第5話 異世界から召喚された勇者と魔王

「紫音、寒いのか? 震えているぞ」


「なんでもないよ。平気だよ」


モブ爺ちゃんに怖いなど言えるわけがない。

正直に言おうものならめちゃくちゃに怒られるに決まっている。

しかし、孫が震える事情をわかってほしいものだ。

何しろ異世界から会ったこともない父親を呼ぶのに、冷静でいられるわけがないだろう。

俺は捨てられた子猫ように震えているのがわかっていたが、震えは止められない。


異世界召喚は境内の拝殿の横、いくつか祠が並んでいるところにある磐座(いわくら)で行われた。

岩に注連縄が張られていて、これは「磐座(いわくら)」と呼ばれるもので、神道の中でも神聖視されている。

モブ爺ちゃんが厳かに、バサッバサッと大麻(おおぬさ)を振る。

祝詞の後に、「二拝二拍手一拝」。

最後の一拝をした瞬間、俺は頭に何か落下したような衝撃を受けて気を失った。


意識が戻ると俺は地面にうつぶせに倒れていた。

まず、境内の砂利が目に入り、次に俺の背中の横に赤いブーツを履いてすらりとした脚が見えた。

目に入ってきた情景で、倒れた俺の背中に誰かが座っていると推測できた。

それにしても背中が重い。これは、やばいものに取りつかれたのかもしれない。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


お嬢様? 俺はお嬢様ではない。

そして、お嬢様と叫んだ男の声は俺のところまで駆け寄ってきた。

どうやら、背中に乗っている者にむかって、お嬢様と呼んでるらしい。

男が持っている剣がちょうど俺の顔先にちらついている。

物騒なやつだなぁ。危ないじゃないか。


「大丈夫ですわ。何かがクッションになったみたい」


俺の背中で若い女の子の声がする。ということは、俺は女の子の下敷きにされているのか。


「こやつ、油断はなりません。魔王の手先かもしれません」


男の物騒な剣は、俺の首に向けられた。


「あら、クッションになったのは人間だったのね。でも見たところ弱そうな男じゃないの。とても魔王の手先には見えませんけど」


どこの誰だか知らないが、いきなり人の頭の上に落ちてきて、弱そうだの魔王の手先だのずいぶん好き勝手なことを言ってくれる。

俺は倒れた体をくるりとひねって、背中の女を振り落とした。


「きゃっ!」


「こいつ、お嬢様に何をする!」


男の剣は俺の首ギリギリのところで止まった。


「ひぇ! ちょっと待て。何かの間違いだ。俺は魔王の手先なんかじゃない」


上半身を起こして周りを見回した。

俺の背中から転げ落ちたお嬢様と呼ばれた女は、よく見ると同い年くらいの女の子だ。

ブロンドの髪に赤いドレスと鎧という奇妙なファッションセンス。

男は青い髪で背がひょろりと高く、つぎはぎだらけのコートを着ている。

こいつらは、コスプレでもしているのだろうか。


「間違いだ、間違いだ。これは何かの間違いだ。

爺ちゃん、何とか言ってくれ。この人たちを呼んだのは爺ちゃんだろ」


「爺ちゃんが失敗することはない」


「はぁ?! 何言ってるの。これって失敗しているだろ。

こんな女の子と乱暴な男なんか呼ぶ予定じゃなかったじゃないか」


「あら、お言葉ですけど、こんなとは何ですかこんなとは。それはこちらのセリフです。

こんな見知らぬ場所に飛ばされるとは、わたくし思ってもみなかったわ」


「それに乱暴な男ってのも、気に食わねーな。こっちは必死にお嬢様をお守りしてるだけなんでさ」


モブ爺ちゃんは涼しい顔しながら、軽くヒュウと口笛を吹き、磐座(いわくら)の後ろを指さしている。


「ここにも、ほら、もうひとりお仲間が隠れているようだが」


磐座(いわくら)の陰から、顔を半分だけ出してこちらの様子をうかがっている者がいた。

銀色の髪に赤い目をした男? いや、女? 女のような男だ。

中世ヨーロッパの貴族のような紳士的身なりをしているが、確実に弱そうである。

そいつは、怯えた声で言った。


「あのぅ、ここはどこでしょうか。まだ戦いは続いているんでしょうか」


さっきの青い髪の男とは対照的に、銀色の髪の紳士は磐座の後ろに隠れて怯えていた。


「爺ちゃん、これはどういう事? いったい誰を召喚したんだ?」


「さて・・・爺ちゃんにもわからん」


「わからんって・・・・。もういい。爺ちゃんは随分ともうろくしたもんだな」


「何を言う。爺ちゃんはまだそんな年ではない。それに失敗はしとらんと言っているだろ。

ほら、あの祠の前。龍神様の祠の前に倒れているじゃないか」


確かにモブ爺ちゃんはまだ60代だから、もうろくするには早すぎる。

しかし、頑固者で面倒くさい。

そう思いながらも、モブ爺ちゃんの言う通りに龍神様の祠の方を見てみると、確かにひとりの男が倒れていた。

黒いマントに長い茶色の髪が印象的な男だ。

もしかして、これが俺の父親なのだろうか。

しかし、俺の感傷的な気持ちに浸っている時間はなかった。

なぜなら、異世界から来た三人組がわぁわぁと吠えだしたからだ。


青髪の男が、

「魔王、お前だな! 俺たちをこんな別空間に飛ばしたのは!」


女の子が、

「あら本当に魔王が居るじゃないの。お前が魔術でわたしたちをこんなところに移動させたのね」


銀髪の男が、

「えー、まだ戦うんですか? 魔王はもう倒れているからよろしいんじゃないですか?」


この異世界三人組は、祠の前に倒れている男に向かって戦闘態勢になった。(銀色の紳士を除いては)

そこへ割って入ったのはモブ爺ちゃんだ。


「よしなさい。あなた達を呼んだのはこのわたしです。その男は関係ありません」


そう言って、モブ爺ちゃんは祠の前で倒れている男の頭に手をかざし、しばらくその姿勢でいた。

これは穢れを祓い、癒しのパワーを送る術だということは、見習いの俺でもわかった。


「起きなさい、蒼」


男は気が付いたらしく、うっと小さく唸りながら上半身を起こした。


「はっ・・・・親父(おやじ)!」


その瞬間、異世界人たちは警戒しながら後ずさりした。その中でも、お嬢様と呼ばれた女の子が一番勇敢に口を開く。


「魔王、どういう魔術を使ってわたくしたちをたぶらかしているの? この状況を説明していただきたいものだわ」


すると、モブ爺ちゃんが女の子をなだめるようにやさしく言った。


「お嬢さん、お兄さんがたも、この境内で争いはやめていただけないでしょうか。ここは神様を祀っている神聖な場所。

そして、この状況をつくったのはこのわたしです。決してたぶらかしではありません。ここは寛大な心でお許しいただきたく存じます」


「あなたは魔術師なのですか? 魔王の親玉ですの?」


「親玉といえば親玉だが、単純に父親です」


モブ爺ちゃんが何を言っているのか、俺にはさっぱりわからない。

ここに倒れて魔王と呼ばれている男の父親がモブ爺ちゃんなら、魔王は俺の父親になる。

それはいくらなんでも、ありえないのだが。

ありえない、ありえない、ありえない・・・・・

俺の頭の中がバグを起こしている間、青髪の男はまだ闘志満々で息巻いている。


「たとえ場所は変わっても、魔王は魔王だ。ここが俺たちのラストバトルになる。かかってこい!」


銀髪の男は戦いが好きではないのか、さっきからずっと消極的だ。


「わたしはこの人の言う通り争いはやめるべきかと・・・・」


どうやら、この異世界人は魔王を討伐する勇者たちではないかと俺は推測した。

この勇者たちのメンバーは、闘志満々の青髪と銀髪の臆病者、そしてお嬢様というとても個性的な勇者パーティ。

これがゲームだったらすぐに負けそうな組み合わせだ。

すると、モブ爺ちゃんが蒼と呼んだ男は立ち上がった。

立ち上がると割と背の高いその男は、魔王っぽい服装をしているが、角がないぞ角が。


「わたしはもう魔王ではない。もう魔力は消えた」


信じられるだろうか。

男が言ったセリフのことじゃない。

初めて会った父親が、異世界の魔王だったなんて信じられるだろうか。

モブ爺ちゃんは、魔王だった男に向かって何かしゃべっている。

魔王だった男はチラッと俺を見て言った。


「紫音・・・か?」

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