第3話 追放、川の底

 俺が小御門の豹変ひょうへんぶりに絶句する一方で、モルバ神官はあいつを褒め称える。


「いやはや、リョウマ様やアイナ様が話の通じるお方で助かりました。こんな邪魔な転移者を置いておくわけがないと、私は信じておりましたよ」

「モルバ……神官……ぐっ!」


 どんな神経をしてるんだ、と言おうとするより先に、小御門が俺を突き飛ばした。

 仰向けに倒れ込んだ俺の上に馬乗りになるのは、乱暴者の坂崎だ。


「おい、【武器生成】とかいうスキルが使えただろ? ナイフとか、出せるか?」

「あ、うん……坂崎、これでいいか?」


 子分のひとりが手のひらから光を出すと、そこに1本のナイフが生まれる。

 スキルの力に驚いた俺だけど、そんな暇はもう残されちゃいない。


「おう、サンキューな、っと!」


 坂崎はナイフを掴み、俺の胸元に突き立ててきた。

 正気かコイツ、俺を殺す気か!


「そういやお前さ、【生命付与】とかいうスキルが使えるんだろよな?」

「坂崎、こいつが死んだらよォ、自分の命をどうにかできるか試すとかどうだ!」


 信じられないほど残酷な提案を聞いて、坂崎の顔に悪魔のような笑みが浮かぶ。

 服を突き抜けて、肌に切っ先が当たり、わずかに血があふれ出す。


「バーカ、抵抗してんじゃねえよ!」

「銀城が来るなんて期待すんなよ、コラ!」

「ぐ、うぐぐ……!」


 スキルで抵抗してやりたいのに、使い方も分からない。

 そもそも最低ランクの【生命付与】がどんな力を発揮するかさっぱりだ。

 こいつらはどうやってスキルを自分のものにしたんだ、人を死なせるだけの力を。


 というかなんで――ここまで躊躇ちゅうちょせずに、人を殺せるんだ!


「君達、やりすぎちゃダメだよ」


 坂崎の手を掴み、俺が必死に抵抗していると、小御門がいつもの声で忠告した。


「は、はい!」

「ケッ、命令してんじゃねえよ。世間知らずのボンボンが」


 坂崎は不満げに、子分達は焦った様子で俺から離れてゆく。


「はぁ、はぁ……!」


 じくじくと痛む腹を押さえていると、小御門と近江が俺のそばに来て言った。


「天羽君、僕は殺してまで君を排除したいとは思わない。ただ、僕とアイナの輝かしい未来を害するカビが紛れ込んでいるのが、許せないだけなんだよ」


 悪魔のように笑う小御門に、腕を絡ませる近江。

 どうやら知らない間に、ふたりは付き合ってたらしい。

 お似合いのカップルだ……外道同士、って意味で。


「……坂崎達は、カビじゃないのかよ……」

「彼らは使い道のあるカビさ。君は存在するだけで周りを毒する、吐き気をもよおすカビだ」


 人をカビと称して見下すこいつは、自分を神様だと思ってるのか。


「最後のチャンスだ。君自身の口から、追放してください、と言ってくれ」


 いや、思っているんじゃなく、確信してるんだ。

 そうじゃなきゃ、自分の頼みを断るわけがないって、自信に満ちた顔になんかなるもんか。

 ここがもしも学校だとか、誰もが小御門の肩を持つ場所なら、俺もきっと諦めて「出ていく」って宣言してたよ。

 でも、異世界に放り出されて死ぬくらいなら、ここで抵抗してやる!


「お前の言うことなんて……死んでも、聞いてやるかよ、バーカ……!」


 俺がぜいぜいと息を荒げながら言い放つと、明らかに小御門の顔つきが変わった。


「テメェ、まだナメた口ききやがって……」

「待ってくれ、坂崎君」


 坂崎が拳を鳴らしながら俺を起き上がらせると、小御門が彼をどかせた。

 ぱき、ぽき、と指の骨を鳴らした彼が、俺の首を掴んだ瞬間。


「――スキル【神剣】」


 小御門の手からほとばしる『光の剣』が、俺の腹を貫いた。


「がはっ……」


 何のためらいもなく、使ったこともないはずのスキルで、あいつは俺を刺した。

 口から漏れる血を押さえる俺を見る小御門の目は、もう品行方正な優等生じゃない。


「便器にこびりついたクソ以下の無能が、この僕に盾突くなよ……!」


 気に入らないものすべてを排除しないと気が済まない――バケモノの目だ。


「あらあら、リョウマの本性が出たみたいね」


 とんでもない凶行きょうこうに出た小御門を見て、さすがの坂崎達も驚愕きょうがくしてるってのに、モルバ神官と近江だけはにやにやと笑っている。

 人が死ぬさまを……剣を抜かれ、血が噴き出すさまを笑っている。

 これが、異世界の望んだ人間か?

 こんなのが世界を良くするのか?


「さあ、君達も見ておくといい。この異世界で君達が何をしようが自由だ、誰を殺しても犯しても、僕に手を貸してくれるなら何も言わない……ただし!」


 誰も俺の問いに答えない。

 血走った瞳で、荒い息で、血管を浮かせた男は聖なる剣を掲げて――。


「僕の目的を邪魔する奴は、こうなるからなァッ!」


 俺の体に、思い切り振り下ろした。

 袈裟懸けさがけに斬られ、足に力が入らず、体がゆっくりと後ろに倒れてゆく。

 坂崎と子分が、近江が、モルバ神官が、小御門が俺を射殺すような視線をぶつけるのを最後に、俺は崖から落ちていった。

 体が宙に浮き、重力に惹かれるのを感じているうち、音を立てて川に激突する。

 暗い水に血がにじんで、赤く染まる。

 全身がきしむように痛いのに、声が出ない。


(……血が、止まらない……全身が痛い……死ぬ、かも……)


 もうじき死ぬと分かっていても、俺には後悔はなかった。


(銀城、カノンさん……あの子だけが、味方だったんだ……嬉しかったな……)


 最後まで銀城さんが、俺を信じていてくれたと確信できたから。


(あいつらの言いなりにならなかったぞ……ざまあみろ……)


 しかも、向こうの世界でやられっぱなしだったけど、一矢むくいることができた。

 だからもう、俺は満足してあの世に行く心構えでいた。


(……ん? あれ、は……)


 はず、だった。ぐるり、と水中で俺の体が半回転して、底に視線が向く。

 岩や瓦礫、水草の奥に見えるのはだ。

 肌がよどんだ色になって、頬はこけているけど、間違いなく人間だ。


(……人間の、死体? なんであんなところに――)


 死体だと察した俺の、身動きの取れない体が沈み、とうとうそれと鼻がぶつかった。




 ――その時だった。

 ――死体の目が、くわっと見開いて、俺と目が合った!




「~~~~っ!?」


 驚きのあまり口から空気の泡を吐き出す俺の頭に、死体の頭がぶつかる。


(ずっと信じていたよ、以外の人間が来るのを!)


 すると、脳みそに文字を殴り書きするかのように、死体の言葉が聞こえてきた。

 男の声、しかも俺よりずっと年上の人の声だ。


(この人、直接頭に話しかけてる!?)


 痛みや死をすっかり忘れた俺に、死体の男は響き渡る声で言った。


(頼む、100年待ち望んだチャンスなんだ! あいつらの代わりに使ってくれ、私の――【異能強化】のスキルを!)


 迫真の顔つきで語る男の口が開き、俺がガボガボと吐き出す空気と混ざり合う。

 どうなっているのか、何が起きているのか、理解できない。


 そのうち、意識を失うように、俺の視界は真っ白に染まっていった――。

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