彼女の名前は忘れない
白浜 海
彼女の名前は忘れない
恋人が欲しい。
男女関係なく何気なく普段の友人との会話なんかで口にしていることだろう。けど、それってそんなに憧れるほどのものなのだろうか? 恋人になるとは相手を好きになることだと俺は思っている。だが、ここで一つ俺は疑問に思うことがあった。
゛好きってなんだ? ゛
年齢=彼女いない歴の俺からしてみれば好きというのがどういう状態ことなのかが全く分からない。
自慢では無いが告白されたことはこれまでに何度かあった。だが、その告白に良い返事をしたことは一度たりともなかった。繰り返し言うが自慢でも皮肉でも無いからな?
恋愛漫画なんかを読んでいると、近くにいるだけでドキドキしたり、くだらないことで嬉しくなったり悲しくなったりと一喜一憂していたりする描写が多いが意味が分からない。不整脈を患った精神的に不安定な子にしか俺には見えないのだ。
「せ、先輩! ずっと好きでした! 私と付き合ってください!」
だから、学校内でもそれなりに有名な彼女から告白されても俺には良い返事はできない。
「すまない。俺は君とは付き合えない」
「!? ……分かりました」
分かりましたと言いつつも、彼女はその場から全く動こうとしない。まだ何か言いたいことがあるのだろうか? 俺はその場から動こうとしない彼女を見守ることしかできなかった。さすがに、この状況で先に帰るというのも悪い気がしたのだ。
「……一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「先輩は彼女とかいるんですか?」
「いないぞ。彼女なんていた事もないしな」
「!? じゃ、じゃあ! 好きな人がいるとか……?」
「いないな。そもそも、俺には好きという気持ちが分からない」
俺がそう答えると彼女は俯きながら、静かに肩を震わしている。泣いているのだろうか? それならば、俺はもうここにはいない方がいい気がする。俺は彼女に背を向けて歩き出そうとした時だった。
「ふふ。ふふふ」
「?」
「先輩って、モテそうなのに意外とお子様……ピュアなんですね」
「……急にどうしたんだ? 喧嘩を売ってるのか?」
「いえ、ごめんなさい。ただ……私は先輩のことをもっと好きになってしまいました!」
この子はさっきから何を言っているのだろうか? 仮にも先輩であり振られたばかりの相手に対して、お子様だとかもっと好きになっただとか正気か? 振られたショックで錯乱していると言われた方が納得できそうだが、目の前のかのは気がおかしくなったようには全く見えない。
「それなら、先輩!」
「なんだ?」
「彼女になるのは今・は・諦めるので……私の友達になってください!」
「……まぁ、それならいいけど」
「私が先輩に教えてあげます! 好きとはどういう気持ちなのか! そして……」
彼女は大きく息を吸って真っ直ぐに俺を見据える。その目にはもう涙はなかった。むしろ、告白する前よりも前向きで力強い視線だ。
「先輩に私を好きになってもらいます!」
「……すごいな君は」
「知らないんですか? 女の子は好きな人のためなら何でもできちゃうものなんです!」
「くくく。ははははは。俺が言うのもおかしな話だけど、頑張ってくれ」
「はい! もう先輩には私なしでは生きれなくなるくらいメロメロにしちゃいますから覚悟してくださいね?」
私なしでは生きれなくなるくらいか……そんな風に誰かのことを本気で思えたなら、きっとそれが好きということなのだろう。だから、人は付き合い結婚する。その人とずっと一緒にいられるように。
俺がこの後輩のことをそう思える日が来るのかは分からない。今の俺の感覚としては思えない可能性の方が高そうな気さえする。けど、彼女は少し期待してしまう。俺のずっと知らなかった感情を彼女なら教えてくれるかもしれない。そうなれば、きっとそれは素敵なことなのだろうから。
「それじゃあ、先輩! せっかくなんで今日は一緒に帰りましょう!」
「仰せのままに」
「あっ、大事なことを言うの忘れていました!」
大事なこと? 告白しておいて、それより大事な言い忘れがあるのだろうか?
「これから私のことは……って呼んでくださいね!」
「!? はは。それが大事なことなのか?」
「はい! 友達には……好きな人には名前で呼んで欲しいですからね!」
俺はきっと彼女の名前を忘れることはないだろう。この時の俺には知る由もない話だが、この先も彼女のことを名前で呼び続けることになるのだから。彼女は今の俺の友達であり、彼女は未来の俺の……。
彼女の名前は忘れない 白浜 海 @umisirahama
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