残光

燦々東里

卒業式

 桜の花びらが舞っていた。陽光を受け、一つ一つが宝石のように輝いている。彼女の髪の毛と私の間を通るそれは、彼女をこの世のものとは思えないほどの美しさに引き上げていた。宝石をまとって輝く彼女は、とてもとても遠いはずで。とてもとても近い。

「こっち、早く早く」

 彼女が振り返って笑う。髪の毛も、制服のスカーフも、短いスカートも、一緒になって揺れる。

「うん」

 私は彼女から目を離さないまま、少し頷く。私の長い髪も、揺れる。

 私の手首を掴む彼女の手に力がこもる。彼女と私は駆け足で校庭を抜け、校内で一番大きな桜の木の下までたどり着いた。

「体育館はあっちでしょー、だからぁ……」

 彼女が呟く。細いが柔らかく、甘さも持った声だ。もしかしたら甘さは私の前でだけ足されるかもしれない、などと、自惚れたことを考えてみる。

「ほら、ねっ、ぼーっとしちゃだめ」

「ごめん」

 目の前に頬を膨らませた彼女がいる。彼女が私の腕を引く。導かれるまま桜の幹の裏手に回る。ちょうど体育館の死角だった。

 彼女はスカートのポケットからハンカチを取り出し、地面に広げる。尻を撫でながらスカートを整え、ハンカチの上に行儀よく座る。私はスカートを軽く整えて、そのまま地面に尻をつけた。

 彼女が私の仕草を見て、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「その顔、生意気」

 私は彼女の頬を両手でつまむ。

「やーん、あたしの美貌が崩れちゃうよぉ」

 彼女が軽く抵抗しながら、不平を漏らす。

「大丈夫。どんな顔でも一番かわいい」

 つまむのをやめ、指先で頬を優しく撫でる。彼女は素直に頬を染めた。それから見せた笑みは、背徳感に妖しく彩られ、得も言われぬ様相だった。

 頭上の桜が風でさわさわと音を立てている。耳を澄ますと、桜の歌に紛れて、体育館の方から微かに声が聞こえた。

「今は卒業生入場くらいかな」

「わかんなーい」

 私の言葉に彼女はあっさり答える。悪いことだと自覚しつつも、まるで罪悪感を抱いていないかのように見えた。そもそも卒業式を抜け出そうと提案してきたのは彼女なので、そういうものかもしれない。

「あたしはここでこうしてたい」

 彼女は私の肩に頭を乗せ、長く息を吐く。安らぎと安堵の吐息だった。口元が緩む。

「うん」

 知らず漏れた私の声は、桜の花弁のように可憐で甘い響きをしていた。

 おもむろに彼女の膝の上に置かれた手を取り、細い指を一本一本撫でてみる。指と指の間に私のそれを差し込み、絡めたまま握る。彼女はされるがままになりながら、胸の前に垂れた私の髪の毛を手に取り、そっと匂いを嗅いだ。肩にもたれたままでも彼女の鼻先に届くほど、私の髪は長い。彼女は心地よさそうに目を閉じる。長いまつ毛が木漏れ日を受け、きらめいている。

「ね、あのさ」

 彼女の手を握る手に力を込める。すぐに抜く。繰り返す。

「んー?」

 彼女は髪を顔から少し離し、頬を私の肩にすり寄せる。

「髪、切りたいんだよね。短く」

 何気ない風を装って、声を出す。

「いいねぇ」

 彼女も何でもないようにそう言った。

 私は舌で唇を湿らせ、小さく息を吸う。やがて口が半開きになるが、言葉は何も出てこなかった。左手で肩にある彼女の頭を撫でる。彼女は頭を上げ、それから逃れた。驚いたのも束の間、彼女は私の顔を真正面から見据える。

「どんな髪型でも君は君だから、あたし、大好き」

 そう言って笑う彼女の鼻に、桜の花びらが落ちてくる。いっそ間抜けとも取れる顔のはずなのに、私にとってはこの世で一番の美しさに見えた。

 衝動的に彼女の体を引き寄せ、その柔らかな体を抱きしめる。花のような甘い香り。静かな鼓動。温かな体温。

 深いつながりなんてなくていい。ただ、ただ、こんな時が続けばいいのにと、そう思った。






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