閑話休題 秋とビールとビアフェスト

 これは――ほんの少し前、秋めいてちょっぴり涼しくなってきた頃を

 大人たちが謳歌した日のお話。


 * * *


「わ、たくさん人が来てるね!」


 セナは近郊の別な街に来ていた。

 ビョルンに誘われて、ビョルンの友達のフリッツ、ダビデと一緒に、「ビール祭りに行かないか」と誘われたからだ。

 二つ返事でオーケーと言ったセナだったが、忙しくて、ビール祭りの事をあまり調べず来ていた。

 敷地は広く、大型のテントがいくつも点在していた。


「今年も大賑わいだなー!」

「今年も来たぜぇ-ビール祭り!」

「僕は今年、4杯はいきたいな。去年は3杯だったからね」



 会場のテントは――セナの予想以上に大きかった。

「すごい。こんなに大きいテントなんだ……」

「これ、一つのテントには数千人入れるらしいぞ」

 ビョルンが、驚くセナに話しかける。



「クソー、今年もビールの値段上がってんぜ」

 フリッツが、看板の料金表を見て、悔しそうに呟いた。


「ねえ皆、あれ見てよ」

 ダビデが、衣装レンタル屋に出ている看板を指差した。


『ディアンドル着用女性がいるグループはビール割引。レンタル無料!』

 ディアンドルというのは、この地方の民族衣装だ。胸元が大きめにあいた、エプロンがついた民族衣装だった。


「まじかよ!セナ!割引つくぞ!着ようぜ!」

「えー……でも、恥ずかしいなぁ」

 セナがもじもじしていると、ビョルンがセナの背中を押した。


「……いいんじゃねぇか?メリットでかいし、こんな機会無いと思うし」

「レンタル無料だし、割引あるなら着ておいた方が得だよ。僕が写真とってあげるよ」

 ビョルンとダビデが、セナを誘導する。この高いビール祭りの会場で、割引があるのは正直嬉しい。


 そして、トドメは、レンタル屋の店主の、若いゲルマン系のお兄さんの一声だった。

「君、似合いそうだね!どう?ぜひ着てかない?」

「……まぁ、割引あるし、せっかくだし、着ようかな」


「おう。俺らここで待ってるから」


 セナは、いそいそとレンタル屋の更衣室に吸い込まれていった。

 それを見たビョルン、フリッツ、ダビデは、内心ガッツポーズをしていた。


「……ねぇ、もしかして、セナって結構、押しに弱い?」

「……結構どころじゃない。かなり」

 ビョルンが、にやりとダビデに笑った。



 しばらくすると、セナが更衣室から出てきた。

 コルセットで縛られたディアンドルに身を包み、恥ずかしそうにこちらに歩いてくる。

「へー!似合うじゃん!」

「ありがと!」

 フリッツが、素直に褒めたので、セナは恥ずかしさが少しだけ減った。


「いいね。祭りって感じ。僕らも助かるよ。ありがと」

「うし、じゃあっ早速、会場に行くか!」


 そう言って、4人は巨大なテントに向かって、歩き出した。


 * * *


 ビール祭りの会場、テントの入口まで移動する。


 しかし、オープンにはまだ少し早く、会場は閉じられていた。

 入口の前には、たくさんの人が並び、集まって談笑してる。

 セナ達4人も、その大勢の中に加わった。


 ガヤガヤとした大勢の人や、オープンが待ち切れない。という熱気の中で、セナも胸を弾ませていた。

 そんな中、喧騒に負けないよう、ビョルンが大きめの声で、セナに話しかける。


「セナ、頼んだやつ作ってきてくれたか?」

「ああ、これ?作ってきたけど…本当に、ちょっと魔力を込めただけの護符だから、1-2回物理攻撃の力を減らすだけだよ?」

 そう言って、セナは3本のリボンを取り出した。リボンの部分には、呪文が書かれている。

「いや、すごーーーく助かる。ありがとな。ホラ、お前らつけろ」


 そう言って、ビョルンがフリッツとダビデにリボンを渡し、全員それを手首に巻いた。


「?一体何に使うの?お祭りに来たのに……」


 そして、男三人が念入りにストレッチをし、準備運動を始めた。

 ビョルンは深刻な顔で、アキレス腱を伸ばしている。

 それを見て、セナが困惑の表情で話しかける。


「……え、何してるの?」

「何って――準備運動。怪我しないように」

「???ビールを飲みに来たんだよね?私達。」

「そうだけど?」

「……」


 セナは、自分がおかしいのかと思い始めた。

 そしてよく見ると、周りの大勢の人達、特に男性が、同じように準備運動を始めている。


「……ちょっとまって。私、騙されて何かヤバい祭りに連れてこられてる?」

 セナが、自分だけ状況が解ってない。と困惑の顔をし始めた。

「これ、ビール祭りじゃないの?」


 それを察したフリッツが、セナの前に一歩歩み寄り、胸を張って見下ろした。


「ふっふっふ……セナ、お前は何も解ってないな…」


 そういって、フリッツがニヤニヤしながらセナの困惑を楽しむように話しかけた。


「――しょうがない。俺がゲルマンのビール祭りがなんたるかを教えてやろう」

 フリッツが、腕まくりをする。両手にびっちりと入ったタトゥーが顕になった。


「いいか、この都市のビール祭りは、まるで『Ellbogengesellschaft』(肘鉄社会)みたいなもんだ。つまり――肘で相手を押しのけて、席を確保するのが普通だ」

「???」


 セナは何を言ってるんだと思ったが、話がややこしくなるので、今は静かにすることにした。


「な、なんでそんな争いを……」

「俺達はな……元々そういう民族なんだよ……ビールはいつも飲みたいし、常にナンバーワンでいたいし、体格がデカい者同士、血が滾る。」

 フリッツは何か言ったが、セナはその回答を無視しようと心に決めた。何をいってるかわからないからだ。


「だから魔法の護符を使うの?でもそれって……平等じゃないんじゃ……殆どの人は一般人だよ?ずるくない?」

「セナ。俺達は長い間勉強して得た知識を使ってる。ぜんぜんズルじゃない。他の人も、同じ事をしたかったら勉強すればいい」


 ビョルンが力強く答えた。まったく答えになっていなかったが、かなり真面目な顔をしていた。

 セナは、脳が勘違いして、危うく言いくるめられそうになった。


「そうそう。みんなも魔術師の友達を探せばいいからね」

 ダビデが後ろから答えた。


「おい。ビョルン?そろそろ時間じゃねぇか?」

 フリッツはそう言い、腕まくりをする。


「おっそうだな」

「二人とも頑張って。俺は体格で負けてるから、二人が頼りだよ」

 ダビデが答える。体の大きいビョルンとフリッツが主な戦力らしい。



「良いかビョルン――この戦いに勝つには2つしかない。隙をつく、力で勝ち取る。だ。」

「ああ、任せとけフリッツ。俺にはセナの護符がある。」

「二人とも、頑張って!」

「……」


 そして、テントの扉が開いた。

 大柄な男たちの波が、扉にドッと押し寄せる。


「走るぞ!」

 ビョルンが体格をいかし、人混みを『泳ぐように』進んだ。

 体格を活かすと言っても、他の人間たちも身長180センチは余裕で超えている。


 セナはそれをみて―――とてもじゃないが、この中には入れないと思った。

 数秒でミンチになってしまう。


 セナは、静かに席が取れるように、心の中で精霊に祈りを捧げた。


 * * *


 テント入口は人の波、自由席ゾーンは、ほぼ満席目前だった。

 この戦いを勝ち残るには――頭を使うしか無い。


 ビョルンは人混みの波にもまれながら、快適そうな席を見つけた。

 荷物が一席だけ置いてあるが……誰もいない。


 そこに、急いで自分の荷物を滑りこませ、自分は反対側に座る。

 身長が190センチある事を利用して、足をびろげて、で4席分を確保した。



『ああ!俺達の席がやられた!』

『クソ、退いてくれねーかな白髪……』

 二人組の体格の良い男性が、悔しそうにビョルンを見ている。

 ゲルマン言語だった。思わず出てしまった吐露に、ビョルンも返す。


『悪いな。もう俺達の荷物で埋まってる』

『チッ……ゲルマン言語話せんのかよ。』

『こっちも地元だ。負け惜しみしてる暇なんかあるか?あっちの方まだ空いてると思うぞ』


 そう返すと、二人は我に返ったようにビョルンが指さしたほうを目指して走っていった。


 そして、ビョルンがふと周りをみると、人混みの中にフリッツを見つけ、声をかけた。

『フリッツ!こっちだ!』


『お、やったなビョルン!』

 フリッツは嬉しそうにこちらに近づいてくる。


『よしよし!席も見つかったし、ダビデとセナも呼ぶか!』



「わ!凄いビョルン!いい場所とったね!」

「だろ?ま、こういう時に体格の利を使わないとな」

 そういったビョルンの服は、人混みに揉まれて少し乱れている。


「かなり頑張ったなビョルン」

 ダビデがそんな姿を見て、感心したように話しかける。


「礼ならビールで返せ。さーて、注文すっか!」


 ビョルンは売り子の女性を捕まえて、注文を頼む。

 ディアンドルに身を包んだ売り子の女性は、セナの目から見て、美人な人ばかりだった。

 彼女に注文を頼むと、素早く注文を持ってきてくれた。

 両手いっぱいに、4リットルのビールとつまみを持っている。(ビールは1リットルずつしか提供されない)


 ドン!とテーブルに置かれたビールのジョッキの泡が、見事にゆれる。

 女性の腕にも力こぶが浮いている。ここでの売り子の仕事は、かなりの重労働なのだろう。


 売り子にチップを渡すと、ウインクをして去っていった。


「いやー今年も戦場だったな!席とれて良かった!」

 ビョルンがジョッキをかかげる。


「俺達は勝った!」

 フリッツも重たいジョッキを掲げる。

 ダビデとセナもそれに続いてジョッキを掲げた。

 セナはジョッキが重すぎて、両手で支えている。


「おつかれー!Prost!(プロースト/乾杯)」


 ガチーン!とジョッキが割れそうなほどの勢いでお互いぶつけ合う。


「お、やっぱうめぇな。少し度数強くて」

 フリッツが美味しそうにビールを飲みながら言った。


「わ、私これ飲み切れないかも……」

 セナが不安そうに1リットルビールジョッキを覗き込む。


「大丈夫だよ。そう言いながらいつの間にか飲みきってるのがビール祭りだから」

 ダビデが静かに飲みながらセナに話しかけた。


「そうそう、祭りだと、ビールは水みたいなもんだからな」

 そういうビョルンのジョッキは、もうジョッキの三分の一は消費していた。


 * * *

 

 ビールテント内、乾杯と踊りの音楽がピークを迎える時間。


 ビョルンが、ディアンドル姿の陽気そうな女性に声をかけられる。

 美しい金髪で、頬は薔薇色に輝いていた。瞳は美しい海の色だ。

『貴方、この街の人?』

『いや、北の方の街。祭りに遊びに来たんだ』

『へぇ~。貴方、素敵な髪の色ね。こっちの席、空いてるの?』


 そう言って、潤んだ瞳でビョルンの腕に触れる。

 体型に自信があるようで、惜しげもなく胸を腕に当てていた。


『……悪いな、今そういう気分じゃないんだ。友達で満員だ。』

 ビョルンは、セナやフリッツ、ダビデを見て笑った。


『じゃあ乾杯だけでも?』

 女性はそう言われて、しばらくビョルンの腕を触っていたが、ビョルンが笑顔で「また機会があれば」と言ったので、女性は大人しく離れた。


 女性はビョルンに振られたようだった。

 そして、彼女はチラリとセナのエプロンを見て、こういった。


「貴方、かわいいわね。エプロンは右に結ぶといいわよ。」

 去り際に、女性は結び方を教えた。

「右?あ……ありがとう?」

 セナはそういうものか。と思い、右に結び直した。


 女性が去ったあと、すかさずフリッツがビョルンに問いただす。

「なんだよビョルン!あんな美人に!」

「なんで断ったの?きれいな人だったのに」

 セナもフリッツに乗っかり、前のめりでビョルンに問いただした。


「んー……今はいいって言ったろ。それだけ」

「ふうん……」

 セナは、グビグビとビールを口に流し込んだ。


「くそっ!ビョルンが行かないなら俺が――!」

「やめときなよ。彼女、ビョルンしか見てなかったじゃんか」

「くっそー!」

 ダビデがフリッツをなだめたあと、フリッツが悔しそうにビールを流しこんだ。



 その後、セナが席を離れて会場を移動したとき、妙な視線を感じた。


 トイレに行くときや、飲み物を注文する時に、セナは他の男性からの視線を感じた。

 気のせいかと思ったが、明らかにセナの方をみて、にやりと笑ったりする男性が数人いる。

(……気のせいにしては、目が合いすぎるような……)


「ねえビョルン、私、いま格好変かな?なんか目立ってる気がしてて」


 ビョルンがその表情ををみて、言いにくそうに口を開く。


「あー……セナ。その結び方、恋人募集中って意味だぞ」

「えっ!?な!?」


 セナが右の結び目をサッと隠して固まる。

 セナは顔を真赤にさせて、辺りを見回した。


 セナは、先程の女性の方を発見した。

 彼女はこちらを見て、くすくすと笑っていた。

 どうやら、からかわれたらしい。


「なんだよ、本当に募集してるならいいじゃんか。出会いあるかもしれないぜ?」

 フリッツがビールを煽りながら、セナに話しかける。


「は!?いやいや!!ていうか酔っ払いしかいないじゃん!!!」

 セナは思わず、耳まで真っ赤になった。


「あたりまえだろ。ビール飲みにきてんだから」

 ビョルンがケラケラと笑いながら、ビールを煽った。


「この会場で、ビール飲んでない男性を探すほうが難しいでしょ」

 そう言いながら、ダビデも同じ様にビールで喉を鳴らす。


 セナはその様子を見ながら、恥ずかしそうにビールをもう一度口に小さく含んだ。


 * * *


 セナが一生懸命、ジョッキを仰いでいる。

 するとフリッツが突然、興奮した声で、ビョルンとダビデに向き直った。

「おっ、あのおさげの女の子、恋人募集中だ!エプロン、右結びだ!」


 フリッツが興奮して、一人の女性を指さした。

 ただ、人が多すぎて、他の三人は誰を指しているのかあまり解っていない。


「あー、はいはい。幻覚かな?」

 ダビデが一応女性の方を一応見たが、どれかわからず、適当に返事をした。


「やめとけって、絶対失敗するぞ」

 ビョルンがごくごくとビールを飲みながらフリッツを止める



「いやいや!マジで!俺、行ってくる!」

「……ビョルン、行っちゃったよ?」

「あー……ま、すぐ帰ってくるだろ」



 フリッツが勇気を出して、声をかけにいく。

 女性と笑顔で会話をして、すぐに戻ってきた。

 その顔は、沈んでいた。


「……なんか、俺が好みじゃなかったらしい……」

 撃沈したらしい。


「……お疲れ様」

 ダビデが、フリッツを憐れんで声をかけた。



 フリッツが撃沈したあと、それを見ていた隣のグループの男性がフリッツのために、乾杯してくれた。

 それに気づいたビョルンが、「俺の友達、今撃沈したばっかなんだよ。慰めてやってくれ」

 と言って、隣のグループと乾杯し始めた。


 隣は男女の混合グループで10人ぐらいで飲んでいた。

 女性たちがビョルンの人懐こさに反応し、「乾杯しましょう!」と明るく応じてくれた。


「乾杯して忘れましょ!」

 そう言って女性たちが、次々とフリッツとジョッキをぶつけ合う。

 フリッツは、大人数の慰めで機嫌が戻ったようだった。



 セナは隣のテーブルの女性たちを見て、ビョルンに向き直る。

「ビョルンは声かけないの?」

「んー、いまそういう気分じゃないなー」


 それを聞いたダビデが、ビョルンに声をかける。

「へえ。酔ってないの?」

「いや、雰囲気には酔ってる。でも今日は”遊ぶ日”じゃないんだよ」

 そう言って、ビョルンが肩をすくめる。そしてビールを口に含んだ。

「あぁ……なるほどね」

 ダビデが意味を理解したようにそう言うと、同じ様にビールを口に含んだ。


「?」

 セナは意味を理解してなかったが、とりあえず、そういう気分じゃないのだと理解した。


 * * *


 テントの中で、曲が流れ始めた。

 ホルンの音やら、笛の音やら、賑やかなテント内が、さらに賑やかになった。

 流れている曲が、有名な民族音楽らしく。テント内の誰もが歌い始めた。

 ビョルンやフリッツも、乗りに乗って、肩を組みながら椅子の上に立って揺れ始めた。


 みんな、長椅子の上に立ち、笑いながら歌を歌ったり談笑している。

 数千人もいるテントの中で、全員が同じタイミングで体をゆらしたり、ビールを飲んだりしている。


 人々の踊りで地響きが発生しているような感覚に陥った。

 座っている椅子も、他の人のダンスでガンガン揺れている。

 セナは思わず、この空間に圧倒されてしまった。

 セナの周りはジョッキの音と歌と、人が飛び回る音で、完全に覆われた。


「Prost!」(乾杯)

 そこらじゅうでジョッキがガチーンと思いっきりぶつかる音が聞こえる。

 ジョッキのぶつかる音だけで、曲が作れそうだとセナは思った。

 ……絶対にいくつかは割れているに違いないと、確信していた。

 それぐらい、力強くジョッキをぶつけ、そのたびにビールがバシャッと溢れている。


 そこらじゅうからビールの香りが立ち上り、セナは匂いとその祭りの雰囲気に酔いしれた。


「なんだよ、セナ。酔っ払ったのか?ビール飲めよ。」

 そう言って、フリッツがセナのビールに―――レモネードをぶちこんだ。


 樽生ビールがラドラー(ビールとレモネードを混ぜた飲み物)になっただけで、酒にはかわりない。

 いや、ビールにビールって。追いビールかよ。とセナは思ったが、ここでは考えるだけで、無駄だった。


 セナは仕方なく、それを飲むことにした。正直レモネード単体で欲しかった。



 ダビデの方をみると、なんと、涼しい顔で飲んでいた。

 酔ってないのか?と思ったが、3杯(3リットル)は飲んでいるはずなので、かなり酒に強いらしい。


 ビョルンの方を見ると、もう一杯売り子にビールを頼んでいるところだった。

 注文がてら「次はもっと冷えてるのちょうだいな」

 とジョークを言いながら、売り子にチップを渡してウインクをされていた。


 * * *


 大盛りあがりの宴のあと、セナが、飲みきれないジョッキを静かに見つめていた。

 それを見たビョルンが、声をかける。


「セナ、もう限界か?」

「うん……もうむり……」


 セナが苦しそうに声を漏らす。


「そっか、じゃあ、ちょっと外の空気吸いに行くか。お前らも行くよな?」

「おう。俺も満足」

「いいよ。僕はもう飲み干しちゃったし」


 フリッツとダビデが返事をする。

 ビョルンが、自分のジョッキに残っていたビールを、喉を鳴らして飲み干した。

 泡で濡れた唇を雑に拭い、目元は満足そうに笑っていた。


「うし、じゃあ行くか」


 そして、4人は宴の席を後にした。


 外に出ると、ビールを飲み過ぎて、酔っ払った大量の人が、芝生に気持ちよさそうに寝転んでいた。


 正直、酔っ払いが外で寝ている事を見る自体、こちらではかなり珍しいのだが

 ビール祭りではやはりどうしてもそれは起こるらしい。


 ちなみに、隣の区画にちゃんと治癒師が待機しているテントがある。


 その少し歩いた所に、芝生があり、みんなそこで寝ていた。

 酒をしこたまのみ、かなり気持ちがいいらしい。

 今は秋なのだが……と思ったが、セナは考えるのをやめた。


「よし。ここで寝転ぶか。……おいゲロないよな?」

「無いと思うよー」


 そう言って、4人で芝生に寝転び始めた。

 辺りも酔っ払いだらけなので、酒くさい。

 自分たちも、多分相当酒臭いと思う。


 酒が回った体で、芝生に寝転び、星を眺めている。

 秋の星空は、美しく済んでいた。

 濃紺の絨毯に、砂金が煌めいているようだった。


「……音楽、まだ頭の中で離れないんだけど」

「分かる。俺も」

「なんか、すげぇ学生時代っぽい事したな。今日」


 セナが静かに横を見ると、星を見ていたビョルンが、静かにセナを見た。

「……お前もそう思うだろ?」


 視線が、一瞬まっすぐに合った。しかし、すぐにお互いに目をそらし。また星を眺めた。

 ひんやりとした風が、セナの火照った頬を撫でて心地よい。


 酒臭い秋の夜長は、静かに過ぎ去っていった。

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