4-12 二階の貴賓エリア

(ねぇねぇ、よく見えないけど、おふたりはご一緒に、オークションに参加しているってことだよね? すごい! こんなドラマみたいなドラマチックなことってあるんだね!)


 ガベルの声がものすごく弾んでいる。

 なぜ、無関係なお前がそんなに喜んでいるんだ……と言いたいところだが、サウンドブロックは口を閉じる。

 なぜなら、とてもガベルが嬉しそうにしているからだ。


 キラキラと輝きを放っているガベルを見るとなにも言えなくなる。

 いや、あまりにもキラキラと美しい光沢を放っているガベルに、サウンドブロックは見惚れてしまったのだ。


(くそっ! ミナライ! 俺が修繕されている不在期間に、磨きの腕をめきめきとあげたな! ガベルが眩しすぎて直視できない)


 自分たちをとても丁寧に扱ってくれて、心を込めて磨いてくれる年若い見習いオークショニア。

 彼のおかげで、ガベルは今までにないくらい、素晴らしい色艶を帯びて、魅力的な光沢を放っている。

 

 ガベルはボクの女神様が輝いていると言っていたが、輝いているのはガベルの方だ、とサウンドブロックは思う。


(ねえ、ねえ。サウンドブロック! もしかして美青年様がボクの女神様をナンパしたのかな?)


 なぜ、そんなにガベルは浮かれているのか、サウンドブロックには全くもって理解できなかった。

 しかも、ずっと『ボクの』がついているのもひっかかる。


(う、う――ん? ナンパ?)


 ガベルの突拍子もない発言に驚きながらも、サウンドブロックは『黄金に輝く美青年』様が『黄金に輝く麗しの女神』様をナンパする図を脳内で思い描いて……途中で断念する。


 すごくカッコよくて毅然としている美青年様が、歯の浮くような芝居じみた臭いセリフを並べて女性をナンパするなど……全くイメージできない。


 うんうんと唸るサウンドブロックの隣で、ガベルは恍惚とした表情で二階を見上げている。


(よかった。純粋無垢なボクの女神様が、下心まるだしの貪欲な狼みたいな、つまらなくてろくでもない男に絡まれやしないかと心配したけど、美青年様なら、ボクの代わりにボクの女神様を、低俗な野郎の毒牙から護ってくださるよね)

(…………?)


 『黄金に輝く美青年』様が、誰の代わりに誰の『黄金に輝く麗しの女神』様を護るのかは、深く追求しないでおこう。

 とにかく、さっきから、ガベルの様子がおかしいのはゆるぎない決定事項だ。


 ガベルは、自分がいない間に泣きすぎて、体内の水分バランスがおかしくなっているのかもしれない。心が乾燥しすぎなんだとサウンドブロックは思った。

 心が乾いているときほど、オシカツにのめり込んでしまうらしい。


(ナンパ……ねぇ)


 サウンドブロックは頭をひねる。

 なにしろ、サウンドブロックには美青年様の姿しか見えないので、判断するには情報が不足している。


 美青年様は、たまにこちらを厳しい目で睨んでくるが、視線が外れると、とても柔らかい表情になっている。

 そのときの視線の先にガベルの女神様がいらっしゃるというのなら……少なくとも『黄金に輝く美青年』様は、『黄金に輝く麗しの女神』様に骨抜き……メロメロ状態だ。


 『黄金に輝く麗しの女神』様にベタ惚れなのだろう。

 過去にもそういうカップルをこの会場で見てきたので間違いない。


 見ているこちらが恥ずかしくなるくらいの、熱烈な視線を美青年様はひたすら相手に送り続けている。


 ただし、その視線の先にいるらしい女神様が、どういう態度でいるのかは謎だ。

 だが、ガベルの妄信的な実況を聞いていると、女神様は嫌がっているわけではなさそうだ。


(ナンパ……初対面……よりも、気心知れたみたいな? 付き合いの長い……関係? 身内……っぽいような?)


 美青年様の態度から、思いつく言葉をサウンドブロックは並べる。


 会場の入口でばったり出会って、ナンパされました……よりも、元々、面識がある者同士が誘い合ってオークションにやって来ました……というような気配をサウンドブロックは『黄金に輝く美青年』様から感じていた。


(え? それじゃあ、ふたりは兄妹なのかな? そういえば、髪の色が似ていたよね。兄妹だったら、なんで、ストーンブックの入札時に競り合ったのかなぁ?)


 ガベルの疑問はもっともだ。

 サウンドブロックもその点は気になっていた。


 落札金額を競り上げるために共謀したとは考えられない。なぜなら女神様がどっかんと非常識なくらい金額を一気にあげて落札したからだ。


(う――ん。ストーンブックのときは、偶然かな。ふたりが互いの参加を知らずに、別々でオークションに参加してたんじゃないのか?)

(なるほど!)

(で、最初に美青年様がコールしたけど、その後に、身内の女神様がコールしたことに気づいて、美青年様は競り合うのを辞めた……? 仮面をつけての参加だから、最初はお互いに気づかなかったんじゃないか?)

(サウンドブロックすごい! 名推理だ! きっとそうだよ! そうにちがいない!)


 ガベルに手放しで褒められ、サウンドブロックは恥ずかしそうにそっぽをむく。


(だったら、あのおふたりは、誘い合って今日のオークションに参加したんだね! ボクの女神様……とっても楽しそうだ。めちゃくちゃカワイイ! 見ているこっちまで……幸せをおすそ分けしてもらっているような、そんな気分になるよ)

(それは……よかったな。幸せをおすそ分けしてもらえて)


 二階の特等貴賓席に視線を固定したまま無邪気に喜ぶガベルを、サウンドブロックは複雑な気持ちで見守る。


 ボクの女神様を眺めてキャッキャと喜ぶガベルにモヤモヤするし、イライラもする。

 そして、なぜかムラムラするのは……美青年様の眼差しがとても熱くて、色っぽくて、そして、切ない色を帯びているからだろうか。


 それにしても……こんな遠く離れた場所から見ているのに、なぜ、美青年様の表情までわかるのか……。サウンドブロックには説明できる言葉が思いつかなかった。


 不思議なふたりだ。

 オークション開始までもうしばらくの間、特等貴賓席の様子を見ていたい。


(あれ?)

(どうしたガベル?)

(なんだかボクの女神様の様子が……ちょっと怒っているみたい?)

(そうなのか? 美青年様は……あれ? 困っているみたいだぞ)

(美青年様がボクの女神様を怒らせてしまったのかな?)

(その可能性は十二分にありえるな。ええと、アレだ。ニンゲンたちのレンアイ用語でいうところの、ジライヲフムってヤツだな)

(大丈夫かな?)

(どうだろう? なにせ、ジライだからな。きっとトンデモナイことになっているんじゃないか?)


 ガベルとサウンドブロックはそれぞれ違う意味でドキドキしながら、特等貴賓席の様子を観察するのであった。

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