9に花を添えて

М

1話目

プロローグ


1990年3月7日

 ロシア人のリリヤ・カルサビナがアメリカ、マンハッタンの路地裏で亡くなっているところが発見された。彼女の身体には銃痕が7箇所あり、周りの建物にも銃痕と見られる傷が複数箇所発見されたため壮絶な死を迎えたことが想像できる、また彼女を殺害した犯人は数年立っても発見できず捜査は実質打ち切りとなった。

 彼女のことを知る人物は彼女は9に殺され、9のために死んだと言った、その言葉の意味も、彼女の死が持つ大きな意味も、今はもう誰も知らない。


第一話


 1988年、アメリカのマンハッタンにある寂れたビルの地下に一人の男が入っていった、その男は軍服に傷だらけで手には大きく重そうな鞄を下げ戦場帰りという言葉をそのまま表したような姿だった。

 地下への階段を駆け下り、重い鉄の扉ゆっくりと開く、部屋の中を見渡し、何も異変がないことを確認してから本棚を動かした。

 隠し扉になっているのであった。カギを入れ音がならないようにゆっくりと手首をひねる。

「おかえりなさい!」

 美しい女性が彼に抱きつきそう言った。

「ただいま、ご所望のものと食料を買ってきたよ」

 男は手に下げていた鞄を彼女に見せてそう言った。

「ありがとう、夕食の準備はできているわ」

 彼女は笑いながら男の手から鞄を受け取りテーブルへと誘導した。


 男が彼女、リリヤに初めて出会ったのは今から1年前の雨の日のことだ。

 今から約40年前、ソ連を始めとする東側諸国と米英を始めとする西側諸国が対立を深め冷戦が始まった。

 リリヤは父親はアメリカ人であったが彼女の母親はロシア人であった。冷戦が激化するとともに彼女への偏見や差別は大きくなっていった。母親がロシア人であると言うだけで石を投げられ、職を追われ、生きていくのもままならなくなってきた頃、雨宿りのために入ったマンハッタンの路地裏で男に出会った。

「このビルに何のようだ?」

「ごめんなさい、そういう訳ではなくて」

 そう言った彼女は震えていて、目はひどく潤んでいた。

「家がないので、ただ、雨宿りを」

 そう言うと彼女は自身の境遇について語り始めた。その時の彼女の格好はとてもみすぼらしく、見苦しいものであったため、戦場帰りの彼、カミヤは彼女の境遇を安易に想像することができた。

「すまない、君を君を責めたわけではないんだよ。言葉足らずで申し訳ない」

「いえ、元はといえば私がここへ入り込んだのが原因ですし」

 少しの間、雨音だけがその空間に響いていた。

 男はビルには入らず彼女とともに路地裏に居た。

「家はどこだ?もうすぐ日が暮れる、日が暮れたらこのあたりは危険だ」

「家、ありません」

「やはりか、では少しの間、家に来るかい?」

「いいんですか?」

 こうして彼らの不思議な同居生活は始まった。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

9に花を添えて М @mii_613

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ