ、やっぱりちみっ子を見てると飽きないな。ちみっ子と話してると良い暇つぶしになるよ」

「パーシモンさんにとって私は、暇つぶしの相手なんですね……」



「ああ、そうだな」

 彼は短く言葉を漏らすと、淀んだ曇り空を見上げて言葉を続けます。


「不思議なことによ、この糞の掃きだめみたいな場所も外と同じで、結局は同じことの繰り返しなんだよ。その中身は全然違うがな。繰り返しの毎日ってのは、人生を眠くしちまう」

「その眠気覚ましが私というわけですか?」


「そういうこった。おっと、無駄話もここまでだ。経験を積ませろとのツツクラ様からのお達しだ。俺としてはこいつぁちょっと、荒療治かもしれねぇと思うが、ま、誰もが通る道だしな。ここでへこたれるようじゃ、どのみちいずれ壊れちまう」


「はぁ? 一体何をするんですか?」

「こっちに来な、ちみっ子。ああ、斧はいらんぞ」


 パーシモンさんが鍛練場の出口に向かい、私を手招きします。

 私は斧を武器置き場に立てかけて、急ぎ足でパーシモンさんの所へと向かいました。




――――

 砦内を歩き、地下へ続く階段を下ります。

 大した売り物にならない傷物の奴隷たちを閉じ込めた、糞尿などの悪臭漂う地下一階・二階を通り過ぎて三階へ。


 ここは拷問などを行う場所。

 

 私はここに今まで訪れたことはありません。

 歩く廊下には、魔石という光を封じた石が周囲を照らして暗くはありません。ですが、空気は重く淀んでいます。

 糞尿などの悪臭に、血の匂いと腐れた肉の匂いが溶け合う空間。


 少しでも油断すると胃液を戻してしまいそうになるのをこらえて、パーシモンさんの背中を追います。


 あちらこちらから聞こえてくる呻き声に反応して、皮膚が粟立ち、途端に嫌な予感が過ぎりました。

(もしかして、私は拷問されるの? はっ!? 斧を置いていけ。それは抵抗されないように! そんな、どうして!?)



 何か落ち度があったのでしょうか?

 いえ、落ち度がなくとも、気まぐれで私の処分が決まったのかもしれません。

 足がピタリと止まります。

 すると、パーシモンさんはすぐに私の不安に気づいて話しかけてきました。


「あん、どうした、立ち止まって? ……ははぁ~ん、ちみっ子。拷問されると思ってるのか?」

「ち、違うんですか?」

「ちみっ子は何か大きなやらかしでもした覚えでもあるのか?」


「あ、ありませんが……」

「だったら気にするな。ここは暴力こそが全てみたいな場所だがな、一つのルールさえ守ってれば、災禍ってのは避けられるもんだ」

「一つのルール、ですか?」


「ああ、おっと、着いたぞ」



 パーシモンさんは赤黒く汚れたドアの前で立ち止まり、扉を開きます。

 そして、扉を開きながら、絶対に守るべきルールを声に出しました。


「ルールは単純明快。ツツクラ様を裏切らないことだ」


 扉が開き切り、広がるのはがらんとした室内。

 そこには光の力を封じた魔石が一つ天井からぶら下がり、光量は薄く、かすみ掛かるような暗さが包む。


 揺らぐ影の中に見知った二つの影が浮かぶ、

 一つはディケードさんです。


 そして、もう一つ。

 ディケードさんの前には、椅子に縛り付けられた男性がいました。



 私は彼の名を呼びます。


「ティンバー……さん?」

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