25.亡国の兆し

 タラサンは俺の秘書になることは承諾してくれたが、宰相への就任については保留した。


 まあ、そうだろう。簡単にうなずける話ではない。

 まずは俺が王になることが先決だ。


 今もっとも優先すべきはシャコガイ家の謀反に対処することだ。

 無事に王都に帰還した俺はいったんティコたちと別れ、トリダンシアで起こったことについてエロイに報告した。


「こうなったのは、あなたがブレンダンを一時の感情で殺してしまったからです」


 なんてことはもちろん言わない。代わりに、


「すぐに兵を集め、諸侯たちを招集してシャコガイ家を討伐しましょう」


 と進言した。


「軍を動かすには莫大な金がかかります。残念ながら、今の王家にそんな余裕はありません」


 と答えたのはエロイではなく、同席していた宰相のモイゲンだ。「それに御三家の1つがなくなることは王家にとって大きな痛手です。ここは話し合いで解決するべきです」


「話し合いだと?」


 モイゲンが穏健な性格なのは知っていたが、それにしてもぬるすぎる。「謀反人を討伐しなければ諸侯たちに示しがつかないぞ」


「いえ、もし王家がシャコガイ家に負けるようなことがあれば、それこそ諸侯の離反を招きます」


「負けることはあり得ない。シャコガイ家は王家よりも金がないし、相手が王家では兵士たちの士気も上がらないからだ」

「負けないにしても、ルシアがトリダンシアに立てこもれば、攻め落とすのにかなりの日数がかかるでしょう。内戦が長引けば国は疲弊し、周辺国がその隙をついて攻めてくるかもしれません」


「俺はトリダンシアをこの目で見てきた。あの町には食糧のたくわえがほとんどないから、籠城は不可能だ」

「周辺の町や村から食糧を集めればいいでしょう」

「シャコガイ公領はどの町も貧しいから、そんなことをすれば餓死者が出る。ルシアがそこまで愚かなことをするとは思えない」

「ルシアが合理的な判断ができる人間なら、そもそも謀反など起こさないのでは?」

「ぐむむ」


 言ってることはわかるが、モイゲンは弱腰すぎる。内戦を避けたいのは俺も同じだが、それでも戦わねばならない時もあるのだ。

 話し合いで解決するといっても、まさかルシアを許すわけにはいかないだろう。


「エロイ殿はどう思われますか?」

「私は宰相殿の意見に賛成です。まだルシアは兵を挙げたわけではないので、謀反を起こしたとまでは言えません。今なら説得が可能でしょう」

「俺を地下牢に閉じ込めたのは、明らかな反逆だと思うのですが」

「今ならその件も、なかったことにできます」


 くそっ! 他人事だと思って!


「ルシアを説得するなら、あなたの首を差し出すことが必要ですよ」


 などとエロイに言えるはずもなかった。




 エロイの説得に失敗した俺はティコとタラサンを連れ、カースレイド商会の本社を訪れた。


「よかったー!」


 ユリーナは俺の顔を見るや、いきなり抱きついてきた。「トリダンシアの地下牢に入れられてたんだって? よく無事に戻ってきてくれたよ!」


「すまない、今回の件は俺の失策だ」


 抱きつかれたまま謝った。「かなりヤバイ状況だったが、彼女が助けてくれたんだ」


 俺はタラサンを紹介した。タラサンはユリーナに向かって深々と頭を下げた。


「タラサンと申します。アクセル様の下で秘書として働くことになりましたので、以後お見知りおきを」

「タラサンさんはアクセル様のことを愛してるんだそうですよ」


 ティコが余計な説明をすると、ユリーナはあわてて俺から離れた。


「そ、そうなの!? あ、なんかごめん! 誤解しないでね。私とアクセル君は親友であって、恋愛感情とかはないから」

「どうぞお気になさらず」

「でも、他の女がアクセル君に抱きついてるのを見たら、嫌な気分になるでしょ?」

「別に」

「そ、そうなんだ」


 まったく表情を変えずに淡々と話すタラサンに、ユリーナもとまどっているようだ。


「ユリーナ、とりあえず彼女に新しい服を用意してやってくれ」

「お安い御用だよ。タラサンちゃん、どんな服がいい?」

「よくわからないのでお任せしますが、今どきの若い子が着るような服がいいです」

「な、なんかオバサンみたいなことを言うんだね。わかったよ。でも合うサイズがなさそうだから採寸から始めないと。しばらくは男物を着ていてね」

「はい」


 それから俺たちは応接室に移動し、ユリーナに詳しい状況を説明した。


「王家はシャコガイ家を討伐する気はないのかー。うーん、残念」

「やはりおまえもそう思うか?」

「そりゃそうだよー。戦争は商売のチャンスだもん。今のうちに武器や防具、食糧などの軍需品を仕入れておけば、後で値上がりしてウハウハだったのに」


 ユリーナは商人らしい理由で残念がっていた。


「今の王家はそんなにお金が無いんでしょうか?」と、ティコ。


「そのようだ。王領の人口は横ばいだが、税収は年々減っている」


「それは富裕層から徴収していないからです」


 タラサンが解説した。「聞くところによれば、金持ちは役人に賄賂わいろをわたすことにより、税を減免してもらっているそうです。割を食うのは庶民です」


「一部の役人が私腹を肥やしてるってことですか。それは許せませんよ」


 ティコは憤っている。官僚の腐敗は亡国の兆しだ。


「ああ……うん、たしかに許せないよね」


 ユリーナの目が泳いでいる。あやしいな。


「おい、まさかおまえは役人に賄賂なんて渡してないだろうな」

「ええと……なんて言うか……賄賂とかそういうんじゃなくて、お世話になった人にお菓子をプレゼントしただけで……」


 やっぱりか。


「そのお菓子は、金色に光ってるんだろう?」


 俺が指摘すると、ユリーナは開き直った。


「うっ……。だ、だって、みんなやってるんだから、そうするしかないでしょ! 正直者がバカを見るような行政が悪いんだよ!」


 なんて見苦しい言い訳だ。

 だがカースレイド商会の援助を受けている俺も他人事じゃないか。


「そ、そうだ。そのせいで王都に不穏な動きがあるんだよ」


 ユリーナはごまかすように続けた。


「不穏な動き?」

「富裕層のことしか考えない王家に対する不満が、住民たちの間で高まってるんだよ。特に貧民街の人たちは、このまま飢え死にするよりは戦って死のうなんて考えてるらしいの。このままじゃ暴動が起きるかもしれない」

「なんだって!?」


 そんなことが起これば一大事だ。


「そういえばタラサンさんは、政権の転覆は貧民の暴動や反乱によって起こるって言ってましたね」


「はい。暴動が起これば、軍隊を出して鎮圧するしかありません。しかし鎮圧に成功したとしても、不満の種が消えるわけではありません。王都での暴動は王領の各地に飛び火するでしょう。そうなれば諸侯たちも王家に愛想を尽かし、離反を考えます。

 さらに周辺国も、アルゴール王国の内乱に乗じて攻めてくるかもしれません」


 なんてことだ。これは確かにシャコガイ家を攻めている場合ではない。俺が王になるまえに国が滅んでは元も子もない。


「どうすればいい?」


 俺はタラサンに問いかけた。


「以前にも言いましたが、貧民にお金を与えればいいのです。安定した生活を送っている人間は、暴動を起こそうなどと考えません」

「そんな金はないぞ」

「富裕層から取り上げましょう。事前に告知すれば奴らは国外に脱出しますから、秘密裏に一気に財産を差し押さえてしまいます」


「それはひどい!」


 ユリーナが声を上げた。「私有財産が守られなくなったら、この国は無法地帯になっちゃうよ!」


「違法な贈賄ぞうわいを行っていた方が、それを言うのですか?」

「ぐぬぬ……タラサンちゃんはけっこう辛らつだね」


「俺はタラサンの意見に賛成だ」

「ええっ!?」

「しかし残念ながら、今の俺に政治権力はない。エロイやモイゲンに、そんな思い切った政策ができるとは思えないな」


 俺がそう言うと、3人は黙り込んだ。


「お話し中、失礼いたします?」


 その時、応接室の扉の向こうから若い女の声が聞こえた。


「マーリン、どうしたの?」


 ユリーナがたずねると、彼女の秘書のマーリンが部屋に入ってきた。

 マーリンは俺に一礼してから、意外なことを告げた。


「アクセル殿下にお荷物が届いております。送り主はカーケン殿下です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る