第7話 魔王は禁句、蒼さんと呼ぶこと

モブ爺ちゃんが企画したお食事会は、予定より人数が増えて狩野の家族や氏子総代の岩佐さんが、急きょ応援に駆けつけてくれた。


「すまないね、狩野さん。急に人数が増えちゃって」


モブ爺ちゃんは狩野の母さんに謝っていた。


「やだよ。こんなの大丈夫ですよ。蒼さんが帰って来るって氏子総代の岩佐さんから電話もらって、びっくりしたわ。

そこにこのバカ息子が、塩むすびだなんだかんだって騒ぐもんで、お前も手伝いなって言ったんですよ」


「母ちゃん、しゃべりすぎ」


確かに、狩野の希望でフライドポテトやサンドイッチまで用意してある。

ついでに置かれた皿にはなぜかあつあつのコロッケまで並べられていた。


「コロッケは、狩野。お前のセレクトか?」


「違うよ、姉ちゃんだよ」


狩野が指さした先には、狩野の姉ちゃん美琴さんが居た。

美琴さんはメガネをかけた女子大生で、年に数回は巫女をやってくれる頼もしい姉ちゃんだ。


「当然でしょ。こういう時でもないとお皿いっぱいの揚げ物なんて食べられないわよ。

ただし、わたしが作ったから不味くても怒らないでね」


「さすが美琴さん、助かるなあ」


「斉木ってさ、食べ物で機嫌がよくなるんだよな。さっきまで怯えていたくせに」


「紫音くん、怯えていたの?」


「しっ! 狩野、それは言うな」


下座でわいわいやっていると、氏子総代の岩佐さんが立ち上がった。


「えー、この度は白滝神社にて異世界召喚の儀を行いまして、

無事に帰還した蒼のお祝いと、新しくおいでいただいた勇者たちの歓迎会を開催します。

まぁ、固い話は抜きで、まずは蒼。お前から挨拶してくれ」


氏子総代の岩佐さんは、蒼という人と仲がよさそうだ。年は蒼という人と同じくらいだから旧知の仲ってやつか。


「岩佐総代、地区のみなさん、長い間留守にして申し訳ありません。

わたしはこの場にいる資格なんかないのに、温かく迎えてくださって本当に感謝申し上げます」


そうだ、お前なんかここにいる資格はないと俺は心の中で言った。

蒼という人は深々と頭を下げて陳謝していた。


「いいんだよ、蒼。よく帰ってきたな。お帰り」


集落のみんなは温かく迎え入れているが、この蒼という人は異世界でなにをやっていたのか知ったら卒倒するだろう。

俺はそれを言うつもりはないし、それはモブ爺ちゃんも同じだ。


「では、お嬢さんから簡単に自己紹介をお願いします」


俺をお尻でつぶした女の子が、ドギマギして緊張している。

なんて顔しているんだ。この子は小動物か。


「えっと、皆さまにとっては異世界というところから来ました。ビオラと申します。勇者の家系のものです。以上」


女の子はビオラと名のった。

勇者の家系だというがそうは見えない。


「へ? もう終わりですかい、お嬢様。ヴィスコンティ侯爵の令嬢とは言わないんですか?」


「クロード、お黙り!」


「はい。ええっと、ただいまご紹介にあずかりましたクロードでございます。

あっちの世界では鬼との混血で生まれまして、半鬼のクロードと呼ばれております。どうぞよろしく」


俺の首を切り落とそうとした男はクロードで半鬼だと言ったが、確かに敏捷な体の動きをみるとうなずける。

そして、あのお嬢様は本物の令嬢だったのか。

すると、俺の隣で狩野が脇をつんつんと突いてきた。


「ビオラっていう子、かわいいじゃん。斉木ったら、どこがヤバいやつなんだよ」


「しっ」


俺は狩野のおしゃべりを制した。

最後に、銀髪の勇者がおどおどしながら立ち上がった。


「えっと、ルイといいます。あっちの世界から来ました元バンパイヤです」


銀色の髪の紳士が元バンパイヤと名乗ると、一瞬だけ会場はしーんとなった。


「あ、でもわたしは人間と共存をする協定を結んだバンパイヤの家系です。いたって平和主義です。

みなさんを襲うことはありません。ご安心ください」


しーんとはなったが、この集落の人たちは変わった種族には慣れっこのようで、すぐに和気あいあいと勇者たちと楽しく話をはじめた。


「異世界からいらっしゃった方々は、みんな個性的でおもしろいですな。蒼が連れてきたのか?」


岩佐さんが気軽に話しかけると、蒼という人はきまり悪そうにしていた。


「ああ、まあ、連れてきたわけじゃないのだが・・・・」


「俺たち、まお・・・」


魔王と言おうとしたクロードの口を急いで手でふさいだのは、ビオラとルイだった。

さっきのふすまの前で約束したことを、さっそく破りそうになったクロードを必死に止める。


「おほほほほ・・・、まお、マオ、マオリ族の踊りが縁で一緒に来ましたの」


どういう縁なんだ。苦し紛れの嘘でももっと他に言いようがあるだろ。


「そうそう、ラグビーの戦いの踊りハカっていうのがあちらでは流行ってまして、それで知り合いました」


ルイがとっさにフォローしているが、かなり無理がある。


「そうか。蒼は体がでかいからな、お前はラガーマンみたいだものな。ひとつやってみせてくれ」


「ハカ? ああラグビーの試合前にやる戦いの踊りか。そんなのやったことはない」


「そうですわよね。蒼さんはずっと監督でしたもの。」


「俺はできますぜ、ハカ。ご覧に入れましょうか」


クロードがはりきって立ち上がろうとしたところを、ビオラとルイが必死に羽交い絞めして止めた。


「あら、素敵。おばさんは観てみたいわ」


狩野の母さん、それは言ってはいけない。

そして、その息子まで一気に地雷を踏みまくる。


「見せて、見せて、俺も観たい!」


蒼という人は額に汗が流しながらあきらかに動揺を隠している。

その動揺にも気が付かずに岩佐さんは、単純に旧知の友との再会を喜んでいる。


「異世界で蒼はいい仲間に恵まれたんだな。俺は心配していたけど、よかった。モブさんもよかったじゃないですか」


岩佐さんが涙ぐんで、モブ爺ちゃんのコップにビールを注いでいる。

食事会にアルコール持ち込んだのは、誰だ。

たぶん、岩佐さんの持ち込みだな。

蒼という人は、感動的シーンを壊さないように、やんわりと踊りを拒否してきた。


「あれは、戦いの前に野外でやるものなので、ここではちょっと・・・・なあ、お嬢さん」


「え、ええ、またの機会にしましょう。蒼さん」


急にビオラと蒼という人はお互い仲良しの関係を演じ始めた。下手な猿芝居で見るに堪えられない。

さっきまで、戦闘状態だったのによくこんな演技ができるものだ。


「そうですよね、野外でやるものですからここではちょっとやりにくいのです。クロードここは、控えて、控えて」


ルイに言われてクロードは渋々納得したようだ。


「お嬢様が言うならしょうがねえなぁ。いつか絶対踊ろうな、まお・・・リ族の踊りをな、蒼さん」


「おう、わかった。いつかは踊るから今は座ってくれ。頼む」


蒼という人がこんなに困るのなら、踊る展開になればよかったのに。

俺にそんな意地悪な気持ちが無くはない。

気持ちをモヤモヤさせながら、俺は目の前にあった小鉢の黒豆を一粒食べた。


「・・・・・うまい!これ。狩野おばちゃん、黒豆を煮るの上手だね」


「あら、黒豆なんか用意してないよ。あれは作るのに二・三日かかるもの。前もって準備していないと、食事会には間に合わないんだよ。

モブさんが作っておいたんでしょう。蒼さんは黒豆が大好物だから」


狩野おばさんの話を聞いて、俺は箸を置いた。

モブ爺ちゃんは、何日も前からあいつを呼び戻すつもりで準備していたのだ。

モブ爺ちゃんにとって、大事な息子が帰ってくるのだから、『おかえりなさい』の意味で黒豆を煮て待っていたのだろう。

なんだか、今まで俺に注がれてきた愛情が、いっぺんにあいつに持ち逃げされた気分でおもしろくない。


「何だい!」


俺はトイレに行くふりをして食事会の部屋を出た。

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