第4話 おはようの挨拶


 俺たちは速やかにケアナ城を出立した。

 ほぼ全兵力を連れての強行軍だ。


 駆けに駆け、それから小休止を挟み、実家の影が見えてきたのは遠くの山間が暁に染まり始めたタイミングだった。


 ヴェルデン伯爵家の領都、ガルドレード。


 領主一族の住まう丘を中心に城下町を壁で囲んだこの街には、利益を求めてあらゆる種類の人間が集まってくる。


 無関心で怠惰な支配者。

 本拠地の政治を壟断する家宰。


 この環境は腐敗と不正が横行する余地に満ちている。ガストンに与してきた者たちは、さぞや楽しいモラトリアムを過ごしたことだろう。


 寄生虫にはそろそろツケを支払ってもらおうか!




「開門!」


 都市の正門に向かって叫ぶ。

 寝ぼけまなこをこする衛兵が見下ろしてきた。


「何者か。ガストン卿の許可証を見せろ」


 周囲はまだ暗い。

 こちらの顔が見えないのだろう。


「ほう、通行にあいつの許可が必要なのか」

「一定の人数が通行する場合は事前に彼へ通告し、税を支払って許可証を得る手はずになっている」

「領主の一族ではなく?」

「あの方は街の財政を代行しておられるのだ。手続きの手間を省くため、そのようにせよ、とヴェルデン伯爵閣下直々のお達しだ」


 お、おう……。

 パパ上よ、何てことをしてくれてんだ。


「許可証がない場合は?」

「この場で税を支払ってもらう」

「わかった。すぐに対応を頼みたい」

「ダメだ、日が昇るまで待て」

「さるお方へ急ぎの連絡があるんだ。これを無視したら一生後悔するぞ」


 少し間が空き、わずかに開いた門の隙間から衛兵が姿を現した。面倒くさそうにぶつくさ言う衛兵は、こちらの顔が認識できる距離になると絶句して固まった。


「……エスト様!?」

「朝早くからご苦労」

「お、お赦しを! 無礼を働くつもりはなかったのです!」

「早く門を開けろ」

「か、開門、かいもーん! ご子息のエスト様であらせられる!」


 大慌てで門が開いた。

 ユリアーナがこの衛兵を処刑するかと目で問うてくるが、首を横に振った。後で体に聞かねばならないことが山ほどある。


 薄暗い中、ひそやかに門を通る。

 馬上から空を見上げると、かすかに光に暗い雲が照らされていた。


「さて、始めるか。ユリアーナ」

「手はず通りに」


 俺たちは二手に分かれ、ガストンと強い繋がりのある役人や貴人、有力者らの邸宅を静かに取り囲む。早朝のため道の封鎖に人手を取られなくて助かった。


 無言のまま配置完了の報せを待つ。

 やがてユリアーナの配下が伝令にやってくると、俺は角笛を吹き鳴らした。


 呼応するように、あちこちから角笛の音がこだまする。ガルドレード市の新たな朝が雷鳴のような轟きで彩られた。


「突入せよ!」


 合図とともに、兵士たちが先の尖った丸太を邸宅の門扉へ打ちつけた。


 都市民たちが何事かと窓を開けている。数撃で門が破壊され、喚声を上げる兵たちが中へと消えていった。街のあちこちから怒号と悲鳴が聞こえてくる。


「エスト様、これは何の真似ですか!?」

「朝の挨拶だよ」


 引きずり出された者たちが抗議するのを殴って後ろ手に縛らせ、次の標的へとダッシュ。また門を壊し、15人ほどを引っ立てて最も大きな広場へ連行する。


 広場にはすでに50人ほど座らされていた。


 そこに虜囚を放り投げて待つ。

 別動隊が続々と合流してきた。


「エスト殿!」

「無事で何より」

「申し訳ありません、いくらか取りこぼしました」

「もともと急ぎの作戦だ。完璧は望まない」


 最終的に600名あまりが連行されてきた。それなりに取り逃がしもあるが、こちらはせいぜい300人なので褒めるべき成果だろう。


 市中はすでに大混乱の様相を呈している。


 ユリアーナは騒ぎに乗じて盗みや狼藉を働く者もついでに捕らえていたようだ。作戦目的からは外れるが、こればかりは仕方ない。あくまで彼女の兵を借りる身だ。


 住民たちも広場へ押し寄せてきた。

 皆一様に不安げな顔をしている。


「おいおい、何が起きてるんだ?」

「ありゃあ害虫様じゃねえか。今度は何をやらかしてる」

「しーっ。聞こえるぞ」


 その後を追うように、ガルドレードの衛兵隊が割り込んでくる。道という道に数千人が集まり、足の踏み場もなくなってきた。


「やあ諸君。清々しい朝だ」

「エスト様、何をなさっているのですか!」

「ん? ちょっとした掃除をな」

「今すぐ彼らを解放なさってください!」

「誰に向かって要求している? ああ、失礼。お前らの主人はガストンだったな。ちょっと待ってろ。飼い主に会わせてやる」


 女騎士たちがガストンを連れてくる。

 俺はやつの頭から、ずだ袋を取り払った。

 広場にどよめきが広がる。


「ガ、ガストン様!?」

「うー、うぐうー、んんんんん-ーー!」


 やかましいので猿轡をかませてある。

 しかし、ガストンは醜悪な顔つきで悔しげにうなりを上げ続けていた。


 あー、ちょっと快感かも。

 愉悦を楽しんでいるのは元の体のほうだろう。たぶんきっと。


 衛兵たちは俺とガストンを見比べて困惑しているようだ。俺はリーダー格の衛兵のうち、ガストンをかばっていない者を指名する。


「おい、貴様」

「は、ハハッ!」

「この街にいるすべての兵士を連れてこい」

「し、しかし……」


 目がチラチラと泳いでいる。

 この期に及んで報復でも恐れているのか?


「では代わりにお前の家族を殺そうか」

「直ちに取り掛かります!」


 衛兵は猛スピードで人の波をかきわけていった。

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