第34話 巫女神楽と胎内記憶
「もう見物客でいっぱいじゃん。さっきまでは、神楽殿の横にいたのを見れたのに」
神楽殿の前にはパイプ椅子が並べられていて、すでに満席になり立ち見が出るほどに賑わっている。
「狩野、こっち、こっち」
神楽殿は実は拝殿と渡り廊下でつながっている。
拝殿の右横の奥に渡り廊下があって、今日は関係者以外立ち入り禁止となっている事を俺は知っていた。
渡り廊下には、取材に来たカメラマンや出演者以外は入れない。
俺は神主の衣装のままだったから、関係者という特権を利用して渡り廊下に入り込んだ。
ついでに、狩野は研修生のようなふりをして俺の後に続いた。
俺たちは姿勢正しく正座をして、神楽が始まるのを待つ。
ビオラと美琴さんは、手にした扇を広げ雅楽が奏でられる瞬間を待っている。
ピヨォーーーーーー
竜笛がゆっくりと鳴ったのを合図に、巫女神楽は始まった。
ゆったりと優雅に舞うビオラと美琴さんは美しい。
普段と全然違うオーラ、巫女としての彼女たちは今、神がかっていた。
「あれ、俺このシーン見たことある」
「斉木は毎年見てるから、当たり前じゃん」
巫女のビオラと美琴さんが鈴を鳴らすたび、俺は自分の体が少しづつ浮いていくような感覚になる。
神楽殿の舞台に七色の虹の輪がかかった。
「すげ! おい見ろよ狩野・・・狩野、狩野?」
狩野は目を閉じて瞑想しているように見えたが、口からヨダレがスーッと落ちるのを見てそれは違うとわかった。
こいつ、爆睡してやがる。
七色の光は渡り廊下にまで伸びてきて、俺をすっかり捕える。
*
気が付くと、俺は空中に浮かびながら、天井から巫女神楽を眺めている。
体はどんどん上昇していく。
神楽殿の斜め上、ちょうど楡の木の上から、俺は巫女神楽を見下ろしていることに気が付いた。
楡の木に座るのはこれで三度目だ。
ここはもう俺のねぐらと言ってもいいかもしれない。
楡の木から眺めた巫女神楽は、さっきまで舞っていた巫女とは違う巫女になっていた。
舞っているのはビオラと美琴さんではない。
一人はビオラと同じブロンドの髪だが、顔は違う女性だ。
その巫女が鈴を鳴らすと、なぜか胸がいっぱいになって涙があふれてきた。
大勢の見物客の列には並ばずに、俺みたいに渡り廊下で巫女神楽をじっと見つめている青年がいた。
俺と同じように神職についているのだろうか、白衣に水色の袴姿で正座して巫女神楽を舞う巫女を見つめている。
ああ、あれは蒼さんに似ている。
そうか若い時の蒼さんだ。
*
今度は雲の上にいた。
俺は生まれてくる何十年も前から父さんと母さんになる人を決めていて、ずっとお腹に入るタイミングを待っていたんだ。
父さんになる人とは、一緒に雲の上で生まれる順番を待っていた。
雲の上では俺はとても小さい子供で、父さんになる人は俺よりも大きい子供で、彼のことはソウちゃんと呼んでいた。
「あ、あのパパとママは楽しそうだなあ。ボクはあの女の人をママにしよう」
ソウちゃんが見ていたのは、ブロンドの髪の女性と優しそうな青年だった。
「もう、ママになる人を見つけたの?」
「うん、じゃんけんでボクが勝ったから、ボクが先にあのママのところに生まれるね。
君はボクのあとから生まれてくるんだよ。その時は、君も自分でママを決めてからおいで。じゃあね」
ソウちゃんは妖精と蝶々に連れられて、美しいブロンドの女性のおなかの中に入っていくのを俺は見ていた。
*
再び意識が楡の木の上に戻る。
神楽殿の袖の渡り廊下で、目をハートにして巫女神楽をみていたのは、ソウちゃんだった。
「ソウちゃん、あんなところにいた。よし、俺も君と同じ家がいい。
それにソウちゃんが見つめているあの女の人は優しそうで気に入った。あの人を俺の母さんに決めた」
そう決心すると、周りの景色が森の中に変わった。
じっとりと暑さがまとわりつくような森の小道を歩いていると、ひとつの扉に行きついた。
その扉を押すと、そこは母さんのおなかの中だった。
ピンク色のプールは温かくて気持ちがいい。
プールにぷかぷか浮きながら、俺は母さんのおなかの中で、ときどき水中回転したりして遊んでいた。
たまに勢いあまって母さんのおなかを蹴ってしまうこともあった。
「あら、動いたわこの子」
母さんの驚く声が聞こえてくる。
「ほんと? どれどれ・・・」
そう言ってソウちゃんの手が母さんのおなかに触ったのがわかる。
(俺だよ!)
ソウちゃんの手をめがけて、母さんのおなかの中から俺は蹴ってみせる。
「動いた。本当だ」
ソウちゃんも母さんも喜んでいるのがわかった。
早く生まれて、ソウちゃんと母さんに会いたいなぁ。
早く会いたいという気持ちが神様に通じたのか、俺は早産で生まれた。
早産だったせいか、安定するまではガラスケースの保育器に入れられて、すぐに母さんの側に寝ることはできなかった。
ガラスケースに入った俺を窓越しに見ているのは、ソウちゃんのパパとママだ。
「まだこんなに小さいのに、がんばって生きているわ。この子は早く生まれたかったのね。あわてんぼうさんだこと」
「なんか、猿みたいだな」
「なんてことを言うの。素直に喜びなさいよ」
「蒼が生まれた時と同じだ。猿みたいでかわいいじゃん」
「あんたって本当に喜びの伝え方が不器用なんだから」
「そこに惚れたくせに」
「そりゃ、そうだけど・・・それ、今言うこと?」
「言うこと」
昔からソウちゃんのパパとママは仲がよかったんだなぁ。
お似合いのカップルだ。
俺がガラスケース越しに母さんと対面できたのは数日後だった。
このケース、邪魔だなぁ。
ガラスケースの中からでも母さんの美しさはわかった。
雲の上から見ていた通りに、優しそうな笑顔をたたえた女の人だった。
ソウちゃんともガラスケース越しに対面できた。
早く会いたくて急いで生まれてきたのに、なんでこんなケースに入れられるんだよぉ!
俺は思いっきり泣いた。
しばらく経ってから、俺は母さんの顔のすぐ横に寝かされた。
「がんばって生まれてきてくれて、ありがとう」
母さんのその言葉に俺はとても嬉しくなった。
ソウちゃんも俺の顔を覗き込んだ。
「ハンナによく似ているね。鼻筋は君にそっくりだよ」
「指の形はあなたにそっくりだわ」
「指かよ。まあいいか。名前はどうしよう」
「あら、あんなに名前を考えていたからもう決めているかと思っていたわ」
「いや、あの、考えてはいたんだが、女の子の名前しか思いつかなくてな」
何だって?
雲の上で「ボクが先に行って待ってるからな」と約束してくれたことを、ソウちゃんは覚えていないのか。
俺のことを忘れてしまっているなんて。
男の子だろう。
生まれてくるのは男の子だって、君は知っていたはずだ。
「でもまあ、いくつか考えた中で男でも女でも使える名前があるからな。それにしておけばいいか」
そんな安直な。
「その名前は?」
「シオンにしよう」
*
シャリーーン
巫女が鳴らした鈴の音で、俺の体は地上に戻ってきた。
ちょうど巫女神楽が終わって、ビオラちゃんと美琴さんが退場しようとしているところだった。
しずしずと進むビオラの後を美琴さんが続く。
「おい、狩野起きろ!」
「・・・んん?」
俺は急いで廊下の端によって、巫女の邪魔にならないようにした。
ビオラと美琴さんが目の前を通り過ぎていく。
美琴さんは狩野の横を通るとき、ペチンと扇で狩野の頭を叩いて行った。
「痛ってぇー!」
お陰で狩野は完全に目が覚めたようだ。
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