その三十九 白い令嬢と黒い令嬢

 黒い光を放つエバ様が先頭に立ち、防御魔法を展開するマチルド様と漆黒のゴーレムが後に続いてこちらへ向かってくる。

 いつもは一歩下がっているエバ様の言動が明らかにおかしい。


「全ての元凶はお前だ。マリー・シュバリエ。お前さえいなければ、計画はすべて上手くいったんだ」


 それを受けてマチルド様が私を指さす。


「エバ様。強い緋色の光を放つ彼女が、王国軍抵抗のかなめです。貧弱な兵士がまともに戦えるのは、彼女が規格外の補助魔法を使っているからです」

「そんなことは言われなくても分かる」


 エバ様は侍女とは思えない言葉をマチルド様へ返すと、私に向かって指をさす。


「お前を倒して王国のすべてを終わらせる!」


 彼女から一層強い黒の光が放たれた。

 同時に漆黒のゴーレムがこちらへ接近し、ギギギと音をたてて拳を振りかぶる。

 だめだ。いくら『アート』の効果で敵の攻撃が見えても、ふらふらで避けられそうにない。

 やられる!

 死を覚悟したが、激しい衝撃音とともにゴーレムの攻撃がそれた。


「マリー、大丈夫か⁉」

「ウィル!」


 緋色に輝く彼が漆黒のゴーレムの前に立ちはだかって、重い攻撃を剣撃で弾いてくれた。

 連続するゴーレムのパンチを次々に弾いてそらす。


「ならば、直接始末するまで!」


 エバ様が黒いドレスの裾をまくって短剣を出すと、こちらへ駆け出した。


「お前さえ始末すれば戦局はくつがえる!」

「エバ様だめです! 防御結界から出ては!」


 マチルド様の制止を無視した彼女は、走りながら短剣を振りかぶる。


「マリーは私が守りますわ!」


 なんと、緋色に輝いたジゼル様がすっとエバ様の前に出ると、振り下ろされた短剣を何かで受け止めた。

 そのまま彼女はバランスを崩して後ろへ倒れ、私にぶつかって一緒に転んだ。

 その拍子でエバ様の短剣が食い込んだ何かが宙を飛んでいく。


 離れたところに落ちたのは、短剣が食い込んだ扇子だった。

 マチルド様が以前にジゼル様へ投げつけた扇子だ。

 ジゼル様はあの扇子をマチルド様へ返すつもりで、今日まで持っていたのだ。


(助かりました、ジゼル様)


 安堵したとき、ウィルが防壁へ向かって叫ぶ。


「いまだッッ! ロラン!」


 それに応えたロラン様が手を振りかざす。

 一瞬の閃光とともに雷鳴がとどろいた。

 まぶしさから視界が戻ると、エバ様がゆっくり倒れるのが見えた。


 彼女の体から出ていた黒い光が消えていく。

 ウィルが食い止めていた漆黒のゴーレムが動きを止めた。

 マチルド様が気の抜けた声をあげる。


「あ、あれ? 私は一体……。あ、エバ様!」


 彼女は倒れたエバ様を見つけると、慌てて駆け寄り彼女を抱き起す。


「よかった。気を失っているだけです」


 魔物を操っていたのはエバ様だった。

 黒い光で魔物を操るなら、帝国の血を継いでいるということになる。

 では、マチルド様は……彼女は何者なのか。

 私はふらふらしながらもマチルド様の前へ立つ。


「あなたは一体何者なんですか?」

「私はエバ様の専属侍女です。あ、頭が痛い」


 上位貴族の令嬢のはずの彼女は、自分を専属侍女だと言うとエバ様を膝に乗せたまま頭を抱えた。


「大丈夫ですか?」

「ええ。いつもの片頭痛です。私はよく意識を失って、目が覚めると記憶がなくてひどい頭痛がするんです。あっ、そんなことよりもみなさま、エバ様が大変なんです!」


 ウィルが指示を出してエバ様の前に衛生班を待機させる。


「治療はするが、この女性の素性を教えてくれ。君から彼女の話を聞きたい」


 マチルド様は心配そうにエバ様を見たあと、彼女の話を始めた。


「エバ様は上位貴族デハンジェ様のご令嬢です。そして亡くなられた帝国の姫様である奥様の血も引く由緒正しい貴族です」

「やはり彼女は姫の娘か! しかし出生の届け出はマチルドだと確認しているぞ」


「マチルドの名は私にくださりました。いまは、帝国語で命の意味を持つエバを名乗られています」

「では、あなたはデハンジェ卿のご令嬢ではないのか?」


「私はただの平民です」

「平民だと⁉」


「はい。孤児だった私はただ似ているという理由でエバ様に拾われました。すぐに記憶を失くす役立たずな私を叱りもせず、そばに置いてくださります」

「記憶を失くすのか?」


「はい。変な生臭い血のようなものをエバ様に飲まされたあとは、決まって記憶がなくなります。でも、お嬢様の命令なので断れなくて」


 記憶がないということは、エバ様に操られていたのかもしれない。

 でも彼女が操れるのは魔物だけのはず。


 私とウィルは顔を見合わせた。


「ねえ、ウィル。もしかして彼女が飲まされた血のようなものって……」

「ああ。おそらく魔物の血だ」


 魔物の血を侍女に飲ませて、自分の身代わりとして操る。

 事実なら身の毛もよだつほど恐ろしい。だけど、何のために……。


「や、役立たずね、あなたは。本当に」

「エバ様!」


 彼女の意識が戻ったようなので、真実か確認するために近づく。


「エバ様が帝国の姫様の本当の娘だったんですね」

「ちっ。マチルドが事情を話したな。これじゃ罪の擦りつけもできない。顔が似ているから王妃にして傀儡にしようとしたのにそれも失敗するし。本当に役立たずな娘だ」


 上半身を起こしたエバ様は、なんと震える体で再び立ち上がった。


「私は、私は諦めない! 覚悟しろ、マリー・シュバリエ!」


 彼女の体から再び黒い光が出始める。


「もう、終わりにしてください!」

「終わりにしろですって? あなたごときが偉そうに!」


 黒い光で漆黒のゴーレムが動き始める。

 が、先手を打ったウィルがジャンプして太刀筋の見えない横一閃を放った。

 その強力な斬りでゴーレムの頭は胴から切り離される。

 しかし、それでもエバ様は諦めようとせずに私を睨みつけた。


(私がエバ様の心に訴えなければ。彼女を突き動かす怒りの炎を鎮めなければ)


 彼女が私を敵とみなすなら、私が決着をつけなければ終わらない。


「どうかもう終わりに。おつらい事情があるのだと思いますが」

「おつらい事情⁉ ねえ! あなたに私の一体何が分かるっていうの⁉」


 激昂した彼女の平手打ちが飛んでくる。


 時空魔法のお陰でそれはゆっくりに見えた。

 でも、私はあえてそれを受けることにする。

 運命に翻弄された彼女を受け止めるために。

 この戦争を終わらせるために。


 私はエバ様に頬をはたかれながらも歩み寄る。

 そして、彼女を両腕ごと抱きしめて拘束した。

 黒いドレスを着た黒髪の彼女を、銀髪で白いドレスアーマー姿の私が抱きしめる。


 そのまま黒髪に顔を寄せて、彼女だけに聞こえるように話す。


「私にあなたのつらさは分かりません。だから教えてください。あなたのつらさを」

「つらさを教えて欲しい? 適当なことを言うな!」


「エバ様。あなたのお話をどうか、私に聞かせてください」

「私の話を聞く? お前が?」


「ええ、いまなら聞けます。ふたりだけで話せる、いまこのときなら」

 少しの沈黙のあと、エバ様から小さなため息が聞こえた。

「いまなら……か。ふう。そうね、どうせ襲撃は失敗だもの。待つのは死罪のみ。ならば誰かに話を聞いてもらって、それで死ぬのもいいかもしれない」


 エバ様は私に抱きしめられたまま、動かなくなった。

 放たれていた黒い光が消えていく。

 エバ様の声にあった険がとれて、穏やかな口調に変わる。


「マリー・シュバリエ。マリーと呼んでも?」

「ええ、エバ様」


「マリー。……私だってやりたくなかった」


 エバ様は私だけに聞こえる声で語り始めた。

 私はもうろうとする意識で彼女の声に耳を傾けながら、みんなを守れたことにただ安堵した。


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