本日ハ所ニョリ磁起嵐、重油雨ノチ時空震

KRSM(カラスマ)

本編

プロローグ:恒久構造体平面

 超高度に発展した先端文明の崩壊から数万年後。太陽系第三惑星地球、引いては近宇宙の支配者でもあった人類は、他の生物種と同じ運命を辿りそのほぼ全てが絶滅した。


 しかしロストテクノロジーである先端文明の遺構は、主を失った後も無際限の自己修復と成長を続け、いまやかつての惑星の表面は、永久の耐久性を有する恒久構造体メガストラクチャを基礎とした人工の建造物群によって完全に覆い尽くされた。




 《恒久構造体平面メガストラクチャアース》──それがこの世界の大地に与えられた名前だ。




 恒久構造体平面は、不朽で不可侵の巨大メガマテリアル、恒久構造体を素材とした《空間基底桁》によって支えられている。空間基底桁は短辺でも数十キロメートルはある直角柱の超弩級人工建造物だ。それが地平の先までマス目グリッド状に張り巡らされている。あらゆる波長の光を反射する恒久構造体に由来して、空間基底桁は鈍い白色に輝いている。


 空間基底桁によって区画整備された格子の中には、滅びた先端文明の廃墟群が広がっていた。黒色の廃墟には局所的なばらつきがあり、居住区域や工業区域の遺構を推測できる。視界は三六〇度すべてが金属と合成樹脂の無機質な色合いで、天を仰げば、重金属の塵を核とした雲が薄暗く垂れ込めていた。時折点滅する赤や青の光源は、どこからか電力を供給され、辛うじてまだ作動している光線照射装置の残滓。


 動植物を含め、あらゆる生物の痕跡は何一つ観測できない。時折遺構の陰で蠢くのは、もはや無意味となった過去の指令に縛られ、終わりの見えない建設作業を延々と続ける自律機械ドローンのシルエットだ。


 自然物が何一つない恒久構造体平面だが、自然法則は存在する。すなわち《天候》がある。風が吹き、雷が落ち、雨が降る。だが、その雨滴の核は有害な重金属の塵であり、その雨滴の水分は鋼鉄すら溶かす浸食液である。


 遥か遠くでは、重力をも凌駕する強烈な電磁力によって巻き上げられた金属類が渦を生じ、直径三〇〇キロメートルの巨大な異常気象である《磁起嵐》が、かれこれ数世紀もの間、一帯を蹂躙し続けていた。




 そんな恒久構造体メガストラクチャの平面に、無限に伸びる一本の軌道レールがあった。




 その軌道は、広大な人工の大地を左右に分断していた。振り返ればその直線はこれまで来た距離の分どこまでも真っ直ぐに伸びて、視界の隅で点を結ぶ。もう一度振り返れば、その直線はこれから往く距離の分どこまでも真っ直ぐに伸びて、大地と空の境界線上に収束するだろう。


 荒廃した大地に無限の線を引く軌道は、幅がおよそ一〇〇〇メートル、長さは計測不能という長大な建造物だった。いうなれば一〇〇/一スケールの万里の長城だ。軌道は周囲の空間基底桁と同じ、恒久構造体のくすんだ白色をしていた。




 ──ロォオオオオオオオオオオオイ、ロオオオオオオオオオオオオイィ。




 遥か遠くで地鳴りのような、あるいは何か叫び声のような音が轟いた。そしてしばらくすると、全ての物体が色褪せて停止し、時すら停滞しているかに思えるこの世界において、唯一明確な意図を持って稼働している存在が軌道上に姿を現した。


 それはおよそ完全な正八面体の形状だった。一辺が三〇キロメートル程もある超弩級のオブジェクトだ。対比すれば、周囲に聳える天を刺すような超高層建築の廃墟すら遥かに小さく、地表のざらつきのように見える。あまりの巨大さで、その最頂点は重金属雲に接触している。


 巨大な正八面体は、周囲の恒久構造体を他の遺構ごと巻き込み、上下二つの四角錐ピラミッド型で挟んで成形したとでも言うべきか。白と黒で彩られた表面を走査すれば、エネルギープラントや工業地域を丸ごと切り取った構造が、歪な凹凸となって存在している。しかもそれらは現在に至るまで機能を維持し、稼働し続けていた。


 また巨大な正八面体は一つの頂点でもって軌道上に自立し、独楽のように自転していた。さらにそれは遠目にはゆっくりと、実際には時速一〇〇キロメートルという速度で前に進んでいた。軌道が定める方向へと、黙々と。粛々と。その移動に合わせて攪拌された大気が共鳴し、大音量の叫び声を奏でた。


 降り注ぐ浸食液の雨も、絶えぬ気中放電も、その進みを止めるには足りない。人知を超えて前へ進み続ける超弩級の建造体。 いつからかこれは、《超八面建造体》と呼称されるようになった。


 つい数世紀前のこと。


 この超八面建造体の一角に、文明の崩壊を辛うじて生き延びた一握りの人類による拠点、《移動都市ヘルニコグ》が建設された。彼らの営みは最初風前の灯火のようだったが、数多の困難を乗り越え、やがて小さいながらも文明の炎となって燃え始めた。




 ──そして物語は現在に至る。



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