第12話 はい、飴をあげよう

 ラムラムの町に訪れて、もう二か月が経とうとしていました。

 事務仕事にも慣れて、戦い方も基礎体力もしっかり身に付けて、基本課程を終えたところです。


 事務も戦い方も慣れて時間的余裕が生まれたのですが、そのような暇は許されず、私には戦略を学ぶ時間まで用意されました。



 砦の一室である狭い部屋で、ちょっと痩せ型で眼鏡を掛けたティンバーさんから戦術を学びます。

 マンツーマンの指導で厳しいと思いきや……。


「こちらの手勢が少なく、敵がこちらを囲うように大きく陣を広げた場合は?」

「突撃陣で突破して、退却します」

「正解、飴玉を上げよう」

「ありがとうございます」


「では、戦力が拮抗した相手と遭遇戦が発生した場合は?」

「偶発的な戦闘で戦力を消費するわけにはいけませんので、相手の防衛が薄い部分に戦力を集中して突破、戦闘回避に努めます」


「正解、飴玉を上げよう」

「ありがとうございます……あの~、ティンバーさん?」

「ん、何か質問かな?」


「いえ、そうではなくて、飴玉が……」


 机の上には飴玉が山のように積まれてます。

 それを見たティンバーさんはあごに手を置いて、悩める仕草を見せました。


「う~ん、机が狭かったねぇ」

「いえいえ、そうじゃないと思います。一つ正解するたびに飴を戴いてますので、これだと」

「あれ、もしかして飴玉は嫌いだったかな?」

「そんなことは。甘いものは大好きですし」


「だったら、何が問題なのかな?」

「え~っと、飴を貰えるのは大変嬉しいのですが、授業中に渡されるのはちょっと……」

「そうか、飴玉の種類に不満があるのか? 次からはもっと別の味を――」

「ですから、そうではなくて……」



 ティンバーさんはとても優秀な戦術官ですが、どこか人とは違う感性をお持ちで、なかなか話が噛み合わないところがあります。


 その彼が不意に、悲し気な微笑みを見せました。

「ごめんね。死んだ娘が飴好きだったから、つい」

「え?」

「ルーレンと同じくらいの年に娘を殺されてね。その子が飴好きだったから、ついつい同じくらいのルーレンに飴をあげちゃうんだ」

「あ、そうなんですか……」

「こんなことやっても意味がないんだけどね。ルーレンと娘は違う。それなのに……」



 そう言葉を置いて、彼は黙ってしまいました。

 そして目元をぬぐう仕草を見せて、教本を閉じます。

「今日はここまでにしておこうかな。いや~、ルーレンは優秀だね。あっという間に教えることが無くなっちゃいそうだよ」


「そんなことありませんよ。学びたいことはたくさんありますから。時間はいくらあっても足らないくらいですし」

「素晴らしい向上心だね。こんな場所でも、君は」

「ティンバーさん?」


 彼は瞳を伏せて、軽く頭を左右に振りました。

「じゃ、授業を終わろう。この後はパーシモンさんと模擬戦をやるんだろ?」

「いえ、今日はディケードさんから直接指導を戴きます」

「あはは、それは大変そうだ」


「はい。ですけど、指導は理に適ったものばかりで勉強になります。それに、まだまだ全然ですけど、少しは戦えるようになりましたから」

「へ~、あの彼相手にね……不思議だね、彼はルーレンに甘い。いや、才能があるから壊さないようにしているのか? あの屑が……」


「え?」

「いや、今のは忘れて……いや、いやいや、いやいやいや、伝えておいた方が良いか」



 ティンバーさんは激しく頭を振って、神妙な面持ちを見せます。

 そして、こう言葉を漏らしました。

「彼は紳士のように振舞っているが、本質は危険な存在だ。だから気を付けなさい」

「たしかに、とても厳しくて強い方ですけど、危険とは?」


「こんな場所にいる連中の一人だ。普通じゃないということだよ。まぁ、同じ場所にいる僕が言っても、説得力に欠けるだろうけど、あはは」

「えっと……」


 返す言葉に困ってしまいます。

 彼は少しおどけた様子を見せましたが、すぐに顔を真面目なものに戻します。

「ごめんね、妙なことを言って。ただ、これだけは覚えておいて。彼はツツクラ様の命令ならなんだってする。命じられれば、女であろうが子どもであろうが赤子であろうが、容赦なく殺す」

「……はい、そうでしょうね」


 それはわかっていること。

 たとえ、どんなに紳士のように振舞っていても、ひとたび剣を手にすれば、慈悲などディケードさんにはない。



 ティンバーさんは私のことが目に入っていないようで、遠くを見つめています。そして、ほろりと落とすように、衝撃的な言葉を漏らしました。

「僕の娘も、見せしめに彼に殺された」

「え!?」

「そんな彼と友人のように振舞っている滑稽さに反吐が出るよ。でも、殺されないためにはそれしか、それしかない…………」



 そう言葉を残して、ティンバーさんは去りました。

 私は彼の姿に、自分の姿を重ねます。

(ティンバーさんも私と同じ。生きる目的がないのに、死ぬのが怖くてここにいるんだ)


 と、思っていたのですが、私とは全く違っていた。

 ティンバーさんは死ぬのが怖いのではなく、とても大きな闇を心に飼っており、常識が支配する外の世界では生きていけず、ここ以外居場所がないのです。


 その彼の闇を知った時、私には、過去の私との決別という試練が待ち受けていたのでした。

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