第16話 罵倒渦巻く戦い

 私は震える足と手を気合で抑え込み、ソルダムさんに顔を向けている竜神に飛び掛かった。

 拳をぐっと握り締めて、竜神の顔を殴る!


「でりゃぁぁあ!!」

「ぐふ」


 岩を殴りつけたような痛みが拳に走る。

 竜神は短い呻き声を上げるも、顔を左右にブルブルと振るだけ。

 あの様子から、ほとんどダメージは無いっぽい。


 私はすぐさま後ろに飛び退き、ソルダムさんは私に向かって大声を上げる。


「無茶し過ぎだ! 竜神の肉体は雷撃を受けないかぎり強固なんだ! 雷撃を与えれば、肉体が弛緩して攻撃が通る。だからまずは、雷撃を与えないと!!」



 そう言って、ソルダムさんは左手に雷球を生んで竜神へと放った。

 それを竜神はひらりと躱す。巨体のくせに思いのほか素早い。


 竜神は黄褐色おうかっしょくの瞳で私たちを一瞥すると、夜空に向かい咆哮を上げた。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっぉぉおお!!」


 大地が鳴動する唸り――鼓膜の奥に痛みが走る。

 その痛みに私はたまらず両手で耳を押さえようとしてしまう。



 そこにエイの声がぼそりと入る。

「両手を下ろして、全身の力を抜く。来るよ」

「え? ――はっ!?」


 竜神は上半身を後方へ仰け反ったかと思うと、すぐさま顔を前へ押し出して口から光弾を打ち出した。

 私は体を捻り、無様に地面に転がりながらもそれを躱す。

 光弾は木々にぶつかり、万雷を束ねたような震盪しんとうを響かせて爆発した。


 私を抉られた地形を目にして、顔を青褪める。

「な、なによあれ……なんで恐竜がエネルギー弾みたいの出すのよ?」

「見た目は恐竜でも、一応は君が思い描いていた竜族なんだろうね。それにクニュクニュの力が加わり、力が増してる」

「冷静な分析ありがとう! エイも手伝ってよ!!」



 と、怒鳴っても、彼は軽く両手を上げるだけ。

 エイは竜神に意識を向けることなく、なんでか私を観察するように見てる。


(ふむ、少女があのような獣を前にして、あれだけ動けるとは大したものだ。だけど、やっぱりぎこちないな。せっかく肉体を強化しているのに、固さが邪魔をして生かせていない。気合とやらでねじ伏せているようだけど、恐怖が心にあるんだね)


「エイ、なに、私をじっと見て?」

「いや、今のでわかったと思うけど、あれとやり合うのは骨だよ。帰らないか?」


「ふざけんな! それはナツメさんを見殺しにするってことでしょ! そんな選択肢はないの!! ソルダムさん! 私が牽制するから何とか雷撃を当てて! 当てたら挟み撃ちだよ!!」

「了解だ!!」



 私は竜神の周りをくるくると走り回り、攻撃を仕掛けるような素振りを繰り返す。

 ソルダムさんは竜神の隙を狙い、雷球をぶつけるため剣を構えつつも、こっそりと魔力を左手に籠めている。


 エイは動く気ゼロ。

 ひたすら私を見てる。何だろうね、あいつ?


 何を考えてるかわからないエイは頭を軽くひねる仕草を見せた。

(う~ん、ユニの身を危険に晒すのは問題だが、この混沌とした状況は俺にとって好都合。事故に見せかけて……)



 彼は何やら思索に耽っている様子。

 よくわかんないけど、今は放っておこう。戦力に数えられない人を意識してても仕方がないし。



 一方、集落の人たちはいうと、手出ししてくる様子はない。ただ、私たちに向かって罵倒を繰り返すだけ。それがとっても鬱陶しい

 その声の中にはナツメさんのものも混じっている。彼女の声は私たちの近くにある分、鬱陶しいどころかイライラする。



 それでも私たちは罵倒を無視して、牽制は繰り返し、なんとか竜神に隙を生じさせることに成功する。

 そこにソルダムさんの雷球が飛び、竜神に命中――ここぞとばかりに私たちは竜神へ襲い掛かった!

「でりゃぁあ!」

「うらぁぁあ!!」


 私の拳が竜神の腹を捉える。ソルダムさんの剣が竜神の背中を捉える。

 だけど、拳は弾かれて、剣もまた弾かれた。

 雷球を受けて多少は柔らかくなったけど、私の拳とソルダムさんの剣は全く効いていない。


 ほとんど傷を負っていない竜神へ、私たちは大声をぶつけて絶望をかき消そうとする。

「まだまだぁ!」

「ああ、わかってる!」


 しかし、その絶望を消させまいとナツメさんの叫声きょうせいが邪魔をした。その中身はもちろん――罵倒。



「あははは、無駄よ無駄よ! 人間が竜神様に敵う訳がない! おぞましいあやかしの装束を纏うあなたも、村を捨てたソルダムも竜神様の神罰を受けるのよ!!」


「イラッ――うるさいな! それにこれはあやかしの服なんかじゃない! 学生服だよ! ソルダムさん、雷球をもう一度!!」

「そうだな! 魔力が底つくまで竜神にぶつけてやる!!」


「愚かな人たち! 人間ごときじゃ神に敵う訳がないのに。さぁ、こうべを垂れなさい。そしてその首を差し出しなさい! 矮小わいしょうなる存在め!!」


「イライラッ――同じ場所を攻め続けよう!」

「一点突破ってわけか! 了解だ!!」



「浅知恵! キャハハハ、無様ね。醜く踊るだけしかできないのに、いつまであがき続けるの? この冒涜者たちは!」


「もう、さっきからうる――」

「ユニ! 尻尾だ!!」

「へ?」


 ソルダムさんの声が飛ぶ。私の両目には、丸太のように大きな尻尾が映る。

 それを目にして体は動かず、思考だけが走る。

(ダメ、避けられない)


 両手で自身を庇うこともできず、呆然とする私の目の前に、影が立つ。

「ユニ!」


 影の正体は――――エイ!?

 エイが私の前に立って、鉄柱のような固さを誇る尻尾を受け止めた。



 だけど勢いは殺し切れず、私は吹き飛んだエイの背中に押され、二人まとめて地面に転がり続ける。

「きゃああああ!」

「ぐぐぐ!!」


 数メートルほど吹き飛び、私は痛みの走る頭を押さえて、ふらふらと立ち上がり、エイに声を掛けた。

「エイ、どうして……?」

「君に怪我をさせるわけにいかないからね。いや、怪我をさせてしまったか……」


 彼は目を細めて、申し訳なさそうに私の頭を見た。

 私はジンジンとした痛みが広がる頭に触れて、指を動かす。

 ずきりとした痛みと同時に、指先に伝わるぬるりとした生暖かい感触。

 

 手を放して、指を見る。

 指先は真っ赤に染まっていて、どろりとした赤いものが手のひらに這う。


「怪我? 血? 嘘?」

「ユニ、傷口を見せてくれ。大事はないと思うが念のために」


 エイは地面に倒れたまま、苦しそうに上半身だけを起こす。

 どうみても、彼の方が大きな傷を負っている。

 私は指先の血を振り捨てて、彼を抱きかかえようとした。



 しかし彼は、小さく片手を上げて拒絶の意思を見せた。


「だ、大丈夫だ。これは強化ボディだからね」

「でも、痛そうだし……」

「たしかに結構な衝撃だったよ。ボディが万全なら、あの程度問題なかったんだけどな。おかげさまで衝撃が内部に浸透して、ちょっときつい。だが、それだけだ」

「ボディが万全? 壊れてたの?」

「ほら、ここに来る前に、君と手合わせみたいなことをしただろ。その時にちょっとね」


「そんな……じゃあ、私のせい」

「いやいや、俺の判断ミスだ。念動力サイコキネシスを使えばいいものの。とっさに身を挺して庇うなんていう、愚かな真似をしてしまった。リアンに笑われるな」

「全然愚かじゃないよ。ありがとう、エイ」

「ふふ、どういたしまして。だけど、俺にばかり気を掛けない。竜神がこちらを窺ってる」



 彼の言葉を受けて、私はすぐに後ろを振り返った。

 ソルダムさんが一人で竜神を相手にして、私たちに危害が及ばないように奮闘している。

「ごめん、エイ。行かなくちゃ」

「いや、それよりもそろそろにげ……」

「ん?」

「なんでもない、気をつけて」

「うん、わかってる。エイは休んでて。もう、油断なんてしない!」

 


 私は苦しそうに横たわるエイの姿から瞳を外し、痛みの走る頭に手を置いて、血を纏う手のひらを見つめる。

 そして、血の色に染まった赤黒い瞳を竜神へ向けた。


(くそトカゲ。よくもやりあがったな。絶対、ぶっ飛ばす!)



――――エイ


 エイはユニが纏う赤黒な気焔きえんを目にして、薄らとした笑みを浮かべた。

(フフフ、逃げるという選択肢を選ばず、いや、思いつきもせず戦いを望むか。さすがは暴虐の化身。だから、このまま彼女を戦わせよう。日本に住んでいるかぎり、味わうことのない過剰なストレス。それが彼女の本質を剥き出しにする。そこに魔法という力が合わさった時、ワレワレが求める進化の一端を見ることになるだろう)

 

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