第63話 謎の図書室
ヒュドラムは手に
「人族の口にするものが里には乏しくてな。葡萄酒でいいか」
緑髪の若者が並べた金杯に、ヒュドラム自らが注いでくれる。
「この者は風竜ヴィントだ。人語に長けているゆえお主らの世話をさせようと思うてな」
「皆さん、よろしゅう」
これまた美麗な微笑みを浮かべて挨拶をするが、リュクスの先ほどの話を聞いたからには、特に女性たちが警戒感を持つのは仕方がないことだろう。
「そう構えてくれるな。あの二竜はまだ若くての、人族の娘を見るのが初めてで少々浮かれておるのよ。大目に見てやってくれ、無体はせぬように言いおくゆえ」
「さあ、皆さん、どうぞ召し上がれ」
香りのいいワインと色とりどりのフルーツが並べられ、久しぶりの甘味に女性たちの顔が輝いた。
「じゃがな、竜の伴侶になれば何の憂慮もなく暮らせるぞ?子を
「そんなことを言いに来たわけではなかろう。さっさと要件を言え」
不機嫌を隠しもせずリュクスが口を出した。
「ふふふ、お主のそういう顔は珍しいの。まあ、そうじゃな、その娘への事情聴取と言ったところか。このヴィントは書庫の管理人でもあってな、同席させてもらうぞ」
「よろしくお願いしますね、美しい黒髪のお嬢さん」
「あ、はい…」
ヴィントは物腰の柔らかそうな人だ。隣でリュクスが黒いオーラを出しているけど、まずはマグノリアの、扉を利用した空間移動の魔法を理解してもらわなければならない。
マグノリアと不思議な図書室との出会いはおよそ七年前、彼女がヴァイスマン夫妻に引き取られてすぐ、トライコスに移住してきた頃まで遡る。
養父ラスが街の塔の管理者となったので、
一階はキッチンと居間、二階は夫妻の寝室と書斎、そして三階には小ぢんまりとしたロフト部屋があり、マグノリアはそこを居室として与えられていた。
家族を亡くしたばかりのマグノリアだったが、夫妻は優しく、トライコスも過ごしやすい街だったので少しずつ立ち直ろうとしていた。部屋からは街の中心部と、反対側には虹湖と周辺の森が見渡せ、マグノリアもその眺めを気に入っていた。
だが、気を張り、知らず知らずのうちに無理をしていたのだろうか、ある時、熱を出してしまった。治療を受け部屋で休んでいた夜、マグノリアは喉の渇きに目を覚ました。キッチンに行くには二階の夫妻の部屋の前を通らなければならない。二人を起こしたくない、という遠慮心から部屋のドアをキッチンと繋ごうという結論に至った。
ぼーっとする頭で魔法を発動する。目の端に光る何かをとらえた気もするが、熱のせいか深く考えもせずにドアを開けた。
『えっ?』
そこにいるはずのタンタンはおろか水道やカップボードもなく、薄暗く広い空間が広がっていた。目を凝らしてみるとどうやら本棚が並んでいるようだ。
『わあ、本がたくさん…でも、読めないわ。何て書いてあるのかしら』
見たことのない文字の羅列に目を瞬かす。
その時小さな光がふよふよと飛び立った。
『蛍?』
光はふと一冊の本に取りついた。頭の中に声が聞こえる。
『○▽%×&¥』
『え、何?』
『○▽%×&¥~!』
『わ、わかんない、あ、これ辞書、なの?』
『*△◎#-#-!』
小さな光はマグノリアの髪にうるさいぐらい付きまとう。
『わ、わかったわ、これも持って行くのね』
半ば強制的に何冊かの本を手に取らされ、もと来た扉を開けると、再び自室へと帰ってきた。そして気付く。
『あれ?嘘みたいに体が楽になってる…』
翌日からマグノリアは、暇を見付けては辞書を片手に、借りてきた本を解読する日々を送った。その間は家族を亡くした悲しさも少しは紛れる気がしていた。
一人暮らしを始めてからも、夜更けにこっそり屋根裏部屋に戻って来ては「謎の図書室」へ通った。
小さな光は相変わらずマグノリアにまとわり付いて、一つの時もあれば数え切れないほどの光が付いて来ることもあった。加えて、彼らはお喋りだった。
【なん読みよっとかい?】【また騎士物語読んじょるの?これも面白かよ】【うんにゃ、こっちん方が為になっと!】【てげてげでいいこっちゃ、こっち来て遊ばんか!】【そんげ騒ぎよっと竜んげどが来っどー!】【こら大変じゃ、こら!】
【うぜろしかい、落ち着いて読まれんじゃろが!】【わー、マグノリアが怒りよったー、
三年も経つとマグノリアも彼らの会話に加われるほどになっていた。
肌寒い日はブランケットや温かいお茶を手に、まるで自分の部屋のように寛いでいた。火の気は危険なので持ち込まないように気を付け、魔法の光を灯して様々な書物を読んだ。
マグノリアの薬草の知識も、ここ竜の書庫で得たものだった。
しかし、今から二年ほど前、塔の
それ以降、どんなに移動魔法を発動しようとしても「謎の図書室」には繋がらなくなってしまった。またあの小さな光たちも二度と現れることはなかった。
そういうわけで、その時借りてきていた本が返せずじまいになっているのだ。今は王都の部屋のクローゼットに保管してある。
これがマグノリアが体験した全てであった。聞き終わるとヒュドラムは、ふうむ、と唸った。
「なるほどの、そなたは妖精に魅入られそうになっていたのだな…」
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