第4章
第32話 奇跡の復旧作業
停電は朝の6時頃に復旧した。
テレビをつけて気象情報を確認すると、映し出された天気図の台風は不思議な進路を描いていた。
「大型で強い台風は、勢力を保ったまま関東地方に上陸するかと予想しましたが、
急に進路を東に90度曲がって、太平洋側にぬけました。ちょっと不思議な動きですね」
気象協会が発表した予想と全く異なる動きをした台風に、気象予報士は困惑気味に説明している。
どうやら俺の言霊通りに、台風は移動してくれたようだ。
「あれはお前がやったんだな」
蒼さんの厳しい追及が入った。
「はい、ごめんなさい。俺がやりました」
「何故、術を使った」
「それは・・・・俺っていう存在が、この世の終末を呼び起こすような気がしたからで・・・・
うまく言えないけど、俺のせいで集落のみんなに迷惑をかけてしまったから、なんとか罪滅ぼしをしたいと思ったんだ。
無我夢中で嵐の中に駆け出して行って術を使ったら、雷が落ちて俺は龍に変身してた。
この世の終末のような嵐を消せるものならと空中を飛んで、言霊を使ってみた。でも、消えなかったんだ。
だから、台風が東にそれるようにした。それだけで精一杯だったんだ」
蒼さんの大きな手がぽんと俺の頭の上に置かれる。
「よく頑張ったな。お前のおかげで禊祓いが済んだのだよ。お前は終末の神主見習なんかじゃない。
週末だけ神主見習いしているに過ぎないが、立派に術を使えるまで成長したんだ。
疲れただろう。ご苦労さん、少し休みなさい」
なんで蒼さんはこんなに優しいのだろう。
この人も術を使うたびに、モブ爺ちゃんに叱られてきたのかもしれないと俺は思った。
「ところで、爺ちゃんはどうだった?」
「右足の骨折全治3か月だそうだ。入院期間は1か月程度と医者が言っていた」
「そんなに・・・・その間、神社はどうするの?」
「わたしが代わりを務めるから大丈夫だよ。それに、紫音とビオラもいるし。宮司が一人いないだけで何も変わらない」
蒼さんが俺を頼ってくれるのは嬉しいが、本当に大丈夫なんだろうか。
「さっそく夏の例大祭があるけど、それも大丈夫なんだよね」
「あ、そうだった。忘れてた。例大祭があるじゃないか、何故それを早く言わない!」
え、俺が怒られるの?
まさか、蒼さんは神主なのにこんな大事なことを忘れていたの?
でも、しょうがないか。
俺のせいで台風が近づいたりしていろいろゴタゴタしてたから、考える暇もなかったくらい忙しかったからな。
蒼さんって完璧なようでいて、時折大事なことがすっぽり抜ける時がある。
そこが人間らしくて俺は好きだ。
さすが、モブ爺ちゃんの息子って感じかな。
隣の地区の土砂崩れは重機が入って、復旧工事が進んでいる。
川の水も引いてきて、道路は通れるまでになった。
神社の境内でも、嵐で飛んできた木の枝や葉っぱを急いで掃除して復旧作業に追われることになった。
幸いなことに建物の被害はなかったが、神楽殿はかなり汚れてしまっている。
そこへ氏子の皆さまが掃除しに来てくれた。
総代の岩佐さんは蒼さんとお祭りについて、何やら打ち合わせをしている。
「あ、紫音くん、悪いが河川敷に行ってくれないか」
「岩佐、悪いが紫音はちょっと、今は体を休ませないと・・・」
「何言ってるんだ、蒼。あの診断書を書かせたのは俺だぞ。病気が嘘だというくらい俺は知っている」
「いやその、病気じゃなくて、体力が消耗していて・・・・」
「岩佐さん、俺行きます」
「悪いね、頼むわ。行ったら観光課のやつらと実行委員会がいるから指示に従ってくれ」
「わかりました」
蒼さんがそっと耳元でささやく。
(絶対に無理するなよ。適当に休め)
10分後、俺は川にいた。
河川敷に行ってくれと頼まれたが、川の水はまだ引いていなくて河川敷が見えていない状態に驚いた。
人々は川に流れてきた木の枝の撤去作業をしている。
この状態で、花火大会は無理じゃないか。
「おーい、斉木! こっちだ」
狩野が流れる汗をタオルで拭きながら手を振って俺を呼んでいる。
「狩野も来ていたのか」
「当たり前だのクラッカー。他の地区からも皆応援に駆けつけてくれているんだが、まだ水が引かなくてこの状態だよ」
水の問題か。
水なら術を使えるかもしれない。
「そうか、ちょっと待ってて」
俺はしゃがみこんで地面に手を当て、龍神祝詞を唱える。
「斉木、まさかお前、今、術を使ってるのか」
「・・・・しっ! 黙って」
「お、おう」
祝詞が終えて二礼二拍手一礼する。
「・・・30分くらい経ったらだいぶ水は引くと思う。それでも、復旧作業は長丁場になりそうだな」
「そ、そうか。じゃ、母ちゃんに頼んでおむすびでも作ってもらおうか。長期戦覚悟で挑もうじゃないか」
「助かる。俺からも蒼さんに頼んでみるよ」
狩野が俺を不思議そうな顔で見つめている。
「何だよ、俺の顔に何か付いているか」
「ああ、お前の髪の毛、前よりもいっそう銀色になったな。何かあったのか」
「話せば長くなる。とりあえず、おばさんに連絡して」
「わかった。絶対教えろよな、何があったのか」
30分後、川の水はみるみる引いて河川敷がやっと顔を出した。
俺が術を使えるのはここまでだ。
ここから先は人の手で復旧作業をするしかない。
台風一過で、空は晴れ渡り猛暑の中を作業するのはハンパじゃない。
災害復旧用排水ポンプ車と他の排水ポンプで排水し終わったら、コンパネを敷いていく。
本部のテント設営や救護用テントの設営、簡易トイレの設置など、やる作業は山のようにある。
総勢50名ほどで作業しても、全然終わりそうもない。
途方もない作業に誰かが音を上げる。
「これって、無理じゃないすか? 花火大会は開催できそうもないね」
誰かがついに弱音を吐く。
その誰かのぼやきは、誰もが感じていた不安だった。彼はそれを代弁したに過ぎない。
「出来そうもないじゃない! 絶対に開催するんだ。開催するという気持ちを全員で持たないと実現はできない。
やると言ったらやるんだ。その気持ちで作業しろ」
総代の岩佐さんが、皆を叱咤激励する。
「岩佐さんって、熱い人だよな。いつも冷静な蒼さんとは対照的だ」
狩野がぼそっと言った言葉に、俺も同じ意見だ。
「だから、仲がいいんじゃないかな」
「斉木もそう思うか。俺もそう思う」
作業は夜になっても続いた。
発電機につないだ照明の灯りに虫たちが集まっている。
そんな照明の裏から赤い目の男が怪しく顔をのぞかせた。
「ばあ、こんばんは。お手伝いにきましたよ」
ルイだった。
元バンパイヤらしい登場演出に、俺と狩野は思わず噴き出した。
「らしい、らしい! ルイ、最高に似合ってる」
「あれ、老人福祉施設は大丈夫だったのか?」
「大変だったけど、大丈夫ですよ。
お婆ちゃんをひとりずつお姫様だっこして二階まで運んださ。何人お姫様だっこしたかなぁ」
「相変わらず、女性キラーなんだね。みんな喜んでただろ」
「ええ、みなさんおとなしく二階への避難誘導に従ってくれたので助かりました」
よかった、ルイも施設のみんなも無事で。
「はい、休憩終わり! あと少し、最後の仕上げだ。みんな頑張ろう」
岩佐さんの掛け声とともに、俺たちも作業に戻る。
なんとか花火会場らしく整ってきたところで、だんだん希望が湧いてきた。
この調子なら、花火大会ができるぞ。
そう確信しはじめると作業が急速に進む。
夢の実現や奇跡というのは、こういう確信から起きるものかもしれない。
無理かと思われるような困難でも、みんなで力を合わせれば乗り越えられる。
それが本来の祭りの姿なんだろうな。
会場設営の作業が終わり解散したのは、夜中の1時を回っていた。
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