第14話 未来に声を届けて

 ソルダムさんに突きつけた、単純明快すぎる二択。

 そうだってのに、彼は答えを迷う。


「え、あ、どっちと言われても……」

「なんでそこでスパッと答えないの? それとも何? ナツメさんに思いが届かなかったから、見殺しにしてもいいと思ってるわけ!?」


「そ、そんなわけないだろ!!」

「だったら答えは決まってるよね!」

「だ、だけど、ナツメは俺なんかに助けられ――」

「だから、そんなのどうでもいいんだって! ここで助けなきゃ終わりなんだよ。ナツメさんに未来はない! 閉ざされるの!」

「それは……」


「たしかに助けても、ナツメさんがソルダムさんを恨み続ける未来なんていう、最悪の未来が生まれるだけかもしれない。でも、別の可能性だって生まれる。それは思いを受け入れてくれる未来かもしれない。受け入れてくれなくても、ナツメさんが天寿を全うして、幸せな人生を歩める未来かもしれない。それらを消し去りたいの!?」


「それは、それは……嫌だ」

「もっと、はっきり言って! そんな小声じゃ明日には届かないよ!!」



「――っ!! あああああ、嫌だ! 嫌に決まっている。彼女を助けたい! 終わりなんかにしたくない!! たとえ俺の気持ちを受け入れられなくても、彼女を失った未来なんか望んでない!!」

「よ~し、それでいいの! 今はナツメさんに恨まれていても、生きてれば心変わりする可能性だってあるしね。だから今は、相手の気持ちなんか蹴っ飛ばして、自分の気持ちだけを見て――助けよう!!」



 ソルダムさんは私の言葉に力強く頷き、ナツメさんの足枷に結ばれている縄を切るために剣を抜いて、彼女に近づく。

 そんな彼に、ナツメさんは罵倒を浴びせ始めた。


「近づかないで、背教者! 私はそんなこと望んでいない! 私は竜神様と一体となって神になるのよ! このような崇高な思いを、あなたの自分勝手な思いでけがさないで!!」



 彼女の声に、ソルダムさんの歩みが鈍る。

 やっぱり、愛する人から拒絶されるというのはきついみたい。

 だから私は、彼の背中を押すように言葉を漏らした。


「私のお兄ちゃんが言ってた。選択肢に悩んだときは自分がやりたいことを選べって。悩みは心を複雑化して、混乱に陥れてしまう。だから、心の奥底に眠る気持ちに寄り添えって。半端な心に耳を傾けるなって。ソルダムさん、あんたの望みは?」


「俺の望みは……ナツメの心を手に入れること……だった。それは叶わなかったけど、死んでほしくない。だから、それに……それだけに思いを傾ける。ナツメ――君の思いをけがす! 恨んでくれても構わない。俺は、君を助ける!!」


「や、やめてぇぇえぇえぇぇぇぇ!!」



 ソルダムさんは剣を振りかぶり、縄へ振り下ろそうとした。

 そこに、皺枯れた男性の声が飛ぶ。


「やめるんじゃ!!」

 

 この声に驚いたソルダムさんの動きが止まる。

 私もびっくりに跳ねる心臓へ右手を当てながら、声がした方向に顔を向けた。


 そこには、集落のおさチェリモヤおじいさんと、弓をつがえた複数の男たち。

 おじいさんはソルダムさんや私たちを睨みつけて、声に怒気を乗せた。


「捧げの場から何やら騒ぎ声が聞こえると思って戻ってきたら、一体どういうことじゃ!? ソルダム! お客人!?」



 この問いに、私はおじいさんや男たちを瞳に収めながら悪態をつく。それにエイが冷静にツッコんできた。

「もう、ナツメさんが大声を出すから!」

「いやいや、一番大声を出してたのは君だろう」


「うっさいな。というか、なんであんた他人事なの。ずっと黙ってるし」

「いや~、盛り上がってるから邪魔しちゃ悪いかなって。それはそうと中々の見ものだったよ。稚拙な論理だったけどね」

「無関係気取らないでよ。おまけに言葉に棘まで仕込むし」

「そうは言っても、俺はナツメに興味ないからね。そもそも、現地の文化や風習に口を出すべきじゃないというのが、俺の立ち位置だし」



「貴様ら!! ワシの言葉を聞いておるのか!? なんつもりで儀式をけがしたのじゃ!!」


 おじいさんが大声を上げて怒鳴り始めた。

 お年寄りは短気で困る。老い先短いからかな?

 でも、近所のおじいさんはのんびり屋さんだから人によるのかな?


 私はおじいさんへ向き直って言葉を返そうとした。だけど、それよりも先にソルダムさんが大声を上げる。


「こんな馬鹿げた儀式を止めさせようとしたんだ!」

「ば、馬鹿げたじゃと? 連綿と受け継がれてきた神聖な儀式を! これだから村捨て人は!」

「フンッ、おさたちは外の世界を知らないからな。お前たちが崇めている竜神なんて、外の世界じゃ獣の一種なんだぞ」

「け、けもの……言うに事を欠いて、神であらせられる竜神様を獣扱いとは! この不信心者め!」



 チェリモヤおじいさんの激情に合わせるかのように、弓をつがえた男たちの手に力が入り、つるがギリギリと鳴く。

 それを見たソルダムさんは私やエイをちらりと見ると、剣を鞘に戻して、諦めを表すように頭を横に振った。

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