最終話   ゆっくりはヤメ

 ウィルとの婚約を認めてもらうため、先ほどおじい様とお母様と登城して、国王様と王妃様との面談を終えた。


 元は下位貴族出身の私だけど、おじい様が国を救った英雄として上位貴族になったお陰で、懸念していた身分という婚姻の壁はなくなった。

 でも私は、国王様と王妃様によく思われていないのではと心配だった。

 なぜなら今回の出来事がなければ、とても王族と釣り合う家柄ではなかったのだから。


 でも心配は杞憂だった。


 国王様は「マリー嬢を産み育ててくれて感謝する」とお母様におっしゃり、王妃様は私の髪とネックレスの宝石をじっと見てから「あなたほど王家へ嫁ぐのにふさわしい人はいません」とおっしゃった。


 私にその視線の意味は分からなかったけど、お母様は感極まって涙を流した。


 無事に承認してもらえたので、あとは婚約の書面を交わして『新年を祝う会』で国民に報告するだけだ。


 おじい様とお母様には先に帰ってもらい、専属侍従となったコレットと一緒にある場所を訪れる。


「こんにちは、ジゼル様」

「ごきげんよう、マリー様」


 ジゼル様の休憩時間に合わせてメイドの休憩室を訪問したのだ。

 私が休憩室のテーブルにつくと、コレットが私の斜め後ろに立つ。


「私、三日間も寝ていたんですね。驚きました」

「あれ以上寝ていたら、体が衰弱して危なかったそうですわ」


 人間は栄養も水分も取れずに眠り続けると、そのまま死んでしまうらしい。

 二百年前の王妃様は、長く目覚めずに衰弱死した。

 王妃様のときは、一千人に一昼夜の時空魔法を発動して、そのすべての反動を受けた。


 私の場合は、三百人に数時間の時空魔法ですんだため、反動の睡眠が三日間ですんだと思っている。


「コレットは私が目覚めたあと、どうしてすぐ戻って来なかったの? いろいろ大変だったのよ?」

「お医者様を連れて部屋の前へ戻ったんですけど、ジゼル様がすぐに入ってはだめとおっしゃって」


 コレットの説明を聞いて合点がいった。

 さっき休憩室に入ったときから、ジゼル様がずっとニマニマしていた理由が分かったからだ。


「第一王子様が婚約してからじゃないと、ロラン様は婚約する気がないのですもの。だから、マリー様には頑張っていただきたかったんですわ」

「ジゼル様ったら、そんな計算されていたんですね」


 使役魔物による王都襲撃が失敗し、国境に集結していた帝国軍は撤退していった。


 それで先週、おじい様のしょう爵式ができて、私は上位貴族の孫娘になったのだ。

 その日を境に、ジゼル様が私を様付けで呼ぶようになったのだけど、私自身は何も変わっていないので妙な感じがする。


「あっ、マ、マリー……」


 休憩室の扉が開いてスザンヌ様が顔を見せると、私を見て口ごもった。

 慌てたジゼル様がスザンヌ様へ注意する。


「だめでしょう、スザンヌ。様をつけなさい。マリー様でしょ」

「……」


 スザンヌ様はいつの間にかマチルド様につき従ってこちらの様子を伝えたり、面と向かって嘲笑ったりとかなり酷い態度をとった。

 でも、一番ショックを受けたはずのジゼル様は彼女を許したのだ。


「マリー様がみんなを助けてくださらなかったら、この王都は壊滅していたのですよ」

「わ、私は戦いの様子を見ていませんので」


 スザンヌ様は扉の前に立ったまま、下を向いて口を歪めた。

 それを見たジゼル様が慌てる。


「ごめんなさい、マリー様。ほら、スザンヌ。私にしたようにマリー様にも謝罪なさい」

「……」


「スザンヌ! あなたも貴族令嬢でしょう。階級のけじめは大切ですわよ」


 ジゼル様が強い口調で叱責すると、スザンヌ様は観念したように目をつむる。


「……す、すみません……でした」


 彼女の固く閉じた口から歯ぎしりが聞こえた。

 私はできるだけ優しい口調を意識する。


「いいんです。それよりスザンヌ様、結婚式に来てくださりますよね?」

「そ、それは当てつけでしょうか!」


 スザンヌ様の婚約は破談になったらしい。デハンジェ家の令嬢と懇意にしていたのがお相手に伝わって、一方的に婚約解消されたそうだ。


「いいえ。ウィルが国の全貴族を呼びたいと言うのです。是非ご招待させてください」


 私がウィルの名前を出すと彼女はまた口を歪めた。


 将来の国王、第一王子様の結婚式なので国の全貴族が出席する。

 それなのに自分だけが嫌だとは断れずに不満なのだろう。


「あの、無理にとは言いませんので」


 私がなるべくソフトに伝えるとジゼル様が割って入る。


「スザンヌは喜んで出席しますわ。ね、スザンヌ?」

「そうです……ね」


 人の幸福を妬み、人の不幸を好むスザンヌ様の性格に、ジゼル様は最後まで気づいていないようだった。

 この純粋無垢なところが彼女の魅力でもあるけど。


「それにしてもマリー様が羨ましいですわ。私だってゴールインしたいのですよ」


 ジゼル様が寂しそうに下を向く。


「うふふ。ジゼル様、任せてください! ウィルとのお茶会にご招待しますよ」

「任せてくださいって? 私が行けば、おふたりの邪魔になりますわ」


 ジゼル様が冷静に遠慮するので、狙いに気づいていないのが分かる。


「表向きはジゼル様を招いて三人でお茶会をします。でも大丈夫ですよ。私の侍女のコレットのほかに、もうひとり男性が参加しますから」

「もうひとり?」


「お客様のいらっしゃるお茶会なら、ウィルの執事も一緒なので!」

「あっ! ロラン様もいらっしゃるのですね!」


 ジゼル様にも幸せになって欲しい。

 恋愛結婚を願う気持ちは、誰よりも分かるから。


「ジゼル様、スザンヌ様、今日はこれで失礼します」

「またいらしてくださいね、マリー様」


 ジゼル様はにこにこの笑顔で、スザンヌ様は黙って頭をさげた。


 休憩室をあとにした私はコレットと急いで馬車に乗り込む。

 このあとは私の家でウィルがおじい様と最後の手合わせすることになっているからだ。


 自宅に戻った私たちは修練場へ向かう。


 修練場からは剣のぶつかる音が聞こえて、すでにウィルとおじい様の修練は始まっていた。

 ふたりの剣技は熱気が凄くて実戦さながらに激しかったが、私には不思議と対話しているように感じた。


「ウィリアム殿下、孫娘を頼みますぞ」

「お任せください。べラルド様」


 誰にも邪魔できないふたりだけの時間が終わる。


 最後の修練なのに交わした言葉は意外なほどあっさりとしていた。

 だが、きっと彼らはすでに剣を交えて対話をすませていたに違いない。


 最後の修練を終えて満足そうなウィルと私の部屋へ向かう。

 コレットにしばらく休憩するよう伝えてから、彼と私の部屋へ入った。


「ウィル、お疲れ様」

「ああ。幼い頃からの修練に区切りがついた」


「なら、いまからは私との時間?」

「もちろんだ」


 晴れて私と彼は婚約者になった。

 でもそのことが信じられなくて、もしかしたら夢かもしれないと急に不安になる。

 だってウィルとは高い身分差があり、一度は絶望して諦めた恋だから。


「じゃあ、あなたの愛を私に伝えて」


 私のお願いに彼が微笑むと、弱点を見透かすように両手で頬を触られた。

 ごつごつしたあの硬い手の平に刺激され、私の体へゾクゾクと電気が走る。


「伝えるから目を閉じずに俺を見ているように」


 彼は言い終えると、ゆっくり顔を近づけてくる。

 私は言われた通り、キスされる前からキスされている間、そしてキスを終えて離れる彼の顔を見続けた。


 大好きなウィルの顔が近づくだけで嬉しくて、サラリと輝く金髪が美しくて、碧く澄んだ瞳に心のすべてを見られている気がして。

 そして私は彼の唇に溶かされた。


「マリー、愛しているよ」

「ウィル、愛しているわ」


 私は大好きな彼の手に触れられて、これ以上ないほどの幸せを感じたのだった。


 了



完結までお読みくださり、感謝申し上げます。

そしてフォロー、☆評価くださり本当にありがとうございました。

m(_ _)m(深々)

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【完結】大好きな彼に「結婚したい人がいる」と言われました。貧乏令嬢なので仕事に生きることにしたのに……なんで?どうして私を甘やかすの?? ただ巻き芳賀 @2067610

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