第12話 迷ったときは自分の心に素直に

――――山の中をかき分け、生贄の少女ナツメが捧げられる場へ向かう。



 木々が乱立し、地面のそこかしこに木の根がのたうち回る道なき道を進む。

 こんな険しい道を歩いているのに、あまり疲れた感じはしない。

 たぶんそれは、手首に付けている肉体強化の道具・シャムシャムのおかげ。


 私はカサカサに乾いた木の表面に手のひらを置いて呟く。

「集落キワノに来る時も木々が乾いてたけど、雨が降ってないから乾いてたんだ」

 誰に宛てたわけでもない独り言を漏らしつつ、先頭を歩くソルダムさんへ顔を向けた。


 彼もまた、険しい山の中を歩いているのに疲れた様子を見せていない。

 私のように道具をつけているわけでもないのに……ナツメさんのために頑張って鍛えたんだろうな。

 でも、そんな逞しいはずの彼の体が僅かに震えている。

 それはナツメさんが居る場所へ近づくたびに、大きくなっているようにも思えた。

 私はソルダムさんにそっと尋ねる。



「やっぱり、怖いの?」

「え?」

「震えてるように見えるから……」

「ああ、そうだな。幼い頃から神と崇めていた存在に戦いを挑むわけだからな。怖くないと言えば嘘になる。だけど、この震えには怒りも交じっている」

「怒り?」


 問いに彼は足を止めて、すっと息を吸うと、次に吐き捨てるように息を漏らした。

「はっ、あれは神なんかじゃない。ただの獣だ。里を出て、俺はそれを知った。竜と呼ばれる獣が存在することを。そしてそれを、人間が討伐していることを。そう、あれはただの獣。人間でも殺せる獣! そうだってのに!」


 彼は横にあった木の幹を拳で殴りつけて、怒りを発露する。

「俺たちは神だと思い込んで生贄を捧げ続けていた! 俺が幼った頃、優しかったマリメロさんも嘘っぱちの神に!! あんなのに生贄を捧げたって意味がない! 捧げた後、たしかに雨は降った。だが、それはたまたま! だってのに、あの頃の俺は、マリメロさんの犠牲に竜神が答えてくれたと思い込んで、感謝していた! くそったれ!!」



 木の幹に打ちつけたソルダムさんの拳はキシキシと鳴き、彼の心の嘆きを表す。

 怒りと後悔に打ちひしがれる彼を横目に、私はエイに話しかけた。


「ねぇ、エイ。竜神は神様じゃないけど、クニュクニュのおかげで奇跡を起こせてるんだよね?」

「そうだよ。クニュクニュが竜神と人間の契約の中核となり、竜神は人間が生贄を捧げないかぎり人間を襲えない。人間は生贄を捧げることにより、雨を得る。そういう関係が出来上がっている」


「ある意味、野放図に竜神が行動するのを縛っているんだ。そして、雨まで降らす、と」

「大局的に見ると、かなり人間側に有利な契約だね」

「う~ん、ってことは、私たちが竜神からクニュクニュだけを奪うと契約は失われ、竜神は人間を襲い始めるし、今後乾季で困ったときも雨が降らなくなるってこと?」

「そうなるね」



 私は顔の半分を右手で隠して、軽く頭を左右に振る。

「竜神をきっちり倒せば今後の犠牲は出ない。でも、どのみちクニュクニュは私たちが持ち去っちゃうから、集落に雨が降らず困る……どうしよう、エイ?」

「クニュクニュが無ければ、俺たちはこの星から旅立てない。君も地球には帰れない。答えは出ている」


「いや、出てないよ。キワノの人たちは困るんだよ。それなのによそからやってきた私たちのせいで……あんたたちの法律でも、それは駄目なんじゃない?」

「クニュクニュは貴重物質だから、回収に関しては多少の介入は問題ないよ」

「なんてご都合で勝手な法律……」



「どれだけ文明が進もうと、宇宙の基本原則は弱肉強食。強者がルールを決める。覚えておくといい」

「地球人を未開人扱いする癖にやってることは同じじゃない!」


「俺たちは問題に対して君たちよりも理知的に対処し、割り切ってるから全然違うかな」

「なんかムカつく返し。だったら、クニュクニュは持っていく代金みたいな感じで、あんたたちの技術で雨を――」

「法に抵触するから無理」


「勝手に持っていくのはいいのにその代償は払わないとか、盗賊じゃない!」

「クニュクニュは非常に危険な物質なんだ。扱いを間違えば、一つの星系すら消すこともできる。そのようなモノを、未熟なしゅに管理させるなんてできない。例えばだけど、赤ん坊が包丁を持っていたら大人は取り上げるだろ。それと同じこと」



 エイはにこりと笑い、穏やかな青色の瞳に私の姿を映す。


 木々から零れ落ちる光が黄金の髪をキラキラと輝かせて、彼の美しさを一層際立たせているけど、その中身は銀色の肌におっきい真っ黒なお目目をしたグレイっぽい宇宙人。

 地球人やキワノの人たちを見下す心は何にも変わんない。


 私はこれ以上何を言っても無駄だと思い、鼻息を飛ばしながらそっぽを向いて口を閉じた。

 すると、閉じた私の代わりに彼が言葉を発する。


「ユニ、君はどうしたんだい?」

「え?」

「キワノの人々のためにクニュクニュの回収をやめて、地球への帰還を諦める?」

「それは……」



 私が地球へ帰るのを諦める。キワノに雨が降る。

 諦めない。キワノは困る。


(どうしたら……? そうだ、選択に困ったときはお兄ちゃんがこう言ってた)



――どちらか一方を選ばないといけないなら、目的を固定して自分が一番望むものを選びゃいいよ。そういう選択ってのはどっちを選んでも後悔するんだから。望むものを選べ。あとは知らん――


(ひっどい雑な話だけど……答えが出ないなら、自分が望むものを一番に。私は――)



 私は小さく息を吐いて、エイに答えを返した。

「地球へ帰ることが最優先事項。クニュクニュは絶対に手に入れる」

「キワノは見捨てる?」

「それはクニュクニュを手に入れてから考え――あ、そうか!」


 私はポンっと手を打った。それをエイが興味深そうに覗き込んでくる。

「おや、何か良案でも?」

「うん! エイよりも早く、私がクニュクニュをゲットすればいいんだ」

「はい?」


「私がクニュクニュを手に入れて、あんたたちを脅す。集落の乾季問題を何とかしろ。そうじゃないとクニュクニュはあげないって」

「……あのね、俺たちにクニュクニュを渡さないと君は帰れないんだよ?」

「帰すように脅す」

「だから――」


「宇宙は弱肉強食なんでしょ? あんたたちには、私を帰さないといけない法律が存在する。私はそいつを最大限に利用して、あんたたちを脅す。法律違反になるぞってね! 力や技術じゃ勝てないけど、道理だと私の方が強者だよね?」



 私はしてやったりと、にやりとした笑みを浮かべる。

 するとそれを見たエイは悔しがるかと思いきや、軽い笑いを零す。


「フフ、稚拙だけど面白い。それじゃあ、クニュクニュは俺と君との争奪戦になるね」

「お、話に乗る気ね。ふふん、負けないんだから……………………ところで、エイ?」

「なんだい?」


「クニュクニュってどんな色と形をしてるの? それがわかんないとどうしようもないんだけど?」

「それ、競争相手に聞く質問?」

「競争はフェアな精神で行こうよ」


「何ともいい加減な少女だな。わかった、道すがらソルダムに気づかれないように君に映像を見せるよ」

「ありがとう、エイ! よし、どんな手を使っててでもエイを出し抜くぞ~」

「え、あれ? フェアな精神はどこに行ったのかな……?」

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