第3話 脱走計画

 全裸で荷台の上にある檻へと放り込まれました。

 そこには、私以外の子どもたちがたくさんいます。

 種族は様々で、ほとんどは人間族。残りは獣人族にドワーフ族でした。


 みんなも同じく全裸で、僅かに与えられた薄汚うすよごれた布切れを複数人で纏い、肩を寄せ合っています。

 そして、しとしと降る雨のような静かな涙と声だけを檻に響かせている。


 私は布切れを纏い体を寄せ合うみんなの姿を見て、夜の寒さを思い出しました。

 寒さをしのぐために、震える体を丸めてやり過ごそうとしますが、夜は私から熱を容赦なく奪っていきます。


 するとそこに、ふわりと柔らかく温かなものが両肩に触れました。



「大丈夫?」

「え?」


 声に顔を向ける。瞳に映ったのは、私よりも年上の女の子。十二・三歳くらいでしょうか?

 青いショートヘアと青い瞳を持つ人間の女の子が布切れで私を包み、肩をピタリとくっつけてきます。


「こんなのでも、ないよりマシだからね」

「あ、あの、ありがとう、ございます」

「ふふ、礼儀正しいね、私よりも年下なのに」

「いえ、そんな。でも、いいんですか?」


 私は怯えた金色の瞳を女の子に向けます。

 私はドワーフ。人間族に敗れ、奴隷に堕ち、彼らから差別される存在。

 人間からこのように優しくしてもらえるなんてあり得ない。

 だから、漏れ出た問い。


 彼女はその怯えの意味をすぐに知って、こう言葉を返してきました。

「あなたがドワーフでも関係ないよ。ここにいるのはみんな……同じだから」


 私は彼女の返事に何と返していいかわからず、黙り込んでしまいました。

 時折揺れる、ガタンガタンという音と、すすり泣く声だけが響きます。

 女の子は私の様子を窺い、涙を流していないところを確認して、名を名乗ります。


「私はエイラ。あなたは?」

「えっと、ルーレンです」

「ルーレンね。あなた、強い子ね」

「そんなことは……私のせいでお父さんとお母さんは……そう、私のせいで……わたしの……」


 

 あの場所に置き去りにされたはずの悲しみ。

 代わりに恐怖が埋め尽くしたはずの心。

 私のせいで、奪われた父と母の命。

 悲しみではなく、後悔が涙を生み、頬を伝います。


 エイラちゃんはその涙を指でそっとすくい、優しく語り掛けてくれました。

「ごめんなさい。でも、泣かないで。時間がないから」

「え?」

「このままだと、私たちは奴隷としてどこかに売られてしまう。だけど、そんなのは絶対に嫌。だから、逃げる計画を立ててるの」


「にげる?」

「ええ、そうだよ。夜も深くなってきたから、そろそろ野営の時間になる。見張りはいるけど、前後に二人だけ。その時がチャンス」

「でも、どうやってここから?」


 エイラちゃんはくすりと笑って、荷台の木板を叩きます。

「一部をがせるようにしたのよ。見つからないように広げるのは大変だったけど、これなら一番大きい子も一緒に逃げられる。あなたも一緒に来て欲しいの、ルーレン。ドワーフのあなたが一緒に来てくれると頼もしいから」

「私は……」



 迷う理由はない。このままだと奴隷として売られるだけ。そうなると……。


 下半身を露出した戦士の姿を思い出して、背筋に寒気が広がりました。

 あの人はあのあと、何をするつもりだったのだろう?

 だけど、きっと……いえ、絶対におぞましいことだったに違いない。

 このままだと、あの時抱いた忌避感を、何度も味わい続けることになる。


 そうだというのに――ツツクラという老婆が見せた深い闇を纏う赤の瞳が、私の手足を恐怖で束縛します。

 歯はがちがちと音を鳴らせ、私はエイラちゃんに言葉を返せません。

 その様子を見て、エイラちゃんは私の肩にそっと触れました。


「ごめんね、怖いよね。ルーレンはまだ幼いんだもの。無理強いはしないから安心して。だけど、今の話は秘密にしてて」

「ご、ごめんなさい」


「いいの。怖いのはわかるもの。でも、上手くいけば、その怖いのもすぐに終わるかも」

「え?」

「私たちが助けを呼んでくる。そうしたら、ルーレンたちも助かるから待っててね」

「エイラちゃん……ありがとう」

「ううん、いいんだよ。それじゃ、その布はあげるから風邪をひかないようにね」


 エイラちゃんは優しさだけを私に渡すと、脱出計画の仲間と思われる子たちに近づき、計画を詰めている様子。



 そして、エイラちゃんの言葉通りに野営の時間が訪れて、エイラちゃんたちは見事、逃亡することに成功しました……。



――早朝


 報告を受けた老婆ツツクラが、見張り番をしていた二人の男に詰め寄っていた。

 脱出計画に加わらなかった私や他の子どもたちは、外の様子を襤褸切れの隙間から見ています。


「人材不足だねぇ。わざわざこの私が出張でばって来てるってのに、ガキどもに出し抜かれるとはぁ」


「も、申し訳ございません! 全ては私たちの責任です!!」

「ま、まさか、まだ逃げる気力があるとは思わずに」


「ふむ、そうかい。ディケード」

「はっ」


 名を呼ばれたのは、黒の騎士服を纏い、僅かな皺と頬に切り傷を刻んだ長身の中年剣士。

 彼は二人の見張りへ、琥珀色の瞳を向けます。


「いかがされますか?」

「言い訳は嫌いだ」

「かしこまりました――フンッ!」


「ギャッ!」


 言葉を発した二人目の男が真っ二つに切り裂かれました。

 左右の身体が数秒を置いて、地面にドサッ、ドサッと落ちます。


 老婆ツツクラは生き残ったもう一人の見張りへ命じます。

「お前は正直に自分の非を認めた。だから機会をやる。ガキどもを探し出してきな!」

「はっ、必ずや!!」

 

 見張りは幾人かに声を掛けて、馬に乗り、エイラちゃんたちを捜索するために離れていきました。



 覗き見をしていた子どもたちは、二つになった人の姿に目を背け、怯えに身を包んでいます。中には嘔吐をしている子もいます。

 ですが私は、瞳に映った惨状よりも、もっと恐ろしいことに体を震わせていました。


(太刀筋が全く見えなかった……あの人、お父さんよりも……)


 ドワーフは人間よりも強い。

 だけど、時にドワーフよりも強い人間がいる。

 それが、あのディケードと呼ばれた中年の男性。


 ここにいる人間たちはドワーフよりも強く、怖い――。

(かないっこない。それでもエイラちゃん、お願い! 生きて!!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る