その四十  戦いの顛末

(あれ? 私、寝ていたのね。いつから寝ていたのかしら。寝る前は何していたんだっけ?)


 目覚めたのが寮でも実家のベッドでもなく、巨大な天蓋つきベッドだと気づいて驚く。


「……ここ、どこ?」


 私はなぜここで寝ているのだろう。


 寝る前に何をしていたのか考える。

 魔法を使った気がするけど、記憶がおぼろげ。

 フラフラしながら無理に魔法を使った気がするから、魔力を使い過ぎて倒れたのかもしれない。


 メイドの自分が寝かされるなら、寮の自分の部屋のはずなのに、どうも宮殿のベッドのようだ。

 寝具の上掛けをまくって自分の恰好を確認すると、服は脱がされていて白いレースの可愛いシュミーズ姿だった。


 きっと、ウィルが宮殿のこの部屋を手配してくれたのね。

 そしてコレットが私を下着に着替えさせて、介抱してくれたのかな。

 何か大事なことを忘れている気がする。


 魔法を使う前に何をしていたか考えてハッとした。


(王都に魔物が攻めてきて、みんなで戦っていたんだわ! あの戦いは終わったの? みんなは無事なの? 寝ている場合じゃない!)


 ベッドの上で上体を起こして部屋を見回す。


「あ、コレット! ジ、ジゼル様も!」


 すぐそばに仲良く椅子を並べて、居眠りするふたりを見つけた。

 私の声で寝ていたふたりも起きる。


「マリー様? マリー様っ! ああっ、目覚めたんですね!」

「よ、よかった……。私はマリーが心配で心配で!」


 ふたりが椅子から立ち上がってベッドに寄ると、体を起こしていた私に抱きついた。


「マリー様、お体はどうですか?」

「コレット、ありがとう、体は平気みたい。よく寝たからか気分がいいわ」


 心配してくれるのが嬉しくて笑顔でコレットに答えると、ジゼル様が首を横にふる。


「そうは言っても、あまり無理をしないほうがいいですわ。だってあなた、三日も眠っていましたのよ」

「ジゼル様、ご心配をおかけして……え⁉ 三日⁉ 私、三日も寝ていたんですか⁉」


 どうやらよく寝たじゃすまないくらい、深い眠りだったようだ。

 ふたりの反応から、相当心配をかけたのが分かる。

 ジゼル様が立ち上がるとコレットの手を引く。


「コレット、あなたはお医者を呼んでいらっしゃい。一階の来賓室に待機しているはずだから。私はあのお方を呼んできますわ」

「は、はい。承知しました、ジゼル様」


 いつの間にか、ジゼル様がコレットと普通に接している。

 身分差を前提に接してはいても、いまのジゼル様に平民を侮蔑する態度はない。

 そんなふたりの関係に、私はとても嬉しくなった。


――コンコンコン。


 ふたりが部屋を出てからあまり間がなく、扉がノックされる。


「マリー! 俺だ!」

「ウィル!」


 彼が来てくれたのだ。ずっと不安で彼に会いたかった。


「早く、早く顔を見せて!」


 思ったことがそのまま口に出てしまった。

 一秒でも早く顔を見たかったから。

 ウィルの声が聞こえた途端、彼のことで頭がいっぱいになった。

 居ても立ってもいられなくて、ベッドを降りて裸足で扉へ近づく。

 扉が開いて彼が顔を見せた。


「もういいのか? 起きて平気なのか?」


 心配するウィルに元気なのをアピールするため、その場でくるりと回って見せる。

 最初、彼はひどく心配していたが、私の様子を見て微笑んでくれた。


「ほら、もう平気。たくさん寝たからかな。見て! この通り元気よ」


 私の返事を聞いてウィルは安心した様子だけど、なぜかまじまじとこちらを見てくる。

 これまでの経験にないほど、彼の視線が強い。


 でもその視線は私の目ではなく少し下を見ている。

 で、私もつられて下を見る……。

 着ている白いシュミーズが目に入った。

 あ、そうか、忘れていた。いま私、シュミーズ姿だったんだ……。


「き……」

「き? マリー?」

「きゃぁぁああああっっっっ!」


 恥ずかしさのあまり、寝ていたベッドへ大急ぎで飛び込むと、寝具に潜って隠れる。


 ……し、し、下着姿を見られてしまった。

 あ、違う……。

 私は自分から下着を見せたんだ。

 しかも、わざわざ彼の前でくるりと回って、下着姿の全身を見せてしまった。


(きゃぁぁああああ! もうっ、何しているのよ、私っ!)


 寝具を被ったまま、ウィルにシュミーズ姿を見られたことを反すうする。


 大好きな彼に見られたので別に嫌じゃない。

 嫌じゃないけど、心の準備が出来ていなかった。

 恥ずかしさで寝具から顔を出せない。


 せっかくウィルに会えたんだもの、いっぱい話がしたい。


 戦いの最中で私が倒れたあと、あの魔物たちは一体どうなったのか。

 ほかの人達は無事なんだろうか。

 戦いはとっくに終わっているようだし、撃退できたんだろうけど……。


 寝具から顔を出すと、さっきコレットが座っていた椅子にウィルが座ってこちらを見ていた。


 照れ隠しで笑いかけると、彼は微笑んでからベッドに腰掛ける。

 私が彼に手を伸ばすと、優しく握ってくれた。

 彼の荒々しい手がなんとも頼もしい。


「ねぇ、ウィル。戦いはどうなったの?」

「魔物は殲滅した。王都は無事だ」


 ほっとした。

 あの戦いじゃ、命を落とした兵士もいるでしょうけど、それでも王都の人たちを守ることはできたのだ。


「エバ様は?」

「護衛のゴーレムを倒して彼女を捕縛した」


「このあと、どうなるの?」

「エバ・デハンジェは本来なら反逆罪で死刑はまぬがれない。だが帝国側には人質として我が国の姫がいる。だから、交渉カードになりうる間は生かしておく」


 魔物の襲撃で命を落とした人もいる。

 エバ様のしたことは決して許されない。


 戦いの最後で、彼女がなぜこんなことをしたのか告白してくれた。

 療養中と思われていた父親のデハンジェ卿が人質に取られていたと言うのだ。


 エバ様は生まれも育ちもグランデ王国で、帝国に思い入れなどないと言っていた。

 それでも帝国のために動いたのは、人質にされたデハンジェ卿の命を救うためだったらしい。


 彼女のお母様は憎き帝国の姫として世間の悪意を受け精神を病んだ。

 何年も前に姫が寝込むと、今度は姫の娘であるエバ様が世間からの悪意を受けた。


 そんなエバ様をデハンジェ卿は愛情で包んで大切に育てたのだ。

 だから彼女は命に代えても人質の父親を助けると誓ったという。


 それからは帝国に従いつつも、なるべく王国に被害が少ない方法を模索したらしい。


 まずは侍女にマチルドと名乗らせて王妃にすることで帝国を納得させようとした。

 それが失敗しても、帝国兵と使役魔物の混成大隊で国境の村々から順に侵略するのではなく、使役魔物で王都だけを陥落させる一番王国に犠牲の少ない方法を選んだという。


 彼女に打ち明けられたあのとき、私は黙ってその話を聞いた。

 でも身内の生死を握られたとはいえ、エバ様はやはり間違った選択をしたと思う。

 今回の王都襲撃が成功していたら、魔物に多くの命が奪われていた。

 なんとか最悪の事態は回避できたけど、それでも亡くなった兵士もいたのだから。


「操られていた侍女の彼女は?」

「同じく反逆罪で牢にいる。マチルドは被害者だが関わった事件が大きすぎた」


「彼女は操られていただけ。悪くないわ。お願い。どうにかできない?」

「そうだな……」


 ウィルは目をつむると、少し考えてから私の目を見る。


「裁判は避けられない。一方で、マチルドの防御魔法を失うのは王国の損失、とも考えられる。だから、王国への無期限労働で死刑の代わりにできるか、裁判官に確認してみる」


 上手くいくか分からないと言われたけど、関わりのあった人なので助かって欲しい。


 もうひとつ、確認したかったことがある。

 王都防衛に比べると実に個人的なことだ。


「わ、私たちはお互いが好きあっているのよね?」


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