第9話 生贄なんて認められない

 エイにナツメさんを観察していた理由を尋ねる。


「ねぇ、エイ。さっきなんでぼーっとナツメさんを見てたの? 惚れた?」

「そんなことあるわけないじゃないか。あれはクニュクニュの生成過程の観察をおこなっていたんだ」

「はい?」


「心の力の結晶であるクニュクニュは貴重物質であり、その生成過程が不明なんだ」

「それじゃあ、その過程を調べるためにナツメさんを見てたの?」



「その通り。だけどやはり、そう簡単にはわからなかったよ。ただ、竜神と呼ばれる存在とナツメ……いや、この村と竜神の間には、ある種の契約関係が結ばれていて、それによりクニュクニュが竜神の腹に収まっているという予測は立てられたよ」

「契約? 竜神の腹?」


「ある一定の対価を払い、願いを叶えるという契約……村人の信仰という名の心が結晶化して竜神の腹に宿り、神と呼ばれる力を行使する。これはクニュクニュが生成される過程でよくあるパターンだ。まぁ、なんでそんなことでクニュクニュが生成されるかはわからないんだけど」



「待って待って! 神と呼ばれる力って……じゃあ、その竜神様って、生贄であるナツメさんと引き換えに、雨を降らすことができるって言うの?」


「ああ、量は少なくともクニュクニュを宿しているなら、それくらい可能だよ。実際は竜神が願いを叶えているんじゃなくて、にえになる少女が命を失う間際に放つ強い思いにクニュクニュが反応を示して、雨を降らせているって感じだけど」

「じゃあ、竜神って、ただ、女の子を食べてるだけ?」



「そうなるね。彼らは神と呼んでいるけど、その正体はただの獣。クニュクニュを媒介にして強靭的な力を手にしているけど、人間たちの信仰と言う契約に縛られて、あるがままに欲望を振る舞えない哀れな存在」


「ってことは、クニュクニュのおかげで無秩序にその獣から襲われずに、定期的に訪れる乾季も乗り越えられているというわけなんだ」

「少女を一人犠牲にすることでね」

「ふ~ん、なるほどねぇ……」



 私は腕組みをして、その場をぐるぐる回る。

 しばらく歩いて、エイに疑問を投げかけた。


「クニュクニュありきの奇跡ってことだよね?」

「そうだね」

「んじゃ、契約内容を変えることができれば、にえなんか出さずに雨だけを降らせるんじゃ?」

「どうやって?」


「捧げ物を人間じゃなくて、何か別の物にして願い、その思いをクニュクニュに伝え、成就させるとか?」

「それは無理だね」

「どうして?」


「これは長い年月をかけて、生まれた慣習であり、これが契約として成立してるからさ。神を崇める信仰心。にえを捧げるという犠牲心。そこから生まれる強い思いがクニュクニュを生成して、それにより奇跡を起こす機構。少女の苦痛と断末魔の中に含まれる村への思いがクニュクニュに伝わり、引き起こされる奇跡というわけ」



な奇跡。じゃあ、どうすれば……」

 私は鍵型に折った人差し指の背をカリッと噛む。

 それをエイが不思議そうに見つめる。


「ふむ、その様子だと、ユニはナツメをにえにしたくないのかな?」

「それは当然でしょう」

「当然? それは今日出会ったばかりで、何の思い入れもない存在に対して抱く気持ちなのかい?」

「あのさぁ、目の前で理不尽に命をなくそうって子がいるんだよ。何とかしてあげたいと思うのが普通じゃん」


「それはつまり、彼女のためではなく、自分のためということかな?」

「違うよ! こんな理不尽――」

「理不尽ではないよ。一人の犠牲で雨が降る。これ以外、水不足の解決方法がない状況では、非常に理に適った行為だ」

「うぐっ、そ、そうだけど……でも、でも……うん、そっか、うん……」



 私はエイが返してきた言葉に対して、返答をきゅうしてしまう。だから代わりに、彼の言葉を飲み込むことにした。

「うん……よし、自分のためでいいや!」

「え?」

「私が嫌な気分になるから、助ける」

「ほぅ……予想外の答えだ」

「それにさ、人間、突き詰めると自分勝手な生き物だってお父さんが言ってたし。良いんじゃないかな?」



 そう、答えを出すと、エイは薄く笑みを浮かべた。

「フフ、他者の意思を無視しての深い介入。地球人の価値観と照らし合わせた場合、この行動は否だが……」

「ん、どったの?」

「いや、大したことじゃないさ。あ、そうそう、君の行動は彼らの文化を壊すことになるよ。それは理解してるのかな?」


「悪習は無くすべきだよ」

「それは、その星の住人が行うことだよ。そうじゃないと、成長は望めない」

「十四歳の女の子にそんな大層な話を求められても困る。だから考える気ないし」

「……なんともはや、不用意に、他の惑星に介入するのは違法なんだけどなぁ」


「それはあんたたちの法律。私は関係ないし」

「そうか、それじゃ君一人で何とか――」

「エイは私を地球まで無事に送り届ける役目があるでしょ。だから、私が危険な目に遭わないように協力してね!」



 私はエイにとびっきりの笑顔を見せてあげる。

 すると彼は、眉をひそめてあからさまな困り顔を見せた。

(事前調査でわかっていたが、想像以上の跳ねっ返りだな。でも、詰めが甘い。君の安全確保のためなら、君を拘束するという選択肢がある。しかし、中々面白い……フフ、リアンに小言を言われちゃうかな?)


「わかった、協力はしよう。でもね、こちらもこちらの法を破るわけにはいかない。だから、最低限のサポートしかできないからね」

「よし、話は決まった! でも、その前に…………ずっと、私たちを見張ってるけど、何の用!?」



 私は木々の合間にある茂みを睨みつけて、強い言葉を吐いた。

 するとそこから、緑の短髪を持つ二十歳はたちくらい青年が現れる。

 彼は集落の人たちと違って、洒落っ気のある騎士服に身を包み、長剣を腰に差していた。

 顔立ちは中々だけどちょっとごつく、そこには力強さを感じるけど、同時にやぼったさも醸す。



 その彼が太めの声で話しかけてきた。

「気づかれていたのか?」

「気づくも何も、こそこそしてても集落の人とは違う格好で目立つからね。あんたは一応、集落の人……なんだよね?」

「ああ、この集落出身の人間だ」

「ん? なんか含みのある言い方」


「五年前に集落の掟を破って飛び出したんだが、一年前に戻って来たんだ。だけど、キワノの連中は一度外に出た人間を良く思わなくてね……」

「村八分ってやつ?」

「そういうことだ」

「ふ~ん」


 私は改めて彼を観察する。

 集落の人たちとは違い、洗練された衣服。よく見ると、手首にアクセサリー。いかにも都会帰りって感じが出てる。

 そして、『キワノの連中』という物言い……。



 私はエイに声を立てる。

「村をきらって出て行った人間が戻って来た。でもその人は、自分は都会帰りですと言う格好を見せつけて、さらにはキワノの連中と切り分けて、俺はお前らとは違うぜ的な雰囲気を出してたら、嫌われて当然なんじゃないのかな?」

「し~、そういうことはもう少し小声で! 聞こえるから!」


「あ、あの、聞こえてます……ま、まぁ、たしかに都会を知った俺はちょっと調子に乗っていた頃もあったけど……だ、だからって、仲間外れにする理由にはならないだろ!!」


「う~ん、案外仲間外れってそういうところから生まれるもんだよ。集団生活の中、異端者は消せが基本だし」

「それは……」

「だけど、理由なっても実際おこなっちゃダメだよね」

「そうだよ、それ! まさにそう!!」


 彼はビッと人差し指を差して語気を強めてる。

 なんだか間が抜けてそうな人。

 私は軽く肩を上げて、彼に問い掛ける。

「それで何の用なの? 名前は?」

「ああ、そうだったな。名はソルダム」

「私たちは――」

「ユニにエイだろ。名は聞こえていた。そして、先程の会話も……」



 ソルダムと名乗った青年は私とエイに顔をまっすぐと向けて、私たちの姿を緑色の瞳に収める。

「所々よくわからない部分もあったが、お前たちがこの村の慣習に否定的なのは理解できた。だから、力を貸して欲しい」

「力を? 具体的には?」

「彼女を……俺は彼女を――ナツメを救いたい! それに力を貸して欲しい!!」

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