日常

すみはし

日常

「やあやあ、おはよー!」


通勤時、二つ目の曲がり角。汚れた交通安全の看板が目につく。信号のない横断歩道が見える頃に聞こえるいつもの声。


「今日も好きだよー!」


よく通る声で叫ぶものだからご近所にも知れ渡ってるんじゃないだろうか。

けれど最近それすらも慣れてしまったことに自分でも驚く。

『普通』を求める俺なのだがこの言葉自体が『普通』になり始めているのは非常に危険だ。


「煩い、軽々しく好きとかいうなっていつもいってるだろ」

「じゃーどうやったら振り向いてくれる?」

「いったろ、俺はガキは好きにはならないって」


そう、その正体は社会人になって疲れ始めた俺とは対照的で酷く若々しい中学生の女の子。

年齢差は10歳差だぞ? どう考えても『普通』じゃない。

隣に住んで小さい頃から面倒を見ているうちにかなり好かれてしまったらしい。

健全で普通な社会人であるべく、会社のマドンナなんて呼ばれる女の子に憧れの想いを馳せてこれが恋かとときめいたりするべきだ。


「だってさー、一度目真剣に告白してダメだったでしょー?じゃあもうこれは刷り込みでだんだん好きにさせるしかなくない?」

「人の話を聞け馬鹿」

「えー聞いてるよー」


もはやこのやり取りはテッパンで、この後特になにか言うでもなく自然と横につけて会社ヘと歩くのだ。


「聞いてるなら尚更。

だいたいこんなののどこがいいんだよ」


おっと、いらんことを言ってしまった。時既に遅く、顔を見ればにんまりと笑って、口を開く。


「えーっとね、優しいとこと、かわいいとこと、笑ったときに細くなる目と、照れたときに口が緩むとこと、意外と怖がりなとこと………」


ずらずらと並べ立てられた止まりそうもない言葉の羅列。

ここまで好かれていることを幸運に思うべきなのだろうかと真剣に迷う。


「うん、もういい。わかった」

「じゃあ付き合おーよ」

「断る」

「嫌い?」

「別に」

「じゃあよくない?」

「駄目」

「キミはさ、カタいんだよ。もうちょっと軽く考えてもいーんだって」

「何に対して?年齢?交際?」

「どっちも」

「そんなこと無いと思うけど」


そんなこと、ない。世の中には結婚を前提としたお付き合いしか認めないだとかいう人もいるが、そこまで硬派な考えは持ち合わせていない。

ただお互いが好き合うような人と付き合いたいだけだ。流されて、なんていうのは少なくとも俺はごめん被る。


「まぁ、それでこそキミだから良いんだけどね。

私、諦めないよ?」

「諦めろ」

「やだ。いつかさ、振り向いてね」

「………断る」


流されてるわけじゃ、ない。

だんだん絆されてるわけじゃ、ない。



俺が振り向くまであとーー日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日常 すみはし @sumikko0020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画