魔法陣エンジニア|その天罰は、加護だった。移民女性の技術者が秘密を暴く、多文化×群像劇ドラマ

チャモロ

第一章 大精霊祭の魔法陣

第1話 省エネ魔法陣

風がざわめく――それは、精霊の囁きだと人々は言う。


精霊は、教会に集まる人々の祈りや想いを受け取り、古から存在を証明してきた。


だが、精霊は気まぐれだ。彼らがどの人間を信者に選び、加護を与えるのか、それは誰にもわからない。

人々にできることは、今日も精霊に想いが届くように、選ばれるように、日々をよく過ごすだけだ。


セプティム教会――七つの精霊を崇めるこの教会は、この地方で最も大きな信者数を誇る。だが、精霊が信者を選ぶという仕組み上、人口の減少、それに伴う神官の減少により、祭事の規模が縮小しはじめていた。


 * * *


「大精霊祭用の魔法陣の開発ですか?クラウス?」

セナは、目の前の書類に目を落としながら問いかけた。その声には驚きと戸惑いの色が窺える。黒く流れた髪を耳にかけた。


冬が終わり、温かな風と新緑が芽生え始めている昼下がり、前触れもなく急に上司のクラウスに呼ばれた。外の柔らかな春風とは裏腹に、研究所の会議室には緊張が漂っている。


「そうだ。セプティム教会から依頼があった。次の大精霊祭で使う、大型魔法陣の省エネルギー化をしたいとのことだ」


クラウスは落ち着いた声で答えた。短いブラウンの髪とヘーゼル色の瞳が、春の光を反射する。彼は一見、何も思っていないふうを装っていたが、何度も一緒に仕事をしているとわかる。


彼は今、少々言葉を選びながら、こちらの反応を見ている。


「今は1時間に七人の同時詠唱が必要だが、これをもっと少ない時間と人数で行いたいらしい。どう思う?」

クラウスが詳しい要件を話さず「どう思う?」と聞く時は、大体仕事の選択肢が無い時だと解っていた。


「その人数と時間をどうにかしないといけないわね」

セナの右隣に座っていたアネッタが、書類を見ながらぽつりと呟く。長い腕の先についた、浅黒く健康的な色の指が、書類の文字を追っていた。


「神官になりたい人が減ってるんだ。そこで費用をかけて新しい魔法陣の開発に踏み切ったんだろうさ」

セナの左隣に座っていたビョルンが、自慢の白髪をかきあげながら背筋を伸ばし、姿勢を変えて腕を組んだ。

彼もセナ同様、仕事の選択肢があまり無いことは解っているらしい。


「……精霊の意志に逆らうような気もしますが?」

セナの問いには慎重さが滲んでいた。専門分野の仕事とはいえ、教会の魔法陣という神聖な仕組みに手を加える行為は、技術的な挑戦を超えて、伝統や信仰に対する挑戦でもあった。


「我々は精霊の意志や伝統をぞんざいに扱う事はしない。それを受け継ぎ、認め、その上で今を生きる人々に寄り添うための技術を提供する。それが魔法研究所の使命だろう?」

クラウスの言葉に、セナは心の中でそれをかみ砕き、頷いた。


セナは上司がこのように急ぎ会議を開く時は、大抵何か理由があるとわかっていた。


「それで?急に呼び出して新しいプロジェクトの説明をするときは、大抵何かあると思うんですが、開発期間はどれくらいなんですか?」

「それがな……」

クラウスは淡々とプロジェクトスケジュールを伝える。


「つまり……我々の開発期間は5ヶ月だ」

「えっ!5ヶ月!?」

セナの驚きに、テーブルの上のお茶が揺れた。動揺がテーブルだけではなく、部屋全体に行き渡った。


「普通の開発期間の半分くらいってことですか? ちょっと短めねぇ……」

アネッタが、テーブルに肘をつきため息をした。大きな金輪のピアスを不安そうに、指でゆらゆらさせている。


「もう来週から始めないと、まずいじゃないですか」

ビョルンが書類を見直す。プロジェクト進行の逆算を始めた。

「調査時間を2週間と少しとして、確認も含めたら大体3-4ヶ月くらいしか開発期間がありませんね」


「どうする?断ってもいいが、これほどの有名な顧客の仕事はなかなかない。これができれば、今後はセプティム教会と太いパイプが出来るから、なるべくこの仕事を受けたいと言うのが研究所の本音だ」


セプティム教会は、この地方の主な主力教会の一つだ。7つの精霊を調和の信仰として崇める。

調和をテーマとしているため、多国籍の信者が存在し、大精霊祭は多国籍の屋台や見世物で大賑わいだ。この地方の大きな祭りでもあるし、地域の経済的にも意義が大きい。


こんな仕事を持ってくるなんて……果たして可能なのだろうか……?

セナはクラウスの含みがある発言を、心のなかで噛砕いて考えた。


クラウスは上司として優秀だ。しかし、魔法研究所の中間管理職の身であり、押し返せない仕事内容も時々発生することはやむを得ない。とはいえ、本当に無理なスケジュールの仕事は持ってこない。かならず交渉する。


この短期間の仕事を持ってくるということは、「仕事が可能である」のと「まだ交渉の余地がかならずある」からだ。


ビョルンが身を乗り出して質問する。

「この仕事が終わったら、昇給、あります?」

「それはお前の頑張り次第だ、ビョルン」

クラウスがぴしゃりと釘を刺した。ビョルンが冗談だ、と言わんばかりにニヤリと笑った。


「昇給したかったら、博士研究かもう一度学位に進んだらいいじゃない?」

アネッタが、ビョルンの方を向き、真面目にアドバイスをした。


「俺はもうそっちには進まねぇ。実務のほうが好きだし、何よりストレスで自慢の白髪が抜けてモテなくなっちまう。デリケートなんだよ、俺は」

「嘘ばっかり」

アネッタが呆れたように首を振り、救いがたいわね。という目をセナに向けた。


「まったくこの2人は。セナ、お前はどうしたい?」

クラウスが、この冗談好きな2人の対応は慣れている。放置しておこう。と言わんばかりに、セナに質問をした。


「……私はこの仕事は出来ると考えています。50%の省エネとはいかなくても、20%ぐらいなら可能だと思います」


ビョルンが続ける。

「俺も同意だ。俺は50%近くはいけるんじゃないかと思っているが、これは調べてからだな」


「私も、この仕事は面白そうだし、クラウスが持ってきたなら、可能でしょう。と思っています。省エネの可能性については、セナと同じ意見です」

アネッタも真面目に回答した。


「決まりだな。セプティム教会に返答してくるとしよう。まず、現行の魔法陣の調査ができる様に話をつけてくる」

クラウスが書類を集め、颯爽と扉を出ていく。


爽やかな春風が、やわらかくカーテンを揺らしている。

しかし、その風のささやきは、セナの心にわずかなざわめきをもたらした。


――けれど、それが何かを知るには、まだ少しだけ早すぎた。


この違和感が、後にすべての始まりだったと知るのは――まだ誰も想像していなかった。

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