負けず嫌いなので、異世界行っても負けたくないです。
あるままれ~ど
プロローグ
吹き付ける風が、少年の額に流れる冷や汗を乾かしていく。
静寂、ただ時間が流れていくのとは違う、確実に意味があるが、しかし何ら進展は無い。
彼は今一度、木刀を強く握りしめ、それをいつでも相手に振りかざせるように、ゆっくり息を吐きながら、
この一連の動作は、これで三回目。
これまでの二回は、突貫して攻撃するも、あっさりと受け流され、逆にぶん殴られた。結果、また構え直すこととなる。
それでも彼は、頬の痛みと、口内の血の味に顔をしかめながらも、相手に臆すことはない。
彼の目には、燃えたぎる強固な意思があり、自ら進んで
それを確認した相手――少女と言うには大人びており、しかし女性と言うには若く見える、そんな絶妙な容貌の女――は、くすりと笑みをこぼす。
「うん、面白い。いいよ、早く来て」
依然として余裕の態度は崩さない。微笑を湛えた彼女の、奥の底がまるで見えない。
そんな様子を見た少年は、恐怖からではなく、武者震いにわなわなと腕を震わせた。
「それじゃあ、遠慮なく」
自然と、彼女につられて笑顔になる少年、瞬間、彼は足に力を入れて女に突貫――
「そう何度も同じ手段で、私に攻撃を命中させられるとでも……」
「うるせぇ!ちゃんと目ェ見開いて見とけや!」
――しかし、彼女の間合いの少し手前で立ち止まり、急な方向転換。左を向き、その時に地面を思い切り蹴り上げて砂埃を踊らせる。
「んな素直にぶん殴られに行くかよ!」
さっきぶん殴られたことを根に持っているのか、少年は唾を飛ばしながら吠える。
彼女は、彼の急な行動に困惑するも、しかしすぐに持ち直す。砂埃に目を細めながらも、彼を決して見逃さない。
「ふふふ、今度は搦め手か。つくづく、君は私を飽きさせない」
「言ってろ!」
余裕綽々と言わんばかりの態度で、少年を礼賛する女、その彼女の態度が癇に障り、彼はぶっきらぼうに言葉を返した。
そして、
「うおらぁ!」
力んだだみ声と共に、彼女の背後に周り木刀を振るう。子供ながらもやはり男、彼のあらん限りの力を込めた一撃は、きっと彼女からしても凶悪な一撃のハズだ。さらに言えば、彼は目眩ましから奇襲を仕掛けるわけで、これが急所に当たってしまえば、さしたる彼女も悶絶は免れないだろうか。
しかし――
「いつも思うんだけど、なんで攻撃をする時にみんな掛け声を上げるんだい?場所が丸分かりだよ」
――悲しきかな、彼女は一切取り乱すことも、ましてや声のトーンを変えることもせず、ただ当然のように彼の一撃を受け止めてみせた。
木刀を掴まれた少年はすぐに距離を取ろうとするも、彼女の圧倒的握力を以てして、逃げ出すことが出来ない。武器から手を離して逃げることも考えたが、逃げた先でそれを投げられ、撃墜されてしまうかもしれない。しかも、戦いにおいて武器を手放すのは、まさしく致命的。ならば、手放さないでいようか。彼は必死に頭を回転させるも決めあぐねる。もちろん、思考中にも彼はそれを握っているので……
「よいしょー!」
「は?え、ちょっ、やばっ」
彼女は木刀を少年の体ごと引き寄せると、もう片方の手で握り拳を作り――
「待って待って待って!ちょっと待って許して……!」
「今回は結構頑張った方じゃない?また次、頑張ってね」
――彼の鳩尾を思い切り殴りつける。急所に拳がめり込んでしまったため、彼は地面をゴロゴロと転げ回って悶絶した。凶悪な一撃を受けたのは、彼女ではなく彼だったわけだ。
「ああああああああ!痛い痛すぎるってか強く殴りすぎだよこの野郎!」
「ご、ごめんよ……」
あまりの威力に少年が怒鳴ると、女は苦笑しながら平謝りを決行する。もっとも、戦いを挑んでいるのは彼の方からであるため、これだって覚悟していたことだろうが。彼は青い顔で脇腹を押さえたまま、ゆっくりと立ち上がると、奪われた木刀を彼女からひったくり、少しフラフラとした足取りで歩き始める。この様子だと、鳩尾の痛みは数時間ほど引っ張りそうだ。
「……今日のところは、もういい。でも、今度は絶対に勝ってやるからな!どんな手を使ってでも俺は、お前をぶっ倒してやる!」
「はいはい。楽しみにしているよ」
振り返って、少年は女に言う。
憤懣やるかたないといった様子のため、最後にそうやって負け惜しみでも吐かないと、気が済まなかったのだろう。
今度こそ、彼は彼女の前から去っていく。
彼の姿が完全に見えなくなるまで、彼女は彼の背中を見つめる。今はまだ小さく少し頼りないが、それが愛しるしく感じられて、それと同時に、彼の成長した姿を見てみたいとも思った。
彼は、戦いを重ねるごとに、確かに強くなっている。最初はバレバレだった罠やフェイントも、今では仕掛けられる直前までは気付けなくなったし、動きもより機敏に、力もついてきた。
この調子だったら、彼が彼女を打倒するのも時間の問題かもしれない。
期待を胸に抱き、そんな未来を、彼女自身が強く願った。しかし、それと同時に、彼ですら彼女を撃破することはできないだろうとも、彼女は考えてしまう。彼女の立場が、そう思わせてしまう。
彼女――『嘲弄の魔女』モカは、世界を恐怖で覆った災厄。その冒涜的存在は、何人が束になりとて、決して打ち砕くことのできない脅威そのものであるからだ。
□▼△▼□
暗い部屋の中で光る液晶を、
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
――奮闘虚しく賢二の操作したキャラクターが死んでしまった。死んだ後に画面に映るのは、『二位』という悲しき順位。賢二は額に青筋を浮かべながらキーボード……を叩くのはまずいので、机を叩く。その衝撃で机上のコーヒーがキーボードにぶち撒けられた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!俺のキーボードがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
まさかの悲劇に絶叫して、半泣き状態で賢二はせっせと濡れてしまったそれをタオルで拭う。
「生きてるよな?頼むぞ?生きててくれよ?」
我ながら馬鹿のことをしてしまったと嘆く賢二は、一縷の望みに縋りキーボードを打ってみる。
生死確認のために開いた検索エンジンの検索欄、そこに文字が浮かぶことはなく、打鍵音のみが部屋中に虚しく響く……終わった。完全にキーボードが死んだ。
「なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!それもこれも全部、『うっすら桃源郷』のせいだ!クソ!名前覚えたからな『うっすら桃源郷』!」
賢二は叫んで部屋をドタバタと駆け回る。ちなみに、『うっすら桃源郷』とは、FPSゲームで賢二を殺害し、彼を差し置いて一位に君臨した人のハンドルネームだ。……責任転嫁も甚だしい。
相変わらず騒がしい賢二、彼が落ち着くのには、十数分を要した。
「くそったれぇ……。仕方ねぇ、買いに行くか」
薄く涙が滲ませながらも、賢二は新しいキーボードを買いに外出することにする。
いつものジャージ姿で、朝からずっとついていた寝癖を直すと、賢二は家の外に出る。
ここから最寄りにあるヤマ◯電気は徒歩二十分ほど、近くもないし遠くもない。賢二はとっくに成人しているが、車の免許は持っていなかった。そのため、外出する時は、基本的に徒歩である。彼曰く、高額すぎるしぶっ壊すまでに時間はかからなそう、とのこと。要するにチキンである。
トコトコ、トコトコ、トコトコ。火曜日の昼下がり、午後三時、談笑しながら下校する小学生たちを尻目に、賢二はヤマ◯電気まで歩く。歩き始めて五分は経過しただろうか、一人で歩いていると、そんな短いとも言えるハズの時間ですら長く感じられてしまう。
笑う小学生、スーツ姿で電話している男性。そんな、忙しなく移ろう人々。何となく、こんな平日からゲームをして、キーボードにコーヒーをぶっかける人間としては疎外感がある。今この時間も、真面目に労働をして、あるいは、真面目に授業を受けて。サボっているヤツらだっているのだろうが、それでも、賢二の心中とは隔絶されている気がして。孤独というのは存外心細くて、勝手にセンチな気持ちに浸る。
「うーん、独りでいる時特有の謎のセンチメンタル……」
しみじみと寂寥感を噛み締めながら呟くも、しかし賢二の足取りは軽快であった。
賢二は、キーボードを買って家に帰った後の予定を考える。まずはキーボードの感触を試して、そのあとは『打倒、うっすら桃源郷』を目標に射撃場でエイム練習をしようか。いや、別のゲームで気分転換もしたい。
そうやって頭を捻っている内に、突如賢二のお腹がぎゅるりと声を上げる。
「……まずは飯を買おうか」
そう考え、近くにあるコンビニへ目を向けると――
「は?何であんな所に猫が……?」
――道路の真ん中で、猫が立ち往生していた。この地域は、割と田舎なのも相まって、野良猫の存在は別に珍しくはない。問題なのは、道路の真ん中であたふたとしながらも、しかし猫が一向にそこから動こうとしないこと。
ここは車の通りが決して少なくはなく、むしろ駅やコンビニ、美容院などが立ち並んでいるために大型のトラックなどが通るのも良くあることだ。実際、時たま車がクラクションを鳴らしながらも、猫の近くを横切っていく。その度に猫は怯えを見せながらも、やはり逃げることはしなかった。
「何で逃げないんだ?あの猫……」
これに賢二も訝しんで、猫の周りに目を凝らしてみる。すると、その猫の裏に隠れるように身を丸める子猫の姿があった。子猫の丸まった足からは、ちらちらと赤色が見える。足を怪我しているのだろうか。
なるほど、と思った。子猫は足を怪我して動けない、だからそこの猫――おそらくは親猫――も、子猫を置いて逃げ出すことができないのだろう。
それに気づいた瞬間、賢二は道路まで駆け出していた。車を避けながら、道路の真ん中にいる猫たちに近づく。子猫は賢二が怖いのか、さっきよりも更に身を丸くし、親猫はそれを庇うように賢二を見つめ威嚇時の鳴き声を上げた。
しかし賢二はそれを無視すると、無理矢理にでも猫たちを抱きかかえようとする。猫たちに腕を伸ばすと、親猫の方に引っ掻かれた。
「痛っ!」
痛みに顔をしかめながら、賢二は先に親猫の方を持ち上げた。親猫はジタバタと暴れ、賢二の手から逃れようとする。それを見た子猫は、更に更に身を縮こませた。親猫が手に噛みついたものの、賢二は根性で痛みを我慢した。
けたたましく、大量に鳴り響くクラクション。窓を開けて「何やってんだ馬鹿野郎!」と怒鳴る人もいた。賢二は「ごめんなさい!」と叫びながらも、親猫を頑張って抑えようとする。
しばらくの合戦の末、敵意は無いと分かったのか、無事に親猫はぐったりと無抵抗になった。あるいは、それは死を覚悟してのものだったかもしれない。
安心した賢二は、今度は子猫の方を持ち上げる。子猫は悲痛な鳴き声を上げたが、しかし暴れることはなかった。好都合だ。
賢二は両手に二匹の猫を抱えた状態で、道路から脱出を試みる。車が来るタイミングを見極めて、全力で歩道まで駆け出して――
「あ」
――つんのめって、そのまま道路に転ぶ。猫たちを抱えたまま転ぶことはできないため、少し危ないかもしれないが、幸い近くにあった歩道に猫たちを投げ込んだ。
親猫はきれいに着地し、子猫を見事に口でキャッチ。
良かった、これで猫たちは救われた。
急いで賢二は立ち上がって、そのまま歩道に逃げ込む、否、逃げ込もうとした。しかし、賢二の体は動かなかったし、眼前に見える大型トラックからは、きっと逃げられないだろう。
最早聞き慣れたクラクションが、しかしさっきまでのより大きく聞こえる。
(これは、やべぇわ)
本能的に、もう逃げることは叶わないのだと感じた。
突如、クラクションの音が間延びし、目の前に映る全てがスローモーションになる。なるほど、これはベタな展開か。まさか本当に走馬灯があったとは。
(にしても、本当に世界がスローモーションに見える。すげぇな走馬灯)
今まではアニメや漫画で使われる、『普遍的で陳腐な演出』だと思っていたが、こうやって実際に体験してみると感動的だ。あるいは、今までの人生の中で、最も衝撃的だったかもしれない。今後、この記録が更新されることはないだろう、否、賢二にはもう今後すらないのだが。
気づけば、トラックは目と鼻の先にあった。数十センチの距離、そうか、走馬灯の大半をさっきの現実逃避で消費してしまったらしい。我ながら馬鹿な時間の使い方だ。
(ほんと、ロクな人生じゃなかったよなぁ)
残り少ない時間を使って、賢二は過去のことを思い起こす。こんな状況から俯瞰してみると、賢二の人生は負け続きだったように思う。それはそうだ。平日の真昼間にゲームをして、自炊もせずに親の金でコンビニの飯を食う。そんなやつが勝ち組であるハズがない。
負け、負け、負け。頭の中でずっと反芻する。幼い頃から、賢二は負けることが嫌いだった。敗北とは、賢二にとっては呪いで、忌むべき実績なのだ。
しかし、もうとっくに賢二は手遅れ。負けたくないと宣いながら負けを重ね続け、挙げ句はニートになって「働いたら負けだから俺は勝ち組だ」なんて言って下卑た目でまともな人間を見下してきた。これはそのツケ、これはその精算、これは当然の報い。
もう、いい。こんな負け続きの人生、こんなクズ人間、死んだ方がマシだ。これはある意味、地域清掃のボランティアのようなものなのだ。
だが、それでも。それでも最後に、悔恨が残る。まだ、賢二は伝えられていない――
――今までごめんよ、父さん、母さん。こんな息子で、ずっと迷惑かけて、たまにひどい態度も取って……本当に、本当にごめんよ。
トラックのタイヤが賢二の頭を噛むと、そのまま粉々にすり潰していった。
負けず嫌いなので、異世界行っても負けたくないです。 あるままれ~ど @arumama_red_dazo
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