異世界帰りは平凡な日常を夢に見る

凰 百花

第1話 異世界から帰ってきました、多分


「あれ?」


 土淵つちぶち 迅は突然、自覚した。自分が今再び元の世界に戻ってきたことを。だが、意識というか行動と言うのが途切れていない。

妙なほど違和感がない。


なんというか、ほんのついさっきまで、自分は召喚されて別の世界にいた。そこで勇者の仲間として魔王討伐を達成したのだ。


そして、もとの場所と時間に戻ってきたのを自覚、それが今だ。あの世界で過ごした記憶はあるものの、一瞬の白昼夢を見たような感覚を覚えるだけだ。


(なんか大変だった気がするんだが。言葉にすると、異世界行って魔王討伐済まして、帰ってきました。一行ですむんか)


戻ってきたこの場所での違和感を全く感じ無い。あの世界で3年間ほど過ごしたと思うが、召喚前と今にそれほどの隔絶を感じていないなんて。本当に白昼夢だったのかもしれないと思えるほどだ。


 歩いている途中だったので、歩みを止めず橋を渡りきる。大学に行く途中だったのだ。歩く動作に、一切の違和感がないことに、もの凄く戸惑っている。


橋のたもとで端によって、立ち止まる。橋の上を歩いている途中で召喚され、同じ場所に戻されてそのまま歩いた。

その足運びに違和感を感じなかったが、自身の経験した奇妙な出来事の直後でもある。時間の間隔に違和感がないことに違和感を感じる。


歩いている最中、瞬く間に異世界に行って戻ってきた ? 白昼夢を見たのか ? それにしては生々しい。服装を確認したが、今朝、自宅を出てきた時の服で、異世界で身に着けていたものではない。


(今日、これからどうする。このまま大学に行くか、それとも)


今日の講義は、午前中のは休んでも問題なさそうだ。

(よし)

彼は、大学へ行く途中にある公園へと向かった。確認したいことがあったのだ。


公園で、人目につかないところを探した。雑木林みたいな場所もあるが、こうしてみると手入れがされていて見通しが良い。

(公園だもんな、そういう造りだよな)

仕方なく、公衆トイレへと入った。


自分があの世界で手に入れた能力は、どうなったんだろう。あれが白昼夢でないのならば、自分が手に入れたユニークスキルだけでも使えたら、そう考えていたのだ。


【箱庭】

彼の言葉で眼の前に門が現れる。ドキドキしながら、門を開いた。


「うしっ ! 」

門をくぐれば、あの世界で見慣れた家と庭、家畜小屋が変わらずにあった。記憶しているよりも、なんか庭が広くなっている気はするのだが、それは些細なことに過ぎない。それでも魔王討伐でレベルが上がったからかな、そんな事が彼の頭を過ぎった。


彼は箱庭の存在を確認すると、トイレの個室から出た。確認は簡単にできた。どうやら自分が異世界に行ったのは白昼夢ではなく本当だったようだ。


彼は、確認が済むとその足で大学へ向かった。取りあえず、二限目は始まっているから、食堂で適当にお茶でもして次の講義から出席しようと。



 【箱庭】、位相が異なる場所に存在している彼の家であり、彼のユニークスキルでもある。

このおかげで、魔王討伐の旅は快適だった。ただこの場所に入るのに人数制限があったため、同行者には最初は不評ではあったのだ。


それでも収納として使えるという評価を受け、レベルがあがって他人も招けるようになり、評価が上がった。そうは言っても収納スキルのように当人が触ってぱっと収納できるなんてものではなく、食料庫まで運んで入れなければならなかったのだが。


レベルが上がると家や庭が広がり、家畜小屋などが出現。人数が6人までは入れる様になったが、それ以上にはならなかった。丁度、討伐組は6名であったため、問題にはならなかった。


本当の所、自身のレベルがあがったからなのか、使い続けたからなのか箱庭のレベルが上がった要因は判っていない。家にある食料庫の収納の利便性を買われ、兵糧を詰めて彼方此方に行かされた。これが馬鹿にならなかった。普通ならば多くの人が関わるのだろうが、彼と登録された人間しか食料庫に入れない。入れるまでが一苦労、出すのも一苦労だ。それによって、実は箱庭の出入り口に食料庫を直接繋げることが出来るようになったのは、内緒。それだって、大変だったのだ。

蛇足のように死なないために訓練も魔物の討伐もしていた。そうは言っても、彼の役割は荷物持ちであった。


大学から家に帰ってから、箱庭の中を確認。台所脇の食料庫にある食材もそのまま残っている。食料庫の収納は、かなりの量が収納できるのだ。


魔王討伐へ向う前に、自分達の兵糧として、また各地への食糧供給としてもかなりの量を詰め込み、後から追加もあった。その名残が残っている。小麦や米の類は保存のために籾のままだが、粉挽き小屋もあるので問題はない。


箱庭にある家の近くに小川が流れていて、水車で粉挽きができるようになっているのだ。この小川がどこから来て、どこへ行くのかは知らない。箱庭の外に出る事はできない。低い塀に囲まれていて、その塀から外へ出ようとしても透明な壁に阻まれていてできないのだ。


別棟として後から追加された家畜小屋。そこにいる乳牛や鶏たちも元気だ。家畜たちは持ち込んだものなのだが、箱庭の能力として、彼らの世話もきちんとされている。彼らの牛乳や卵もいつの間にか台所の食料庫に供給されるという有能さ。


小さな小人さんというか、どうも世話役がいるらしいのだ。だが迅自身は見たことはない。それでも、時間がある時は、家畜小屋の寝藁を替えたり掃除をしたりしていた。


「食料、置いて来る間も無かったもんなあ」


魔王を討伐し、魔王城を崩壊させた。そして、彼の地を浄化した。

彼は箱庭以外に取り立てて目立った能力は無かったので、魔王にとどめを刺し、彼の地を浄化したのは別の同邦人だった。彼の立場は支援職だ。


浄化が終わり、彼らの役目が果たされると、彼の身体は光の粒となって元の世界に戻された、それが橋の上だ。彼が認識できたのは自分のことだけだった。


あの時、一緒にいた連中はどうなったのかは、彼にはもうわからない。6人の内3人は迅を含めて彼と同じ世界の人間、召喚された者だった。


だから同じ時点で元の場所に自分と同じく戻ったかもしれないが、現地人の残った3人はどうなっただろう。


「無事に帰れたかな。個人用に食料は持ってたはずだよな。でも、帰りは……」


そこまで思って、考えるのを止めた。彼ら同行者も十分強かった。心配するのも烏滸がましいかもしれない。魔王が討伐されたし、あの地も浄化されたのならば、それほど魔物は跋扈していないかもしれないのだ。


旅の最中に周囲の森林から食材になりそうな物を採取してきたのは、現地の同行者だ。魔物の肉もちゃんと下処理をすれば食べられる。彼の箱庭がなくとも帰路に困ることはあるまい、と思い直す。今更、彼に何ができるというのだ ?


まあ、食料は魔王討伐の報酬ということで。

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