第13話 ツツクラ様は全て知っている

 エバさんからのいじめが続く。

 言葉の暴力。特に両親をざまに罵られるのは辛いです。

 すれ違い様に足を踏まれる、小突かれる。

 無視される。物を隠される。私物を捨てられる。食事に虫を入れられる。


 これらのいじめは心の痛みとなって蓄積していきます。


 ですが、反抗は許されません。

 同じ職場であっても、私はドワーフ。

 人間から差別される存在であり、奴隷という肩書きを失ったわけじゃありません。

 そう、明確な序列があるのです。


 だから、耐える。過ぎ去ることのない嵐を耐え続ける。

 その嵐は決して止むことなく、むしろ増していく。

 その結果――大きな過ちが起きてしまうのでした。


 過ち……それは思惑。冷たく、水面下で暗躍する死神の鎌。




――事務室


 ドアの開く激しい音と共に、激高したツツクラ様が室内に入ってきました。

 そして、手に持っていた書類をぶちまけると怒鳴り声を上げます。


「この登記手続きを書いたのは誰だい!?」


 登記手続き――これは違法な行為で騙し取った土地の名義変更のお仕事のことでしょう。そして、それを担当していたの私でした。


 私は恐る恐る手を上げます。

「わ、わたしですが……」

「ルーレン! よくまぁ、いい加減な仕事をしてくれたね!! 賄賂の通じない場所だったから、話も通らず何人かしょっ引かれたよ!!」

「そ、それはどういうことでしょうか?」

「どうもこうもないよ! そいつを拾って節穴な目玉に焼きつけな!」

 


 私はツツクラ様が杖で差した書類を拾い上げて、中身を確認します。

 偽造した戸籍・偽造した住民票・偽造した固定資産税評価証明書・不動産の登記事項証明書などなど、特に漏れはあれません。


「も、問題はないと思いますが?」

「問題ないだぁ!? 土地の広さと建物の数が全然違うじゃないか!」

「え、そんなはずは!?」

「お前、土地内に建物がいくつあると思ってるんだい?」


「二つだったと認識してますが」

「五つだよ! ここに書かれた土地以外に飛び地あって、そこに三つあるんだよ!」

「そ、そんな、だって資料にはそんなこと……あっ」



――――この仕事を担当したとき、エバさんが資料をまとめていました。



 その時、エバさんは……。

「準備したは良いけど、どうしよう……他の仕事があるから、これ担当できないし」

 と、私とラスティさんのそばで困った様子を見せていたので……。

「あの、私の手が空いてますので、代わりに担当しましょうか?」



 私は過去を振り返り、嵌められたことに気づきました。

(たぶん、私が言い出すことを見越してそばで困った振りを。言い出さなくても、回り回って私に担当させたはず……これは、私のミス!)


 ミスです。ですが、嵌められたことがミスではありません。

 エバさんが準備した資料に問題がないか、確認しなかった私のミスです。

 エバさんに取ってみれば、確認されて策略が失敗しても痛手はありません。

 ですが、確認しなければ、私のミスとして現在の状況が広がるのです。



 私は悔やみを投げ捨て、今はツツクラ様のお怒りを鎮めることに専念することにしました。

 言い訳を嫌うツツクラ様に対して、言葉の盾は危険な行為。まずは謝罪を――と、思ったのですが……。


「資料にはそんなこと? そりゃあ、どういう意味だい?」

「そ、それは、飛び地に関する資料が無かったということですが……」

「ない? ないわけないだろう。ちゃんとこれに関する資料は、棚の二十二番にあったはずだよ」


「それは……エバさんから仕事を受け継いだ際に、私が確認を疎かにしたからです」

「エバから、ねぇ」


 にわかに、ツツクラ様の雰囲気が変わります。

 それを察したエバさんが言葉を挟みました。

「はい、私が別の仕事を抱えて困っていたところ、ルーレンが請け負うと申し出たので」

「ふむ、なるほど……どうして、お前はルーレンに申し送りをしなかったんだい?」

「いえ、しっかり行いました」



 ここでエバさんは嘘をつきました。

 そのようなこと一言も聞いてません。だから、エバさんが用意した資料が全てと思ったわけですから。


「だとすると、ルーレンのミス。という訳か」

 ツツクラ様は杖の先で床をコンコン、コンコンと叩いて思索にけます。

 そして、出した答えは――


「それはないね。こいつが二十二番の棚を見ていたら、その資料だけを忘れるなんてしない」


 この言葉に、エバさんが焦りを見せました。

「ですけど、私はしっかり申し送りを――」

「それは嘘だね」

「どうしてそうお思いにっ?」



 焦りに語尾が弾け飛ぶエバさん。その姿をツツクラ様は睨みつけます。

「私はね、お前たちの全てをわかっている。能力も性格も。ルーレンの記憶力はピカイチだ。棚にある資料だって見ただけで把握できる。そうだってのに、必要な資料が抜け落ちるなんてありゃしない」


「たしかに、ルーレンの記憶力には驚かされますが、誰にだって間違いは――」

「細かなミスは起こすかもしれないが、こいつは大きなミスを起こすようなぼんくらじゃない。じゃあ、何故ミスをしたか? それはルーレンが資料の存在を知らなかったからだ。ってことは、お前は申し送りをしなかった。つまり、私に向かって嘘をついた」


「いえ、しっかり行いました。! 私はそのような嘘を――」


「お前が嘘をつく理由がある」

「わ、私に? そんな理由――」

「お前はルーレンを嫌っているだろう。事あるごとに虐めていたしね」

「そ、それは……」


「まぁ、小屋の中で鶏が喧嘩したって、私はどうでもいいんだよ。卵をきっちり産んでくれりゃあね。それに、お前ら如きのために、手を煩わせるなんてしたくないしな……だがな」



 ツツクラ様は近くの机に杖を勢いよく振り落とし、耳奥に痛みを覚える音を上げます。

「今回はお前のくだらない虐めのせいで私は恥をかかされたんだよ! まったく数字が違う資料を出して、役人に疑われ、偽造書類を看破されて部下が捕まった! エバ、お前のせいでな!!」


「で、ですから、私は嘘なんて……」

「まだ言うかい!!」

「だ、だって、ルーレンが、ルーレンが我が身可愛さに嘘をついてるかもしれませんしぃぃぃ!!」


 エバさんは半泣き状態で言葉を上擦らせました。

 ですが、ツツクラ様は容赦いたしません。

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