非道の王族 野望の玉座 ~愛なき姉弟の王位争奪戦~

へびうさ

第一章 空白の玉座

1.アクセルの野望

 王はなぜ偉いのか?

 そう問われたとしても「王だから偉い」としか答えようがない。


 頭がいいとか、体力があるとか、美貌の持ち主だとか、意志が強いとか、そんな特性を挙げたところで、国中を探せばもっと優れた者がいくらでも見つかるだろう。


 誰が王になるかを決めるのに重要なのは、実力よりも血筋である。まずは王族に生まれなければ話にならない。

 その点で王の息子として生まれた俺、ヴァランサード・アクセルは王になる資格は充分にあると言えるだろう。


 問題は俺が王の第4子であり、第3王子であるということだ。次の王位継承者を決めるにあたっては、先に生まれた兄や姉たちの方が有利なのは間違いない。


「だったら蹴落とすしかないな」


 思わず口に出してしまい、慌てて周囲を確認する。現在はお忍びで王都の街中を散策中だ。住民によけいなことを聞かれたくはない。


「誰をですか?」


 俺の独り言を、隣を歩く従者のティコが拾った。まだ14歳だが、よく気がきく少年だ。


「決まってるだろう。俺の兄や姉たちをだ」


 周囲に誰もいないことを確認し、小声で答えた。


「その前に現在の王を玉座から蹴落とすべきでは?」


 俺はティコの顔をまじまじと見つめた。女の子のようにかわいらしい顔で、ニコニコと無邪気に微笑んでいる。怖いもの知らずの外道とはこいつのことだろう。まあこんな奴でも、俺が心から信頼できる数少ない人間だ。


「親父を蹴落とすのはまだ早い。俺はまだ17歳だし、王になる準備ができていない。もっと世間のことを学ぶ必要がある」

「そのためにこうして汚い街を歩き、下民どもの生活を肌で感じようとしてるんですよね」

「おまえは相変わらず口が悪いな」

「だって見てくださいよ。そこらじゅうにゴミやクソが落ちてるじゃないですか。どの家も今にも崩れそうな掘っ立て小屋ばかりです。よくもまあ、こんな家に住めるもんですね。でも住む家がある奴はまだマシでしょうか。王城からここに来るまで、何人の物乞いを見かけたか覚えてますか?」

「この辺りは貧民街だからな。富裕層が住む地区は綺麗な街並みだったが」


「そう、それが問題なんです。金を持ってる奴とそうじゃない奴の差が大きすぎるんですよ」


 ティコは訳知り顔で続けた。「ただ名家に生まれたというだけで、苦労もせずに贅沢な生活をしてる奴を見ると、刺し殺したくなります」


「ぐむむ」

「ああ、アクセル様のことを言ってるんじゃないですよ。アクセル様は王になったら誰よりも苦労をして、このアルゴール王国をまともな国に変える仕事をしなければなりませんから」

「そうだな。俺は王になる。そのためならたとえ家族だろうと――」

「あ、刺し殺したい奴がいました」


 ティコが前方を指差した。いかにも貴族という身なりの男が、立派な馬に乗ってこちらに向かってくる。その周りには家来たちが徒歩で付き従っていた。


「あれはラムセス卿の長男のクリスです」

「そんな下級貴族の息子の名前なんて、よく知ってるな」

「僕の『刺し殺したいリスト』に入ってるんですよ。貴族の中でも特に下劣な奴です」

「なんでこんな貧民街にやってきたんだろうな?」

「金持ちが優越感にひたるには貧乏人の存在が必要なんです。下層階級の人間を見て、自分がいかに恵まれているかを実感したいんでしょう」


 こいつの偏見も相当なものだな。

 だが、あながち間違ってはいないかもしれない。貴族が馬に乗りたがるのは、高いところから他人を見下ろすのが気持ちいいからだ。視点が高くなると、自分が偉い人間だと錯覚できるのだ。


「尊いお方とお見受けいたします。どうかこの哀れな物乞いに、ささやかなお恵みをいただけないでしょうか?」


 汚らしい恰好の老人がクリスの馬に近寄っていき、施しを請うている。


「私に近づくな! 臭いがうつる!」


 バチンという鞭の音が響き渡った。哀れな老人は顔を押さえてうずくまる。

 あの野郎……!

 鞭の痛みを知らないから、あんなひどいことができるのだろう。

 あるいは相手を人間だと思っていないのか。こういう思い上がった人間を俺は許せない。


 俺は下劣な貴族に近付いていった。

 周囲にいる家来は5人。全員が男で、腰に剣を差している。


 ケンカの極意は先手必勝だ。相手が準備を整える前に不意をつけば、負けることはあり得ない。

 ある程度まで近づいたところで、俺は強く地面を蹴って駆け出した。


 何事かと振り向いた家来の顎に拳を叩き込んだ。頭がガクンと揺れ、そのまま昏倒する。人間は顎を打たれれば脳震盪を起こすのだ。

 俺は倒れた男の体を踏み越えて、その向こうにいた男の腹にも強烈なパンチを打ち込んだ。男は地面に吐瀉物をまき散らしてうずくまった。


 これで2人が戦闘不能。突然の凶行に、他の者たちはまだ反応できていない。まさかいきなり殴りかかってくる者がいるとは想像もしなかっただろう。


 俺は3人目の男のひざを目がけて前蹴りを放ち、骨を砕いた。足が不自然な方向に曲り、男は悲鳴を上げて後ろに倒れた。

 4人目の男がようやく剣を抜こうとしたが、その前に距離をつめて股間を蹴り上げた。この場所に打撃を受けて立っていられる男はいない。

 5人目の男は主人を置いて逃げていった。


「な、なんだ貴様は!」


 馬上のクリスが怒鳴りつけてきた。「貴様、自分が何をしているのかわかっているのか!」


「暴力だ」


 落ちていた石で馬の鼻面を打った。

 驚いた馬が後足で立ち上がり、クリスはバランスを崩して落馬した。すかさずその顔面を踏みつける。鼻が折れた感触があった。


「ギャアッ!」


 クリスは甲高い悲鳴を上げた。鼻からはドボドボと血が滝のように流れている。


 この凄惨な光景を、周囲の住民たちは息をのんで見つめていた。顔面を鞭で打たれた物乞いの老人も、顔色をなくして震えている。


「お、おのれ、下郎の分際でこんな真似をして、ただでは――」


 俺はもう一度下劣な貴族の顔面を蹴り上げた。


「グフッ、も……もうやめて……」


 ようやく心が折れたな。


「暴力を振るわれる痛みがわかったか?」

「な、なんで私がこんな目に……」

「俺の大事な国民を傷つけた罰だ」

「貴様の国民……だと……?」


「はいはい、そのくらいでいいでしょう」


 ティコがやってきた。「なんでも暴力で解決しようとするのが、あなたの悪い癖ですよ」


 俺は暴力が嫌いではない。というより大好きだ。実のところ、クリスを非難できるような立派な人間ではない。


「暴力がいちばん手っ取り早い解決策だろう」

「そうかもしれませんが、あなたの立場でその力を行使するのはズルいんじゃないですか? 王族としての権力を振りかざせば、下級貴族ごときは殴られても文句が言えませんから」


「王族……?」


 クリスはキョトンとしている。ティコは楽しそうに声をかけた。


「下劣なクリスさん、この方が誰か、わからないのですか?」


 言われてクリスは、俺をまじまじと見つめた。俺はフード付きローブを脱いで顔を見せてやった。

 髪色はヴァランサード王家の血筋に特有の漆黒。サーコートの胸に描かれたデザインは王家の紋章である『シジミ』。二枚貝のシジミの紋章を身に着けることが許されるのは王族だけだ。


「そ……そんな……アクセル殿下!」 


 俺に気付いたクリスは目を見開き、はじかれたように体を起こすと、おびえた様子で片ひざをついた。

 周囲の住民たちも慌てた様子で、俺に向かってひざまずいた。


「いやあ、高いところから他人を見下ろすのって、気持ちいいですよねえ」


 ぐむむ……ティコの奴、痛いところをついてきやがる。

 持って生まれた権力を使って好き勝手なことをしている点で、俺とクリスはさほど変わらない。それはよくわかっている。


「気にしなくていいですよ」


 ティコは言い添えた。「どこの誰とも知らない物乞いが殴られるのを見て、怒ることができる人間は他にいません。そのような者こそが権力を握るべきです」


 ティコの言う権力というのは、物乞いを助けるようなちっぽけな力ではない。

 国を動かす力だ。弱い者が虐げられる腐った国を、まともな国につくりかえる力だ。


 それは王子という立場ではできない。

 だから俺は、王になる。


「アクセル殿下、こちらにおられましたか!」


 王城の方向から見知った顔の兵士がやって来た。ずいぶんと慌てているな。


「殿下、すぐに王城にお戻りください」

「何かあったのか?」


 兵士は俺とティコにだけ聞こえるよう、小声で説明した。


「エルドール陛下が突然倒れられ、昏睡状態なのです」

「なに!? 父上が……!」


 体が震えた。

 親父を心配したから、ではない。これから起こる事態を想像してだ。

 俺はティコと目を合わせ、うなずき合った。


「行きましょう、アクセル様」

「ああ」


 それ以上の言葉は必要なかった。

 お互い、やるべきことはわかっていた。


 ついに始めるのだ。

 王になるための戦いを。

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