そうじ玉

@kudamonokozou

第1話

「あんじゅがやる!あんじゅがやる!」


そうじをしてくれるという気持ちはうれしいのですが、あんじゅちゃんはまだとても幼いので、掃除機をかける手がおぼつかないのでした。


あんじゅちゃんはいつも、掃除機をかける時は、おじいちゃんからもらった熊のぬいぐるみを背中におぶさっておりました。


あんじゅちゃんは、機嫌よさそうに掃除機をかけておりましたが、しばらくしていいかげん飽きたので、掃除機を放り出して、積み木遊びを始めました。


「ありがとうね。後はママがやるから。」

と言って、お母さんは掃除を続けるのでした。


ある日の朝、お母さんの動く音が聞こえません。

あんじゅちゃんは、お母さんを探しました。

すると、お母さんはソファに寝そべってじっとしていました。


「ママ、どうしたの?」

とあんじゅちゃんが聞くと、

「ううん、ちょっとしんどいだけなの。」

とお母さんは、片腕で顔を隠したまま答えました。


あんじゅちゃんは、自分が掃除をしてあげようと思いましたが、掃除機は立てたままで、コンセントもついてなかったので、どうしていいのか分かりませんでした。


『ピンポーン』

と、誰かがインターホンを鳴らしました。

「どちら様ですか。」

と、あんじゅちゃんが聞くと、

「いえ、決して私は怪しいものではありません。ちょっと、私の発明品を試していただきたくて、お伺いした次第なのです。」

と、地味な身なりの老人っぽい人が、インターホン越しに答えました。


あんじゅちゃんは、玄関に行って、男の人の話を聞くことにしました。


「あ、お嬢さん、ええ、ええ、私はちょっとした博士なのです。いえ、発明品は他でもない、これなんですがね。」

と言って、博士はピンポン玉くらいの丸い玉を見せました。

それは、きれいな色の渦状の模様のついた玉でした。


「こいつを、部屋の真ん中に置いてください。そうすると、そうですなあ、一時間くらいしたら、部屋中の汚れがまとまって浮き上がってきますから、そいつをビニール袋か何かで、そおっと上から包んで口を閉めると、後はゴミ箱にぽいです。」

と、博士は嬉しそうに話しました。

「スーパーの袋でもいいんですか。」

と、あんじゅちゃんが聞くと、

「あ、それくらいでちょうど良いです。それでは、五日後にまた来ますので。」

と言って、そうじ玉を三つ置いていきました。


あんじゅちゃんは、リビングと寝室と子供部屋に、ぽんぽんぽんと、そうじ玉を置きました。

そして、お母さんがいつの間にか寝てしまっていたので、体に毛布をかけてあげました。


一時間ほどしてから見ると、確かにリビングの中ほどに、ちりが一つに集まってふわふわ浮いています。

あんじゅちゃんはそれを、ビニール袋で上からそおっとかぶせて、口を閉めてゴミ箱に捨てました。

寝室と子供部屋でも同じようにしました。


もうお昼ごろになりまして、お母さんは目を覚ましました。

『いけない、もうこんな時間だわ。』

お母さんは、すっかり元気になっておりました。

そして、慌てて掃除をしようとしましたが、リビングの中はピカピカに奇麗になっておりました。普段は掃除しないような場所まで、隅々まできれいになっておりました。


『あら、おかしいわね。私、寝てたはずだわ。』

と、お母さんは他の部屋も調べますと、寝室も子供部屋も、ピカピカに奇麗になっておりました。

あんじゅちゃんはと見ると、子供部屋の床でぐっすり眠っておりました。

お母さんは、あんじゅちゃんを抱きかかえて、ベッドに寝かしてあげました。


その日もお父さんは、お酒を飲んで遅くに帰ってきました。


「あのね、あなた、今日不思議なことがあったの。」

とお母さんは話しかけましたが、お父さんは、

「うんうん、俺は疲れてるんだ。もう寝る。」

と言って、さっさと寝床に入ってしまいました。

「あなた、たまにはお風呂に入ってくださいよ。」

とお母さんは言いましたが、お父さんはすぐにいびきをかいて寝てしまいました。


そうじ玉の効き目は素晴らしく、何日経っても部屋は奇麗なままで、お母さんの掃除はとても楽になりました。

それでお母さんは、空いた時間で刺繍をするようになりました。


『ピンポーン』

と、誰かがインターホンを鳴らしました。

お母さんは刺繍に夢中になっているのか、インターホンに出ようとしませんでしたので、代わりにあんじゅちゃんが出ました。

インターホンを鳴らしたのは、そうじ玉をくれたあの博士でした。

「はい、はい。」

と言って、あんじゅちゃんは玄関に出て行きました。


「あ、お嬢さん、いや、お久しぶりです。どうでしたか、あのそうじ玉は。」

と聞いてきましたので、

「部屋の中がとてもきれいになったと言って、お母さんも喜んでます。」

と、あんじゅちゃんは答えました。

「そうでしょう、そうでしょう。」と、博士は嬉しそうにうなずきましたが、すぐに続けて、

「いえ、あのそうじ玉の改良版が出来上がりましたので、また試していただきたいんですよ。」

と言って、今度はそうじ玉を、10個渡しました。


「何が改良されたかと言いますと、強力になったのです。どんな風にですって?汚れを取る力がです。ええ、ええ、それはとても強力になったのです。使い方は前回と同じです。この玉を部屋の真ん中に置いて、一時間ほど経って汚れが浮き上がったら、ビニール袋をかぶせて、ゴミ箱にぽいです。ぽいぽいぽいです。」

と、博士は嬉しそうに言いました。


「とても強力になったので、今まで取れなかった汚れも取れるようになったのですよ。それでは、お元気で。」

と言って、博士は帰ろうとしました。

「博士さん、ありがとう。」

と、あんじゅちゃんがお礼を言いますと、博士は少しこちらに顔を向けて、にこりとして片手を上げました。


博士が帰りますと、あんじゅちゃんは、もらったそうじ玉を子供部屋の引き出しにしまいました。

そしてお絵描きに夢中になって、一日中お絵描きをしました。


その晩も、お父さんはお酒を飲んで、夜遅くに帰ってきました。


朝早く、まだ少し暗い時分に、あんじゅちゃんは目が覚めました。

まだ、お母さんも起きてなかったので、あんじゅちゃんはお絵描きの続きをしようと思いましたが、ふとそうじ玉のことを思い出しましたので、子供部屋とリビングと寝室に、そうじ玉を置いておきました。


そして、また夢中になってお絵描きを続けました。


「キャー!」

と、突然お母さんの叫び声が聞こえたので、あんじゅちゃんは慌てて寝室に行ってみますと、お父さんがまるで手品のように、空中にふわふわ浮かんでいたのです。

お父さんは、ふわふわ浮かんだまま、いびきをかいて寝ていました。


『あーあ、こんな大きなビニール袋は、家には無いわ。』

と、あんじゅちゃんは、ため息をつきました。

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