第27話 山地の魔物討伐戦・5


 死ぬのか。


 覚悟を決めたそのとき。


「射て!」


 風切り音が鳴り、怪物の首に氷の槍が生える。敵は勢いのままに吹き飛んでいき、次の瞬間、辺りに角笛の音が重なり響く。


「突撃だ!」


 木々の影から軍勢が湧き出てきた。

 どう見ても100人はいる。

 率いているのは……。


「ジョスラン!?」


 ジョスランは角笛を吹き鳴らしながら駆け寄ってきた。


「遅くなりました!」

「何が起きてる?」

「閣下を探してたら別の部隊と出くわしまして。セヴラン殿が送ってくれた増援です! 冒険者と、集合期日に遅れた志願兵、それから彼が雇った傭兵たち!」


 セ、セヴラーーーン!

 あいつマジで仕事ができるな!?


「マスター!」

「お前ら……」

「話は伝令から聞いた! ギルドの仲間を見殺しにはしないぜ!」


 冒険者たちがジョリを助ける。

 魔物たちは予想外の奇襲を喰らって慌てふためいた。


「逆襲だ! 攻めて攻めて攻めまくれ!」


 冒険者の魔法が炸裂し、たじろいだところへ斬りこんでいく。勢いに乗った人の塊は、混乱して個体の集まりに戻った魔物を次々になぎ倒した。


「追い討つぞ! このまま一気に……」


 ジネットの言葉は刺々しい音にかき消された。


 思わず耳を塞いで身を屈める。味方はうずくまってしまうが、敵はさらに狼狽していた。這いつくばって必死に逃げようとするやつまで。


 暴風のような羽ばたき音が聞こえてくる。

 空を見上げると、山の影から不吉の象徴がやってきた。


「ワイバーン!」


 冒険者が叫ぶ。

 天空を飛矢のように駆け巡る二足の竜。

 だが、もっと重要なことがある。


「乗り手がいるぞ!?」

「あれは……」

「嘘だろ……?」


 誰かが武器を落とす音。


「魔族だ! 魔族の竜騎兵だ!」


 勇壮な巨躯。青白い肌に黒い角。

 顔と上裸に描かれた紋章みたいなトライバル。


 魔族。

 この地上において最強クラスの種族。


 その性質は飛びぬけて残虐で傲慢。

 他種を見下し、虫けらのように扱う。


 人類の天敵。誇り高き闇の英雄。

 極めて高水準の知的生命体だ。


 素人でもわかるほどの魔力を放ち、不敵な笑みを浮かべている。己を“狩る側”だと絶対的に確信している表情だ。事実、それだけの強さがあるのだろう。


 ワイバーンは魔物たちの退路を塞ぐ。鋭い爪で何体かを突き刺し、哀れなアンロードの半身を噛み砕いた。乗り手の魔族が何事かを語りながら魔力の鞭を振るう。恐れをなした魔物はふたたびこちらへ向かってきた。


「そういうことね」

「魔族が率いる軍勢ならば、戦力を隠すし奇襲も行うでしょうな」

「初めから罠を張られていたのかよ……」


 皆の疑問が解けて何より。


「射手! とにかくトカゲを叩き落とせ!」


 すべての矢と魔法がワイバーンに向く。

 しかし、器用に避けられ、逆に射手たちが低空飛行で切り裂かれる。


「当たりません!」

「クザン」


 彼の矢はワイバーンの目に当たりそうだったが、魔力の鞭で打ち落とされた。


「あいつが乗ってたらキツい! せめて動きが止められれば!」

「逃げましょう。無理ですよ、軍隊でも呼んでこねえと」

「俺たちがその軍隊だッ!」


 弱音を吐いた冒険者へ怒鳴る。

 ジョスランの額に汗が流れた。


「どうします? 生きてる魔族は並の武器では傷ひとつ負わないとの噂ですが……」

「考える……………………そうだな」


 俺はジョスラン、ジネット、シモンに耳打ちすると、バケツ兜ちゃんから兜を剥ぎ取った。


「ふえぇっ!?」


 あら美少女。

 って、それはどうでもいい。


 大急ぎで地面を掘り返し、ひっくり返したバケツ兜に詰める。満杯にして片手で抱え、もう片方の手で抜剣して空の魔族へ向けた。


 気持ちよくニヤけていた魔族がこちらへ気づく。視線が絡むと、可能な限りの侮って見下した表情を作り、剣先をちょいちょいと揺すった。


 あれだな。あれをやるときだ。


「俺とサシで戦う度胸はあるか? オラ! かかってこいよ! ざ・あ・こ♡」


 全力で煽る。


「ウガアアアアアッ!」


 とてつもない殺気が返ってきた。

 時空の壁を越えて伝わる何があったらしい。


 ワイバーンの急降下突撃をかわし、飛び降りた魔族と向かい合う。自然と一騎打ちの態勢になった。


 改めて見ると大きいな。

 昔話の鬼を思い出す。


「どうした、遊んでるのか?」


 じりじりと下がりながら魔力の鞭を避ける。

 よし、よし、そのままこい!


 ある程度の距離まで引っ張り、俺は全力で命じた。


「かかれ!」


 号令一下、皆が同時に動く。


「今だ!」

「行くぞ!」


 ジョスランと冒険者たちはワイバーンを囲んで襲い掛かる。ワイバーンが尻尾を振り抜き、飛び上がろうと姿勢を低めた瞬間、その目にクザンの矢が突き立った。


 ジネットが翼を根元から斬ろうとしている。


 こちらは大人数で魔族に組み付く。

 全方位に鞭が振るわれ、血しぶきと臓物が飛び散るが、


「ひるむな! 突っ込め! 逃げるやつは俺が殺す!」


 シモンに脅されて破れかぶれのダイブを敢行。

 そのシモンが後ろから魔族の足へ抱き着いた。


「あああ、熱い! 熱い!」


 オーラの色が暖色系になり、湯気が立ち上る。


「だからなんだ! リブラン家から受けた痛みはこんなものじゃないぞ!」


 彼の勇気に触発された者たちが飛びかかり、数十人で魔族を仰向けに引き倒す。


 俺も魔族へ接近し、


「首を押さえろ! 口を開かせるんだ!」


 その口と鼻にバケツ兜の土を詰め込んでいく。

 意図がわかったのだろう、魔族は仰天して激しくもがいた。


 呼吸できずにビクンビクン跳ねる魔族の肉体。

 急速に魔力が集まり俺たちの体が浮き上がる!


「な、マジか……!?」

「エスト様!」


 ジネットが後ろから抱き着いてきた。

 腰を支えられ、ヤケクソでバケツ兜ごと魔族の顔に押し付ける。痙攣が収まった瞬間、高温のエネルギーが弾け、全員が吹き飛ばされた。


「ぐあっ」


 ジネットと絡み合って地面を転がり、顔を上げる。ふたりで支え合って近寄ると、魔族はすでに事切れていた。その首を切り取って掲げる。


「不届きなる魔族、このエスト・ヴェルデンが討ち取った!」


 魔物たちが悲鳴を上げて逃げていく。

 夕闇に包まれた山に勝鬨がこだました。




 悔しそうな魔族の首と向かい合う。

 そうだよな。だってお前は強い。

 この場にいる誰よりも圧倒的に強かった。

 力強く、狡猾で、すべての状況を操っていた。

 まともなやり方で戦えば常勝無敗なのだろう。


 だが死んだ。


 俺が恐れているのはまさにこれ。

 少数の個は多数の凡で殺せる一例だ。


 今回は人と魔族だが、この図式は民衆と貴族でも成り立つ。この首は己の首でもあるのだ。戒めとして心に刻もう。




 一度下山し、兵を呼び返して山狩りを行う。


 俺たちは多数の死者を出していたが、様子見していた冒険者や、戦果を聞いてすり寄ってきたクラトゥイユ家の兵、さらなる志願兵を加えて形にした。


 街からありったけの弓矢とクロスボウを集め、魔物たちを発見次第、遠巻きに引き射ちして殺す。飛び道具を卑怯と考える騎士志望者ですら反対の者はいなかった。


 山の中腹には山塞のような集落があった。

 逃げ込んだ魔物の残党が籠っている。


 多数の射手が確認されたが、頼みの綱を失ったやつらの士気は低く、復讐に燃える軍勢が梯子をかけると算を乱して逃げ出した。もちろん追跡して殲滅する。


 集落の地下には巨大な空間が整備されていた。


 千人近く暮らせる規模の洞窟に、大量の武具と文化的生活の形跡。鍛冶場と食糧庫まであり、隠された地下道は外からだと見えない山間の間道に繋がっていた。


 地上の粗末な集落はカモフラージュだ。

 もしもさらなる魔物を呼び込まれていたら……。


「閣下の判断は正しかった。もう一歩遅ければ手遅れでした」


 俺は軽率な判断を悔いているが……。


「冒険者ギルドの見解は?」


「大襲撃は起きたのでしょうな。ダンジョンの主はワイバーン。遭遇した魔族がやつを従え、ディケランを率いてここを乗っ取った」


「モグラ騎兵は?」


「魔族は人外を手懐けるとか。はぐれ魔族が魔物を集めて大勢力を築いた例は過去にも実在しています。人はそれを魔王と呼ぶ」


「てっきり、おとぎ話かと」


「平和の味がいかなるものか知らない連中にとってはね」


 ジョリは顎をさすって考え込んだ。


「間道には往来の痕跡が残っていました。別の魔族が支援していたのかもしれない。引き続き、監視を強化していきます」

「今度は見落とすなよ」

「これは手厳しい」


 予算も人材もない過疎地には重すぎる責任。

 ふたりして笑い、ため息をついた。

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