神様の鬼界で奇怪な英雄譚

あしわらん(葦原名香子)

第1章

第1話 夜明け前

 四月だというのに急に冷え込んだ日の夜、神社の社務所に併設された自室で、衣神きぬがみ居祈いおりは布団に体を縮めて毛布にくるまっていた。今夜はよく眠れない。足先が冷え、寒気がして度々目が覚めた。


 何度目だろうか。また目が覚めると、障子に月明りが差し、柳の柔らかな葉の影が障子紙の上に揺れていた。


 そこへ、ふいに和装の女性の影が現われた。夜明け前だと言うのに着物であるばかりでなく、髪まで美しく結い上げている。


 凛とした佇まい、すっきりとした顎の輪郭、花のかんざし。その人影は父方の叔母、珠名たまなに違いなかった。居祈は布団をはいで半身を起こした。


「珠名?」

 目をこすりながら言う。

「居祈、少し話があるの。聞いてくれる?」

 夜闇に透き通る声が障子紙をすり抜けて居祈に届く。

「どうぞ、開けてください」

 居祈は急いで布団の上に端座し、たるんだ寝巻のしわを手で払った。しかし珠名は「ここでいいわ」と言う。


「こんな時間に話だなんて。どうしたの?」

 神社の朝は世間より早いものだが、それにしても今は起こしにくるような時間じゃないし、本当に珠名だろうか。別人かも。あるいは人外だからかもしれない。

 それもあり得る。


「あんまり脅かさないでください」

「ごめんなさい。居祈は変に思うでしょうね」

 変に思わない方が変だよ、と心の中で返す。

 珠名はしっとりとした口調で続ける。

「でも、これには理由があるの。あなたに話さなければならないことがあって。それは今日、あなたが十六歳になる日の夜明け前に伝える決まりになっているの」


「それは、どんなこと?」


 居祈が慎重に聞くと、珠名はすと息を吸い、凛とした声で言った。


「居祈、夜が明けたらあなたは――神になる」

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