人種差別を受けた主人、相手を拳でフルボッコにする①

 事件は高校二年の蒸し暑い夏に起こった。

大熊猫パンダは教室の黒板にデカデカと書かれている文字を見て、呆然と立ち尽くしていた。


『●●人、国へ帰れ!!』


 クラス中がざわつく中、大熊猫パンダは無表情で黒板を眺めていた。人はショッキングな出来事が起こった時、頭で理解するのに数秒を要するのだと初めて体験した瞬間だった。


「フゥゥ……」


 大熊猫パンダは深呼吸をした。そして、黒板に書かれている文字の意味を理解した途端、何かが自分の中で音を立てて切れた。


「なぁ……これ、誰が書いたん?」


 文字の癖を見て、誰が書いたのか分かってはいたが、念には念を入れて近くにいたラグビー部のKに聞いてみた。


 大熊猫パンダがブチ切れているのを見て、Kは引き攣った顔になっていたが、どちらが悪いのか明らかだったからだろう。「うちの部員のMや」と言い難そうに答えてくれた。


「俺らもさっき教室に戻ってきた所で、書いてる所は見てへんのやけど、クラスの奴からMが書いたって聞いたんや」

「そうか。ほんで? そのMはどこおるん?」


 低い声で聞くと、Kは気まずそうに教室の外に視線を向ける。教室の外に怯えた顔をして突っ立っていたMがいた。


「おい、M。これ、俺の事やんな?」


 大熊猫パンダが笑いながらMに近付いていく。Mは恐怖を感じているのか、顔が真っ白になっていた。


「M、もう一回聞くで。黒板に書いてるのって、俺の事を言うてる? このクラスで●●人とのハーフって、俺しかおらんもんな?」


 Mを見下ろす位置まで大熊猫パンダが歩み寄ると、「お、お前が……」と震えた声が聞こえてきた。


「お、お前がAちゃんと付き合ってるから……」

「Aと付き合ってるから? それがどないしてん」


 大熊猫パンダが更に詰め寄ると、Mは訳の分からない事を口にし始めた。


「お前がAちゃんと付き合ってるから、こんな事書かれるんや! ●●人のお前がAちゃんと付き合うなんて釣り合わんやろ! さっさと別れ――」


 Mの言葉が不自然な所で途切れた。大熊猫パンダがMの腹に思いっ切り蹴りを食らわせたからだ。


 Mは文字通り吹っ飛んだ。ゲホゲホッと咳き込みながら、廊下のど真ん中でダンゴムシが丸まるように蹲っている。


「ヤバイ、大熊猫パンダがキレたぞ!!」


 クラス中が騒然となる。女子生徒は一斉に教室から廊下に飛び出し、男子生徒はどうにかして止めようと様子を伺っていた。


 だが、大熊猫パンダは尋常じゃないくらいに怒り狂っているせいか、誰も近寄ろうとはしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る