第39話 雨と晴れ


 その内に、毎日働いているマリアローズであるが、この日は久しぶりに休暇を得た。

 ――本日は、雨だ。

 雪ではないし、霙でもない。雨特有の肌寒さはあるが、凍てつくような寒さとは異なる。木々には花の蕾が見え始め、やっと春の気配を身近に感じ始めた。


「ほとんど雪も融けたわね」


 私室でマリアローズは窓辺に立ち、ガラスに手で触れていた。

 しとしとと降る雨が、すぐ下に見える庭園の緑を濡らしていく。雲の色は、濃い灰色だ。


『また新しい春だね』

「ええ」


 《魔法の鏡》の言葉に振り返ったマリアローズは、そちらへと歩みよる。そして己の姿が映ったのを確認しつつ、《魔法の鏡》に問いかけた。


「あなたも結婚式に招待したいのだけれど、運んでもいい?」

『僕は後宮からは動けないからね、運ぶのは無理だよ』

「そうなの? 残念ね……」

『でも、大丈夫。僕は遠くからでも、きちんと二人が幸せに式を迎えるところを、感じ取ることが出来るから。歴代の国王と正妃の式の全てを、僕は見てきたんだ』

「まぁ、そうなの?」


 マリアローズは驚いたものの、《魔法の鏡》は不思議な存在なので、そういうことも可能だろうと考えた。大切な親友に、見てもらえるというのは、とても嬉しいことでもある。


『マリアローズ、とびきり幸せになるようにね』

「ええ、約束するわ。私は、私自身とハロルドを幸せにする」

『その意気だよ。幸せは、自分の手で掴みに行くのが、僕もいいと思うんだ』


 この日マリアローズは、久しぶりにゆっくりと、《魔法の鏡》と話をして過ごした。

 考えてみれば《魔法の鏡》を受け継いだことで、今の自分があるようにも思う。いいや、ハロルドの母である前正妃様をはじめ、皆のおかげだと、マリアローズは考え直した。




 翌日は、打って変わって快晴だった。

 ハロルドの執務室において、マリアローズは紅茶を飲んでいる。今日はマリアローズの方が早く仕事が片付き、ハロルドの方が唸りながらペンを手にしている。こうして見ていると、執務に真剣に取り組むハロルドの姿は、確かに格好いい。文官をはじめとした城の者が見惚れる気持ちが、やっと分かってきた。外見だけではなく、その仕事に臨む姿勢が目を惹くのだろう。


「なんだ?」

「あ、ううん。なんでもない」


 視線に気づいたハロルドに問いかけられ、マリアローズは曖昧に笑って誤魔化した。

 そしてカップの中身を飲み干して立ち上がる。


「今日は私が手伝うわ」

「いい。俺一人で足りる。終わったんなら、少し休め」

「最近、私に休暇を多く下さるのね」

「――好きな相手を気遣いたいと思って、何か悪いことがあるか?」

「っ、い、今までもその気遣いを見せて欲しかったのですけれど?」

「悪いな、どんどん好きになっていって」

「じょ、冗談です。急にそういうことを言うのを辞めて下さらない? 心臓に悪すぎます」


 マリアローズが露骨に照れると、顔を上げたハロルドが意地悪く笑った。


「最近の俺の楽しみが分かるか?」

「え?」

「マリアローズを照れさせることだ。いかに照れさせるか、いつも考えている」

「なんです、それ! からかっているのね!」

「いいや、きちんと本心だ」


 ハロルドの笑みを噛みしめるような表情に、マリアローズは遊ばれているようで悔しくなったが何も言えなかった。それくらい、ハロルドの様々な表情が好きになってしまったからだ。



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