第2話 凡庸な日常


 さて、戻ってきた彼が最初にしたのは安い部屋への引っ越しだった。箱庭があるので、部屋の立地もサイズも関係ない。そうは言っても住所は必要だ。だから、安い部屋を探した。


前よりちょっと遠いが、友達の紹介で格安の部屋を見つける事ができた。窓の外はベランダがあるが隣の建物の壁と面している。洗濯物は外に干しても乾くのか ? 的な何か。


でも洗濯機はおける。一部屋で、簡単な水場とコンロが置ける場所、それから小さな押し入れもついている。


「俺が紹介しておいてなんだが、お前、ホントに良いのか ? 」

情報を提供してくれた友人は、そう言ったが、

「いや、いい部屋の情報ありがとう。十分だ」

迅は笑顔で答えた。



部屋はチープだが実際に住むのは箱庭なので、快適な暮らしが保証されている。洗濯物を干すのだって、問題ない。


あそこには日当たりの良い庭がある。ただ、電気がないので借りた部屋で洗濯機が使えるのがありがたい。箱庭の家には風呂もある。


何より生活魔法の浄化魔法もあるから、基本的には問題は無い。でも、やっぱり気分的には服は洗濯したいのだ。風呂にもちゃんと入りたい。


箱庭は、出口を1つ設定できる。これは自分が入った場所とは別の場所に、だ。それを大学の近くに設定し交通費を浮かした。実はこれについては、後から判ったこともあって、向こうでは内緒になっていた。箱庭の出入り口は奥が深い。


 大学へ通いながら、目立つことも無く平々凡々な日常を送った。箱庭には食料が随分と残っていたので、当分の間は自炊だ。自分達の帰路の分、兵糧の残りの分、これを食べきるのだ。考えてみれば必要以上に持たされている気もしないでも無いが、何故だったのだろう。


あっちの世界で身体を鍛えた分もそのまま受け継がれている。身体強化もそこそこできるので、力仕事などのバイトで稼いだ。荷物運びは食料庫のお陰で鍛えられた。


体力があるって素晴らしい、なんて思いながら。引っ越しの繁忙期にはアルバイトのシフトに入って、随分と稼がせてもらえた。3月は大学も休みの事だし。


「君、何か武術でも習っているのかい ? 」

彼の働きぶりをみてたまに聞かれることがあったのは、彼が軽々と重い荷物を運ぶ事に加え、引き締まった体躯だからだろう。

「ええ、ちょっと」

と笑って誤魔化していた。あの食料運びに比べれば楽ちんだ ! とは口に出来ない。



 さて、大学は無事に卒業できた。この頃には異世界産の食料は既に食べきったため、庭に小さな畑を作ったりして、ちょっと自給自足の生活を送っていた。


箱庭の庭は小人さんたちのテリトリーで手入れがされている。植わっている植物は、どうも薬草などが中心のようだ。植物の前に植物の名前と効能が書かれた名札でそれがわかる。親切設計 ? だ。


迅は、彼等に声を掛けて少しだけ土地を分けてもらったのだ。小人さんたちにはまだ出会えていないが、庭で

「畑を作って野菜を作りたいんです」

そう呼びかけたら、翌日庭の一角に畑地が出現していたから、許可されたんだと思っている。


 小人さんたちはトマトがお気に入りのようで、よく育った。きっと迅が居ない時に世話をしてくれているのだろう。その逆はピーマンで、あまり良くならなかった。迅はピーマンは買ってくることにして育てるのは止めた。



あの日から2年以上の年月が過ぎていったが、日常生活では取り立てて変わったことは起こっていない。勇者たちと再会することも無かった。


お互いに何処に住んでいるかなどの情報のやり取りはしていなかったのだ。していたとしても、迅の方から連絡する気は殆どなかったのだが。

それに今では、あの経験の半分は白昼夢みたいな感覚だ。


残念なのは、あの格安のアパートは取り壊すことが決まった事かも知れない。大学卒業後は出て行かなくてはならなくなった。


 迅は大学に通う間に色々と考えてはいた。だが自分の能力を使って、何か一儲けなんてことは考えていなかった。目立ちたくはなかったのだ。

そんな風に思っていた生なのか。大学を卒業する事になったが就職先を見つけられずに、就職浪人の憂き目を見てしまった。住む場所も無くなるし、さてどうしようかと思案していたそんな時。


「迅、就職先決まらなかったんでしょう。暫くお祖父ちゃんの処に居てくれないかしら。お祖父ちゃんのところで勉強して、お兄ちゃんみたいに公務員試験の勉強をして、受けてみたらどう ? 」


と、母親から電話があった。半年前に祖母が亡くなった事で、祖父がガックリしていると言う。葬儀の時の祖父は、確かに元気がなかった。あのままなのだろうか。


母が同居を提案したが受け入れない。この地を離れられないと頑迷だと言う。如何せん田舎は遠く、交通の便も良くない。目が届かないのを心配したのだ。


母は一人娘で他に頼める者もおらず、仕事が決まらなかった彼に話を持ってきたのだろう。彼が料理などもできるのも、考慮したのかもしれない。


「良いよ」

渡りに船とばかりにその話に乗った。祖父は農家だ。可能ならば農家を継ぐのも悪くはないとの下心もある。自分一人ぐらいならば、そうやって食っていけるかも知れないと単純に考えた。

(体力ならあるし)


兄は実家に戻っている。在学中の時から勉強し、大学三年の時には公務員試験を突破して、卒業後はそつなく働いている。


自分と違い兄の龍一は堅実な男である。母は兄のせいで公務員試験を簡単に考えているのは、ちょっとなあとは思うが。出来が違うからと言っても、多分理解してはくれないだろう。因みに兄は国家公務員試験総合職を一発合格している。


田舎で交通の便は悪いが、運転免許は大学時代に取っている。車があれば、足には困らんだろう。ジイちゃんトコに軽トラがあったはずだ。

(ま、いざとなれば走ればいい。問題はないさ)

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